ペロペロするの
「宮藤さん、サーニャさん、一日遅れだけどお誕生日おめでとう」
とみんなを代表してミーナが言うと、主役の二人は27本のろうそくを吹き消した。
まわりからはおめでとうの声とともに、ぱちぱちと拍手がおこる。
「さ、それじゃケーキを食べましょう。でも私、こういうの切るの苦手なのよね」
部屋に電気がつくと、ミーナはそう言った。
「あ、私やります。そういうの得意なんです」
と芳佳が手をあげて言う。
「そう? 誕生日の次の日なのに悪いわね。じゃあお願いできるかしら」
ろうそくを抜いたケーキに芳佳は包丁をいれていく。
(えっと、まず半分に切ってから……)
切られたケーキが皿にのせられ、それぞれの前に配られていく――のだが。
「あれ?」
とペリーヌが声をあげた。
「ちょっと宮藤さん、わたくしのケーキは?」
語気を荒げてペリーヌは訊いた。
芳佳はペリーヌの方を向いた。ペリーヌの前にだけケーキが置かれていないことに気づく。
「えっ!? 私、最初半分に切ってそれを五等分に……」
しばし考え込む芳佳。ハッとそのことに気づく。
「すいません! 間違えて十等分にしちゃいました」
深く頭を下げて芳佳は言った。
「すいませんで済む問題じゃ……」
「本当にごめんなさい。あの……私の分でよければ代わりに……」
そう言うと芳佳はおずおずと自分のケーキをペリーヌの前に差し出す。
「わかれば――」
芳佳のケーキを受け取ろうとするペリーヌ。
「でも今日は宮藤の誕生日の次の日なのにな」
と、エーリカがぽつりとつぶやく。
あたりでかわいそう、とか、それはないよな、といった言葉が飛び交う。
「今日はあなたの誕生日の次の日でしょ! これはあなたが食べなさい!」
ペリーヌは自分の手元にまで引き寄せていたケーキをつき返した。
ペリーヌの前から、再びなにもなくなった。
「じゃあ私の分を食べるか? 私は甘いものはあまり好きではないし」
と美緒はそう言うと、ペリーヌの前に皿を差し出す。
「いえそんな! めっそうもない。それは坂本少佐が召し上がってください」
「そうか? じゃあいただくとしよう」
恐縮そうに断るペリーヌにそれだけ言うと、美緒はさっさとケーキを食べ始めた。
他のみんなもフォークを手にとってケーキを食べ始める。
ペリーヌはじっと座ってそれを見ていた。
「あ、シャーリー! 口のまわりにクリームがついてる」
とルッキーニが声をあげた。
すっと立ち上がってシャーリーの元に行くと、頬についたクリームをぺろっとなめた。
「ありがと……ん? ルッキーニにもついてるぞ」
今度はシャーリーがルッキーニの頬についたクリームをなめる。
そのやりとりに場が一瞬静まり返る。
が、それはのちにくる嵐の予兆だった。
エイラはサーニャを見た。
リーネとゲルトは芳佳を見た。
ペリーヌは眼鏡をふいていたので美緒を見るのが一瞬遅れた。
「よ、芳佳ちゃん! ほっぺたのところに――」
「宮藤、お口のまわりに――」
次の瞬間、リーネとゲルトが同時に口を開いた。
芳佳に向けられた視線を越えて、リーネはゲルトを、ゲルトはリーネをキッと睨んだ。
ハブとマングース、武蔵と小次郎よろしくお互いに相手を威嚇しあう二人。
どちらも譲る気配は微塵もない。
互いの視線が芳佳を素通りして、ばちばちと激しい火花をちらす。
「バルクホルン、宮藤さんがどうかしたのかしら?」
と、それを遮って、ミーナが穏やかな口調でゲルトに訊ねた。
ゲルトはリーネをとらえて離さなかった視線をおずおずとミーナの方に向けた。
ミーナはとてもにこやかに微笑んでいた。
笑っているけど、笑っていない。
「……いや……宮藤の口のまわりに……」
おずおずと口をひらくゲルト。
――と、
「そういうトゥルーデこそ、口のまわりまっ白だよ」
誰も気づかぬうちにゲルトのすぐ横に来ていたエーリカが、頬についたクリームをぺろっとなめた。
いたずらっこの笑みを浮かべるエーリカ。
いつの間にか食べかけだったはずのゲルトのケーキがなくなっていた。
その隙をついてリーネは芳佳に近づき、芳佳の頬をぺろぺろと丹念になめた。
そのころ。
エイラは横目でちらちらとサーニャを見ていた。
少し時間をさかのぼって。
「さ、坂本少佐っ!」
とペリーヌは裏返った声をあげ、美緒の方に顔を向けた。
「どうかしたのか?」
と訊き返す美緒。
美緒はすでにケーキを食べ終え、ハンカチで口元をぬぐっていた。
場の喧騒がようやく静まり、いつもの雰囲気に戻った。
エイラは已然、横目でちらちらとサーニャを見ていた。
(サーニャのほっぺたに……)
なにか言いたげな様子だが、なかなか口を開こうとしない。
「サ、サーニャ……」
意を決して声を出すエイラ。が、それを遮って――
「あれ? サーニャちゃんのほっぺにクリームがついてるよ」
そう言うと芳佳はサーニャの口のまわりをハンカチでふいてあげた。
恥ずかしそうにありがとうと言って、うつむいてしまうサーニャ。
一連の流れを見ていたエイラは、そのまま石のように固まってしまった。
エイラは、2度と現実へは戻れなかった……。
恋する乙女とセクハラおやじの中間のキャラクターとなり、永遠に妄想の世界をさまようのだ。
そして妄想のなかでもサーニャになにもできないので――そのうちエイラは考えるのをやめた。
そんなエイラの様子を、隣に座っていたサーニャは心配そうに見つめていた。
と、あることに気づく。
サーニャはエイラの服の袖をぐいっと引っ張った。
エイラが死人の目をサーニャの方に向けると、サーニャはゆっくりと顔を近づけてきた。
サーニャの舌がぺろっと軽くエイラの頬に触れる。
「…………クリーム、ついてた」
そう言うとサーニャは、赤くなった顔を隠すようにうつむいてしまう。
しばし呆然とするエイラ。
ようやくなにが起こったのか理解すると、その顔はサーニャよりもずっと真っ赤になってしまった。
――こうして、一部波乱の誕生会は幕を閉じた。