ありがとう


 ………がとう。心の中でなら簡単に言うことができる。
 言葉にしようとするだけで、私の心のつぶやきは喉元で止まってしまう。

 夜、月の懸かる空、月の光を反射する幻想的な雲の上を舞う。
 定期的な夜間飛行、私は夜の静寂が支配する中、独りラジオの音を聞く。
 聞こえてくるのはピアノの音色。クラシックの番組がやっているので耳を傾ける……、雨だれのプレリュード……私の父が作ってくれたのと同じように、雨の日に想いを馳せた曲。
 雨だれ、雨の日の憂鬱、独特のリズムで落ち続ける雨粒、それらが音となって私の中に静かに染みこんでいく……

◇◇◇

 まだ太陽が昇りきらない、一日で一番暗い時間帯、私は夜間の飛行訓練を終えて基地に戻る。
 訓練が終わり、私はぼうと佇む。
「…―ニャ」私を呼ぶ声がする。
「サーニャ、おかえり」
「あ…、ただい…ま」夜、私が帰ってきたらいつも出迎えてくれるエイラ
「お疲れ様……んっ? 何か、悩みがある?」私の顔を覗き込む
「んっ…… 何でもないの…」
「んーっ……そうだ、サーニャ、サウナいこう!」そう提案してくれるエイラ、彼女はこれから仕事なのに……
「でも、これから仕事……」
「サーニャはそんな事、気にすんナ」
「仕事前にちょっとお風呂入りたいと思ってたんダ、サーニャもお疲れみたいだし」
 彼女は幽霊のようだった私に気づいてくれる、いつも気に掛けてくれる……

 ムワと熱い蒸気が肌にまとわりつく。
 熱気が体温をジリジリと高めていく。
 身体が限界まで温められて、思考が鈍る。
 
「そろそろ、あがって水に浸かりにいこうカ」
「うん」そう言って私達はサウナを出て、水風呂に浸かる。

 パシャ……星の天蓋を写す水面がゆらと揺れる。
 上気した身体が一気に冷やされ
「はぁ……」思わず溜息が漏れる。
「気持ちいいねー」エイラは身体を水面に浮かせながら言う。
 ひやりとした空気に、心地よい静寂が生まれる。

「サーニャに…笑いあえる友達が出来て良かった」
「宮藤は良いやつだし、リーネなんかも気が合ってるようだし」
 今までなかなか話す機会、接点を持つことが出来なかった私のためにエイラは一生懸命に取り持ってくれていた。
 先月だって、みんなで私と宮藤さんの誕生日を祝うセッティングをしてくれたのはエイラだった。
 けれども、私のほうからはエイラにお礼も言えないでいる。
 いつも言い出す前に機会を逸してしまう……
 ザバッ
 浮いていたエイラが姿勢を正す。
「そうだ!」
「サーニャ、今日も星を見よう!」
「うん」

 私達は、岩場に移動して満天の星空を眺める。
「サーニャ、あれがオリオンで、あれがふたご座」
 そういってエイラは次々と星を指に差していく
「あれがペガサスで、あっちが魚座」
「うん」
「魚座は二匹の魚が尾をリボンで結ばれた形、これは美の女神アフロディテと子のエロス
 二人が怪獣に襲われて川に逃げる際にはぐれないように身体を紐で結んで魚に変身した姿なんダ」
 エイラはいつも星を見ながら、私に色々教えてくれる。
 綺麗に輝く星を見上げる。

「サ…サ、サ、サ、サーニャ」何だろう、少し上ずった声で私を呼ぶ
「なに?」
「てっ、そ、その……手…繋がないカ?」そう言っておずおずと手が差し出される。
「わ、わたしはいつでも……一緒、だから……魚座、みたいに…」
 エイラの少し震えるような指先が私の指に微かに触れる。
「悩みがあれば、いつでも相談に乗るから」エイラの顔はほんのり朱が差している。
 私はそっとエイラの指に私の指を絡ませる。

 やんわりとエイラの手の温もりが伝わる……
「エイラ……いつも、ありがとう」ギュと手を握る。
 私がそう言うと、エイラの顔はさらに真っ赤になった。


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