Erster Kuß
「トゥルーデ。」
芳佳とサーニャの誕生会も終え風呂から上がった私は、
部屋のドアの前でミーナに呼び止められた。
「ちょっといいかしら?」
やけに眩しい笑顔を振りまくミーナは、目が笑っていない。怒っている証拠だ。
「どうした、ミーナ。何か────」
「しらばっくれても無駄よv」
氷のように冷たい声が私を威嚇する。ああ、まずいな……。
実のところ、ミーナが何故怒っているのかは顔を見た瞬間わかった。
ついさっきの誕生会で知らず知らずのうちにハイテンションになってしまった私は、
その場の空気に便乗して芳佳にヨカラヌコトをしようとしてしまったのだ。
「ねえ、トゥルーデ。妹想いなのはいいことだけど、時と場合ってものがあるんじゃないのかしら?」
「ぐ……し、しかしだな、その……」
「言い訳する前に何か言うことがあるんじゃなくて?」
笑顔を崩さずに迫ってくるミーナは下手なネウロイよりよっぽど怖い。
「す、すまん、ミーナ。つい……」
「ソレが上官に対する謝罪の仕方!?」
「ひっ、申し訳ありません、中佐!!全て自分の過失であります!!」
ミーナの罵声が廊下いっぱいに響く。遠くのざわめきが一瞬静かになる。勘弁してくれ。
ミーナもそれを察したのか、私の後ろにあったドアノブを乱暴に引っつかんで、
私の許可も無しに部屋の中に入って私を引きずり込み、ガチャン!!と鍵を回した。
「ここ最近、ちょっとたるんでるんじゃないの?」
「はい、中佐。」
「クリスに会えなくて寂しいのはわかるけど、限度ってものがあるでしょう?」
「はい、中佐。」
「宮藤さんは確かにいい子だけど、だからってあなたの気持ちを押し付けていい理由にはならないってことくらいわかるでしょう?」
「仰る通りです、中佐。しかし、芳佳は……」
「何が『芳佳』よ!!本人の前じゃ『新人』とか言ってごまかしてるくせに!!」
「申し訳ありません!!」
ミーナの厳しい追及が続く。
あまりの勢いに一瞬酒でも入ったのかと疑ったが、アルコールの匂いはしなかった。
だが、それにしては今日はやけに厳しい。
「大体ね、あなたは私の事実上の副官なのよ。私の言ってる事、わかる?」
「全くもってその通りです、中佐。」
「本当はね、常に二番機に据えて置きたいくらいなのよ。人手が足りないから無理だけど。」
そう思った矢先、ミーナの表情が急に影を落とした。
「は、それはどういう……?」
「ねえ、もっと……」
瞬間、
あたかも鋭いナイフを喉元に突きつけるかのような勢いで、私の唇が塞がれた。
「ん……っ!?」
それがミーナの唇だと気付いた時にはもう、両手が背中に回されていた。
両手の動きを封じられ、私はなすがままに立ち尽くすしかない。
触れ合ったままぴくりとも動かない。そんな間が幾分か続いた後、ミーナは腕の力を緩めて唇を離した。
「もっと、私を頼って?」
頬を緩めてにっこりと笑顔を作るミーナの表情に、もう毒気は残っていなかった。
超至近距離で見るその笑顔に、思わず胸がどきりとする。
「……ミーナ」
「寂しくなったら、私が構ってあげるから。だからもう、宮藤さんばっかり贔屓にしないで。ね?」
「……すまない。」
「わかればいいのよ、わかれば。」
今、私は気付いた。
寂しいのは、ミーナも一緒だったのだ。
家族同然の隊員達。その絆の強さを見せられた直後だから、余計に深く考えてしまうのだ。
自分の本当の……血の繋がった家族のことを。
「それじゃ、おやすみ、トゥルーデ。」
「ミーナ。」
部屋を出ようとするミーナを、私は衝動的に呼び止めた。
「何かしら?」
この気持ちを伝えなければならないと思った。
咄嗟のことで沈黙してしまった私を、ミーナはただ黙って見ている。
混乱する頭を無理矢理回転させ、言葉を探す。
「うまく言えないが……隊員たちはみんな私の家族だ。だから全員同じくらい好きだ。これは譲れない。
だが、私の相棒として心から……その、愛しているのは、お前だけなんだ、ミーナ。それをわかってくれ。」
「わかってるわよ。」
私の渾身の科白をミーナはさらっと流し、それから小さく呟いた。
「私も愛してるわ、トゥルーデ。」
「え?」
「おやすみなさい。よい夢を……。」
半開きになったドアの隙間から、夜の涼しい風が吹き込んでくる。
身体をベッドに投げ出して天井を見上げ、火照った頭を冷まして漸く、私は今起きたことの重大さに気が付いた。
「ああ、なんてこった。今のは私のファーストキスじゃないか……」
continue;