0007の続き


 朝ごはんの片づけが終わって、リーネちゃんは訓練しに行った。
 他のみんなも訓練だったり整備だったり、各々散っていった。
 私は、基地の掃除を始めようと食堂を出たところで、バルクホルンさんに出くわした。
 ……神出鬼没。
「おお、宮藤。片づけが終わったのか」
「はい。これから基地の"掃除"です」
 掃除を少し強めに言ってみた。今日は断る理由がある。
この間は、ぎりぎりのところで坂本さんがブリタニアへ連れて行ってくれたから難を逃れた。
 そういえば、あの時そばに居た隊長が目を向けただけで、バルクホルンさんはものすごい速さで廊下の向こうに消えていったっけ。
 ミーナ隊長はやっぱりすごい。ミーナ隊長は今日は外出だったっけ。嗚呼……。
「そうか……、掃除か」
 バルクホルンさんは寂しそうにつぶやく。
 今日は諦めがいい。でもちょっと心が痛む。一応好意で気にかけてくれているのだろうし。
 一応……ね。
「じゃあ、私、行きま」
 と、言いかけた瞬間、ぐわしと腕をつかまれた。
 痛くないけど、ふりほどけない。さすが、二丁の武器を軽々と操っているだけある。
 いや、感心してる場合じゃない。
「わ、私の部屋を、掃除してくれないか?」
「え? でも、バルクホルンさんのお部屋ってとても綺麗だったじゃないですか……。
それに個室を片付けるのは…」
「宮藤ならかまわないさ。そ、それに、ほら、えーっと……、おいしいお菓子があるんだ」
 またその作戦。ワンパターンですよ。前だって別にお菓子でなびいたわけじゃないのに……。
でも、珍しく頬が緩んでいるバルクホルンさんを前にして断ることができなくなった。意気地なし。
「あまり時間はかけられませんけど…」
 私はひとまずバルクホルンさんの部屋行きを承諾した。

「ささ。入ってくれ」
 バルクホルンさんはものすごく上機嫌だ。笑ったら、とても綺麗な人なんだと再認識する。
でもなぜか私と居るときはその笑顔に裏が見え隠れしたりしなかったり……。
「お、おじゃまします」
 案の定、部屋は綺麗で片付けるところなんてなさそう。埃だってたってない。さすがというところか。
ハルトマンさんの部屋とは正反対だ。
「あ、この写真」
 私は箪笥の上に置かれた写真立てを持ち上げる。バルクホルンさんと、たぶん、妹さんの写真。かわいい子だ。
「妹のクリスだ。年は、宮藤と同じぐらい」
 両肩がつかまれて、私はバルクホルンさんのほうに向かされる。
やばい。また何かスイッチ入っちゃったのかな?
「あ、あの……」
「前のレッスンの続きだ。『おねえちゃん、だいすき!』って。覚えているか?」
「あ、え? はい。えっと……『おねえちゃん、だいすき!』」
 意味は分からないけど、バルクホルンさんの発音を精一杯真似して言ってみる。笑顔つきで。バルクホルンさんは天を仰ぎ、どことなく陶酔した状態になる。ある意味神々しい……。
 ドンドンドン。
 ドアが3回ノックされる。とたん、バルクホルンさんの表情が一気に恐怖に染まる。意外に表情豊かみたい。
「あのぉ、出ないんですか?」
「宮藤、ここに隠れていてくれ。できるだけ早く何とかするから。絶対に声を出すなよ。いいな」
「はあ……」
 口早に言うと、バルクホルンさんは私をクローゼットに押し込めてしまった。言い返す間も抵抗することもできず。というか、これって軟禁じゃあ……。うう、お掃除ができない。

 ドアが開く音。誰だろう。あれ、隊長? 外出じゃなかったんだ。あ、灰色狼の耳と尻尾が出てきた……。なぜ? 何かにおいでも嗅ぐしぐさをしてる。あ、耳と尻尾、引っ込んだ。
「……ミーナ、今日はお偉方のところへ行くんじゃなかったか?」
 バルクホルンさんの声がなぜか震えている。どうしたんだろう。
「一日間違えてたの。それで、この間すっぽかされたから埋め合わせしてもらおうかなって」
「ああ、この間は悪かったな。うっかりしてて……」
『うっかり? 本当に? トゥルーデは嘘が下手ね』
 あれ? カールスラント語かな……、この言葉。名前は聞き取れたけど。それ以外はわからないなあ。
『……傷つけたなら、謝る』
 うう。言葉はさっぱりわからないけど。空気が重いのはわかる。バルクホルンさんはすごく隊長を怒らせているみたいだ。
私なら泣き出していたかもしれない。
 沈黙の後、覚悟を決めたかのようにバルクホルンさんは顔を上げる。
『埋め合わせをしよう。なんでも言ってくれ……』
『じゃあ、ベッドに座って』
 隊長が何か言うと、バルクホルンさんはどかっとベッドに座った。
そして、私は気後れて決して積極的にはできなかった膝の上座りを隊長はあっさりとやってのけた。
バルクホルンさんは膝の上に座られるのが好きなんだろうか。それとも隊長が膝の上に座るのが好きなのか。
というか早くクローゼットから出たい……。できるだけ早くなんとかするなら、さっさとしてください。
バルクホルンさん。

『ミーナ、気は済んだか?』
『まだ足りないわ』
 また何か二人でささやきあっているけど、言葉が分からない。というかお二人顔近くないですか? あれ、なんかドキドキしてきた……。
『じゃあ、次は何が望みだ?』
 バルクホルンさんが、何か言って、隊長の腰に手を回す。隊長は顔をそらして、私のほうへ目を向けた気がした。え? ばれてる? まさかね。たまたま視線の先にクローゼットがあっただけだよね……。あ、視線がバルクホルンさんに戻った。ばれてない。ばれてない。
『キスして』
 ミーナさんの言葉にバルクホルンさんがぎょっとして真っ赤っかになる。一体何を言ったんだろう。ミーナさんが駄目押しみたいな感じでもう一言。
『おねえちゃん、だいすき』
 あ、この言葉は知ってる。意味は知らないけど。バルクホルンさんが私に言わせた言葉。
『おねえちゃん、だいすき』
『からかうのはよせ…』
『だいすき』
 ミーナ隊長の一言に、バルクホルンさんは押し黙った。真剣な表情。
顔は真っ赤だけど。しばらく二人で見つめあってたと思ったら、バルクホルンさんが隊長に口づけた。
 キスだ。
 初めて見た。
 しかも女の子同士。
 あれ、バルクホルンさん、隊長をそのままベッドに倒しちゃったよ……。
 これってまさか、ひょっとすると。
 そういえば、いつだったかエイラさんが隊長とバルクホルンさんはラブラブなんだぜ~、とか言ってたっけ。
 あの時は聞き流していたけど――

 色々思い出していたら、クローゼットの向こうの隊長とバルクホルンさんは軍服を脱いで、シャツのボタンも全開状態になってた。
 隊長はシャーリーさんやリーネちゃんほどじゃないけど、やっぱ胸大きいなあ。
 バルクホルンさんも、隊長ほどじゃないけど、やっぱいい胸してる。
 あああ、バルクホルンさん、そんなに強く揉んだら……。
 隊長の声を聞いてたらこっちまでドキドキしてきた。
 これがあえぎ声ってやつ、なのかな。
 おなかの下が熱い。
 トイレ行きたくなってきた。
 隊長のブラ取られた。
 バルクホルンさん、隊長の胸にむしゃぶりついてる……。
 隊長、とうとう全裸に。
 え? うそ? そんなところ、舐めていいの?
 だ、だめだ! 刺激が強すぎる!
 
 私は耳をふさいで、とにかく時が経つのを待った。
 
 1時間ぐらいたっただろうか。恐る恐る耳から手を離すと部屋は静まり返っていた。
 ベッドに横たわるバルクホルンさんの白い背中が見える。
 その向こうには隊長の赤毛の頭がちょこんと見える。
 状況を確認するために魔力を高めて、聴力を研ぎ澄ます――


 すーすーすーすー
  すーすーすーすー


 二人とも、眠っている……。
 廊下のほうにも、誰も居ないみたいだ。
 私は、そっとクローゼットを抜け出すと、そのまま自室に逃げ込んだ。着替えのために。

 ちなみにその日を境にバルクホルンさんと出くわす機会は著しく減ったし、
 バルクホルンさんに出くわしたときは9割方ミーナ隊長がバルクホルンさんのそばに居た。
 私は、二人の関係についてはもちろん口外はしていないけど、
 週6回ペースで二人がお互いの部屋を行き来していることは知っていたりする。


 おしまい


元話:0007

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