けせら・せら
頭の中がぐるぐるする。
なにかいろんなことが起こった気がするけど、よく思い出せない。
よし、整理してみよう。
えーと、あたしはシャーロット・E・イェーガー、リベリオン陸軍第363戦闘飛行隊所属、階級は中尉。
年齢は16、好きなものはバイクとお風呂。意外に思われることは多いが、清潔好きだ。
あたしたちは海で遊んでいて、そこにネウロイが現れたんだ。
あたしは単機でネウロイを追いかけて、そこで――
そうだ! 思い出した。
あたしは飛んだんだ。音の速さ、時速1200キロメートルで。
あの時の快感が鮮明に蘇ってくる。
高揚感が抑えられない。
いてもたってもいられなかった。
医務室のベッドから飛び起きたあたしは走り出した。
――んだけど、そこでなにかとぶつかってしまった。
そのなにかは数メートル吹っ飛ばされた。言っておくが誇張ではない。
「ルッキーニ! 大丈夫!?」
「……うん」
立ち上がってルッキーニはうなずいた。その声はいつものような元気がなかった。
「ねぇ、聞いて! あたしね――」
「……ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと――」
制止するあたしをよそに、ルッキーニはどこかに行ってしまった。
「どうかしたんですか? シャーリーさん」
と、そこに通りかかった芳佳があたしに訊ねてきた。その隣にはリーネ。この二人は本当に仲良しだなぁ。
でも、なんかいつもと違う気が。
特に、リーネの視線がどこか攻撃的なのは気のせいだろうか。
「別になんでもないよ。それよりさっきはありがと」
「はっ、はい! 私の方こそ……」
顔がゆるみにゆるみまくった芳佳に対して、リーネはみるみる表情を曇らせていく。
「ん、どうかしたの?」
「あ、あのっ……」
「芳佳ちゃん!!!!」
「はふぇ?」
大声をあげるリーネに芳佳が気の抜けた声を出す。
「行こっ、芳佳ちゃん。晩ごはんの用意しなくちゃ」
「あ……う、うん」
早々にきびすを返すリーネ。芳佳は未練がましそうにこっちを見ているが、結局リーネと一緒に行ってしまった。あ、またこっち見た。
「本当にどうかしたのか、あの二人――――ま、いっか」
あたしはハンガーに行って新しいストライカーの整備に取りかかった。
前のストライカーは海の藻屑となってしまったので、また一から作り直しだ。
あの時の興奮は、今も醒めない。だから、無性になにかをしていたかった。
「悩んだってムダよーけせらーせら~♪」
今日はとっても気分がいい。自然と歌を口ずさんでみたり。
今日はとっても気分がいい……はずなんだけどなぁ?
「おなかすいた」
整備を早々に投げ出し、あたしは食堂に向かった。
みんなはもう食堂に集まって、食事を始めていた。
席についたあたしの隣がぽつんと空いている。ペリーヌはいる。
ルッキーニがいない。
「ここ、どうかしたの?」
机を指で叩いてあたしは訊いた。
「実はね――」
ミーナ隊長が事情を説明してくれた。
へぇ、そんなことが……。
「ルッキーニさんにはきっつーくお仕置きをしておいたから」
うわぁ。
「ルッキーニ!!」
木の上で寝ているルッキーニに向かって、あたしは大声で叫んだ。
「晩ごはん、まだ食べてないんだろー! 食べないと大きくなれないぞー!」
もぞもぞと顔をあげるルッキーニ。
「どうしてここがわかったの?」
いつものルッキーニからは考えられな
い、とてもとてもか細い声。
「ルッキーニがどこにいるか、あたしには全部わかるんだ」
「え……?」
「ウソ。基地中捜しまわった。今そっち行くからさ」
あたしは木を登っていった。木登りなんて何年ぶりだろう。
ルッキーニは居づらそうな顔をしたけど、木の上ではどこにも逃げ場はない。
「さ、つかまえた」
あたしは両腕でがっちりとルッキーニを抱きしめた。
「…………ごめんなさい」
「どうして謝るのさ?」
「だって怒ってるんでしょ?」
「隊長が? 大丈夫、へーきだって。まぁ、すごく怒ってたんだけど」
そしてたぶん全然平気じゃないんだろうけど。
「それもだけど、それだけじゃなくて――」
「ほかに誰が……もしかしてあたしが?」
ルッキーニは静かにコクリとうなずいた。その目には涙が浮かんでいる。
「怒る? あたしが? ルッキーニを? どうして?」
「だってストライカーを壊しちゃったよ。シャーリーがとっても大事にしてるの知ってるもん」
「でも、直してくれたんでしょ」
「すごーく危険な目にあわせちゃったのに」
「でも、大丈夫だった」
「死んじゃうかもしれなかったんだよ」
「でも、生きてる。ここにいる」
「うん……うん……!」
ルッキーニは力強く何度もうなずいた。
「あたしのこと、許してくれるの?」
「そもそも全然怒ってないんだけどね」
ルッキーニの涙はまだ止まらないけど、泣きながらたしかにルッキーニは笑った。
「ねぇ、ルッキーニ。あたし、音速を超えたんだ! とってもとっても、ものすごく気持ちよかった!」
自分のボキャブラリの少なさに少し苛立つ。
言葉がどんどん溢れ出してきて止まらなくなる。
「この気持ちを誰かに伝えたくて! 分かち合いたくて!
でも誰でもいいってわけじゃなくて!
ルッキーニに一番に伝えたかったんだ!
ああ、またあんなスピードで飛んでみたいなぁ……! ストライカーは壊れちゃったけど……
でも、あたしにはルッキーニがいてくれる!
ルッキーニと一緒なら、どこまでも飛べそうな気がする!」
「そ、そーかな」
照れくさそうにルッキーニは顔をあたしの胸に埋めてくる。いつものように。
「あーあ、隊長に殴られたところがコブになってる」
あたしはルッキーニの頭をやさしく撫でた。
「ねぇ、今とってもルッキーニになにかしてあげたい気分なんだ! なにしてほしい?」
「……なんにもいらない」
「そんなこと言わずに」
「じゃあね――じゃあ、一緒にお風呂に入りたい」
「そんなことでいいの? 全然OKだよ」
ルッキーニが胸の中で暴れまわる。
「おなかすいたー。晩ごはん、あたしも食べてないんだ。お風呂はごはんの後でいい?」
ルッキーニの動きが止まった。
「ごはんとお風呂、どっちにする?」
「……………………お風呂!」
「悩んだってムダよーけせらーせら~♪」
ゆっくりと二人で湯船につかり、すっかり上機嫌になっていたあたしは自然と歌が口からこぼれていた。
ルッキーニはあれからあたしに離れようとしない。
もう当分離してくれそうにない。
でもそれがなんだか、妙に心地いい。
この気持ちをなんて呼ぶのか、今のあたしにはまだわからない。
ま、いっか。
「明日なんてーなるよーにぃなるなる♪」
ちょっとはずし気味な歌声が風呂の壁に響きわたる。
「ねー、シャーリーが歌ってるその歌、なに?」
「ああ、これ? 昔よく歌ってたんだ」
悩んだってムダよけせら・せら、せら、せら。
明日なんてなるようになる、なる。