恋する気持ちはドーナツの中
「トゥルーデって、キスしたことある?」
「ぶはっ」
それは真上で燦々と輝いていた太陽が、そろそろ西に向かおうかとしていたティータイムでのできごとだ。
リーネお手製らしいドーナツの輪っかをみながら、
なぜ穴があいているんだろうなんて思案して紅茶を啜っていたときの、事故だ。
そう、これは事故だ!
でなければ空耳に違いない。
「きたないよ」
「ハルトマン、私はどうやら耳が悪くなったようだ」
「ねぇ、トゥルーデってキ」
「復唱するなっ!!!」
聞こえてたんじゃないなんて微笑みながら言うハルトマンをみて、
なるほどこれが悪魔の笑みかと思ったかどうかは置いておくとして、だ。
ネウロイも当分こない、このうららかな昼下がりに、
この、黒の悪魔は可愛らしくドーナツを咀嚼しながら何を言うんだ。
その、何だ、き、きききキ…
「キス?」
「心を読むなっ!!」
オーライ、落ち着け。
状況は芳しくないが私はまだ冷静だ。
しかし皆して私たちの方を見ているのは、よろしく、ない。
おちおち説教もできやしない。
「ハルトマン、部屋に行こうか」
「わたしの?」
「私のだ!お前の部屋は汚すぎる!」
だって掃除キライなんだもんなどと
説教の種が1つ増えるようなことをいう悪魔の腕をぐいと引っ張り部屋へと進む。
部屋にはいるなりハルトマンに正気かという目を向けるが向こうは至って正気なようだ。
ますます質問の意図がわからない。
「何を考えているんだお前は!」
「ふと気になって」
「唐突にもほどあるだろう!」
「トゥルーデ、顔真っ赤」
「っ!」
にっこり微笑んで迫ってくるハルトマンに気をとられて背後のベッドに気がつかなかった。
何てことだ!自分の部屋だというのに
少しずつ後退していた足がベッドに触れて、ぴたりと立ち止まる。
しまった
逃げ場がない
尚も距離を詰められる。
気づいたら脈の音が非常に五月蝿い。
「…そういうハルトマンは、あるのか」
「ナイショ」
「………あるさ」
「ん?」
「私だって、したことくらいある!」
信じてない顔だ。
この顔は信じてない顔だ。
内緒の形のままである手の、その近くの口に、
どうしても目が行ってしまう己が嫌になる。
「本当?」
「…っああ」
こい。
きてくれ。
今なら私はネウロイ撃墜に喜び勇んで真っ先に飛び出そうじゃないか。
こい、ネウロイ!
「じゃあ、して?」
祈りも虚しくその気配すらありはしない。
今日も平和だこの基地は。
特にこいつの頭とかが。
「は?」
「キス」
艶めかしく笑うハルトマンの目は笑っていない。
私はさっきから笑っていない。
言うなら笑える冗談にしてはくれないだろうか。
「やっぱりトゥルーデには無理だよね」
「?」
両頬が包まれて
次の瞬間にはハルトマンの長い睫毛がよくみえた。
ほんのり甘い後味を残して唇が離れる。
思考は働かない。
ああさっき食べたドーナツの味だな、これは
なんてどうでもいいことなら考えられた。
「ドーナツに穴があいているのってね」
「熱が通りやすいからなんだってさ」
とんと肩を押され、軽々とベッドに沈む。
座った私を見下ろすようにしてハルトマンが笑う。
――ああ、悪魔だ。
それもとっびきり性質の悪い。
ハルトマンが耳に唇を寄せる。
囁かれた言葉に、私の思考はもう、完全にとまってしまった。
私の身体には穴でも開いているんだろうか
だから熱が冷めることなく全身を支配しているんだろうか
なんて、
過りそうになった甘い考えさえ、二度目の口づけに遮られた。
君の瞳うるんで
そっと I love you なんて
言うから本気だね
Do you Do you love me?
恋する気持ちはドーナツの中
そしてBaby 俺は
甘い想いを のみこんだ
Fin.