あなたの心に、そっと触れて


エーリカの一件があった夜。私が自室に帰ると、サーニャがベッドに
腰かけて私を待っていた。眼はいつも通りの無表情。

だけど私にはわかる。その奥にうっすらとした怒りの色がある事を。

「あ、サーニャ。どうしたんダ?」

私は努めて平静を装おう。
サーニャは私の眼を見つめ、ベッドで自分の隣をポンポンと叩く。
…あぁ、ここに座れってこと、なんだよなぁ…。
サーニャの気持ちがすぐにわかってしまう自分が少し恨めしい。

私はおとなしくサーニャの隣に座る。
サーニャの温かな体温が伝わってくる。サーニャは今、布団から出てきた
ばかりのように、下着姿だった。ドキドキしちゃうよ…。

「あのね、エイラ。今日の事なんだけど…」


「私のズボン。どうして持って行ったの?」
「だって、それはルッキーニが悪いんダロ…」
反論も力がでない。わかってる、いくら適当に脱ぎ散らかしたって、
サーニャの下着はサーニャのものだし、それに…。

それに、借りて履いた時に背徳的な気持ちを抱いたのだ。
あぁ、私は変態なんだ。サーニャの目をまっすぐ見られない。

「だったら起こして欲しかった…」
「だって!哨戒で疲れて寝てるサーニャを起こすなんて出来ないよ…」
これは私の本心だ。大事な大事なサーニャ。
私がそう言うと、サーニャはクスリと笑う。
「そうね、そう言ってくれると思った」

「なっ…」
サーニャが私を試したような事を言うから、私はちょっと焦った。
だけど次の言葉にはもっと焦った、いやそれどころじゃない。

「ねぇエイラ…キスしても良い…?」
「ばっ!えぇ!!な、なにを…」


言うが早いがサーニャは私の首に両腕を回す。サーニャの控えめな
胸の柔らかさと体温が右腕に伝わってくる。私は硬直してしまう。

「…っ!」
「あのね、私はいつも、そうやって私の事を大事にしてくれる
エイラがすごく好きで、すごく感謝したの」

サーニャが私の耳元で囁く。月の光のような優しい声。

「今日ね、エイラが私のズボンを履いた時の顔を見てね、感謝の
気持ちを返す方法が見つかったの。こうやってね」

そう言うとサーニャは私の耳をついばむように口づける。最初はそっと、
次第に耳たぶを唇で挟むように。

「んっ…はっ、く、くすぐったいよサーニャ…」
「ダーメ、やめてあげない。たくさんシテあげるんだから」

薄暗い室内、私とサーニャが体をこすらせる音だけが響く。
サーニャの唇から洩れる吐息が私の耳をくすぐる。吐く息も吸う息も
全てが伝わってくる。


「エイラ、エイラ、大好き…っ」

サーニャの両腕に力が入り、唇が耳から下に動く。首筋に、鎖骨に、
顎に、何度も何度も口づける、優しく、そして優しく。

「エイラの肌、きれい…」

サーニャのうっとりとした声が響く。両腕は私の腰にまわされ、
私は逃げられない。眼の前にはサーニャの唇。
私たちは眼が合う。サーニャは視線を逸らせない。

「エイラ…来て」
「こ、こんな時だけ…」
さっきまで好きなだけ攻めておいて、こんな時だけ誘うなんて
卑怯ダゾ、と思ったけど声は出ない。
視界がすごく狭く感じる。心臓がオーバーヒートしそうなほど
早く脈を打つ。

目の前にはサーニャの唇。閉じた瞳。寄り添った二人の身体。
サーニャの胸からサーニャの鼓動を感じる。それは私と同じくらい
早く脈打っていた。

サーニャも…サーニャもドキドキしてるんだな…。

私は腕をあげてサーニャの両頬に手を添える。
少しずつ、顔が近づいてくる。私は首を傾げてサーニャに近寄る。


そっと、軽く、触れただけのようなキス。唇は震えていた。
その時、サーニャの両腕が私の背中にまわされ、サーニャが口を開いた。

「はぁっ…、ずっと、ずっとこうしたいと思っていたの…
 もうっ、許してあげないんだから」

今度はサーニャが私に口づける。私なんかよりずっと積極的で強いキス。
サーニャの唇が私の唇を挟むように、包み込むように動く。
小さな舌が私の唇をそっと嘗める。

サーニャが私から少し顔を離して言う。
「こう言うキス、できる…?」
私は頷く事しかできなかった。

三度唇を合わせる。湿ったサーニャの唇と私の唇が触れ合う。

私は初めてキスに音がある事を知った。ひどく純粋なようで、なぜか
いやらしく聞こえる音。耳がしびれてきそうだ。

「エイラ…大好き…はぁ」
「わ、私もだぞ」

唇が絡み合い、二人の手は互いを離さぬよう、身体中を縛り付けるよう、
強く抱き締め合っていた。

窓から洩れる仄かな月明かりで二人の姿が浮かびあがる。
夜はまだ始まったばかりだった。


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