つきになく
今日は風が少し冷たいなと思っていた。
ミーナの部屋の窓際に立ちながら、そんな冷たい風の中にぽつりとひとり浮かぶ月が、
何だか泣いているように
私にはみえていた。
『つきになく』
けれど風以上に冷たい銃口の感触が私の額には感じられている。
銃を突きつけながら、グリップを握るその細い指が密かに震えているのがみてとれた。
それはきっと自分でも気づかないような小さな小さな震えだったろう。
撃てるはずがないのだ。
彼女には。
ひどく優しい、彼女の手では。
「撃てるのか?」
「馬鹿にしないで」
いやに真摯なミーナの視線に、けれど私は気圧されずつかつかと歩みよる。
突きつけられた銃へ静かに手を伸ばし
バレルを掴んでゆっくりと、
己の額に銃口を押し当てた。
「撃てるのか?」
先程と同じ質問をぶつける。
彼女は動じない。
震えは止まっていた。
強い眼差しは泣いているようにみえた。
「…あなたがそんなに死にたがりだと思わなかったわ」
「ミーナは撃たないよ」
「大切な人をもう一度失うくらいなら、私は…っ!」
「信じてる」
密かに、一瞬目を見開いた彼女は長い睫毛を伏せて、
重々しい金属音を立てながら銃を手放した。
「私はここにいるよ」
この右目は、遠くまで、或いは内部まで、良く見通せるけれど、
人の心は全くもってみえないな
呟いた言葉は目の前の華奢な女性に届いただろうか
私を見つめる彼女は涙を流さず、
けれど確かに泣いていた。
かの人の面影は月に無く
◇
◇
「…ははっ」
「?」
そっと空を見ていたら、唐突に笑い声をきこえたのでそちらに目を向ける。
彼女は――美緒は、笑っていた。
その様子があまりに綺麗で、私は、
ああ彼女に恋をしていると
再認識してしまった。
一時の感情などではない。
若気の至りというわけでもない。
正真正銘彼女に恋してる。気づいてなかったでしょう?
あなたがもう戦場に出れないように、撃とうとするまでは。
銃を突きつけながら、想いを打ち明けるまでは。
「ミーナがそこまで私を好きだなんて、知らなかったな」
でも違ったの
私は、あなたの勇ましく、されど美しく舞い、戦う姿に洸然としました。
凛々しく剣を振り、仲間を信じ、共に勝利しようとする姿に、隣に立ちたいと思っていました。
あの人とでは感じられなかったであろう感情。
憧れを超え、友情を超えた、愛情以上の何か。
ねぇ、リリー・マルレーン
Kam'rad, ich komm sogleich
Da sagten wir auf Wiedersehen
Wie gerne wollt ich mit dir geh'n
Mit dir Lili Marleen.
けれど私は貴女と共に往ける。
「あら少佐、私の愛の告白は受け取ってくれなかったのですか?」
「銃を突きつけながらの告白に、ロマンも何もあったもんじゃないな」
ご尤もと二人で笑う。
甘く切ない魔女たちの笑い声は夜の闇に溶けだして、
影はゆっくりと、ひとつに重なる。
死なない約束はできないけれど
今はあなたと共に生きよう
互いの体温を確かめ合いながら、囁かれた言葉を何度も何度も反芻する。
あなたの腕の温もりがひどく痛くて
私は 月に泣く
Fin.