無題
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朝起きたら芳佳になっていた。何をいっているかもちろんわからないと思う。
安心しろ、私もわからない。はっはっはっ!
いや、坂本少佐のように笑っている場合ではない。現実逃避してもなんにもならないな。
鏡を見る。そこにはゲルトルートバルクホルンの姿はなく、あるのはパジャマ姿の可愛い宮藤芳佳だ。
されど、その鏡を覗いているのは間違いなく私ゲルトルートバルクホルン。
……これはあれか、つまり『精神が入れ替わった』という状況なのだろうか。昔はよく映画やテレビで使われていたが…。
現実にこんなことが…いや、しかしいま現実に、確実にそういうことが『起こって』しまっていることを否定はできない。
自分の頬をつねる。やぁらかい芳佳の肌をムニっとする感覚と痛みに二つの意味で興奮する。
少し強くつねり過ぎてちょっと赤くなってしまった頬を摩りながら、これが夢でないことを確認。
…こうなった原因はわからない。昨日は特に出撃もなく普段の待機時と変わらぬ一日を過ごした。
しいていえばペリーヌが坂本少佐になにやら飲ませようとしていた謎のジュースを間違えて私が飲んでしまったくらいだが…。
いや、それか。確実にそれだ。もしくは愛だ。私の多大なる愛だ。というか愛でいい。うん。
しかし愛によって芳佳と入れ替わったのはいいがそうなると芳佳はどこにいってしまったのだろうか。
こういう場合は大抵私の体に芳佳が入っているはずだが…。
ええい! とにかく、もうこんな超常現象にいちいち考えていては埒があかない。カールスラント軍人たるもの1に行動2に行動3に行動456789も行動なのだ。ゆえにとりあえずパジャマを脱いでその光景を脳内に焼き付けておこう。
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思い出すと妄想の永遠ループにハマってしまうので詳しくはいえないが、とりあえず芳佳の体を堪能した後私は私の部屋の前に来ていた。部屋の扉をノックする。さて、この中にいるのは果たして誰か――。
「今行く」
中から聞こえたのはいつもの聞きなれた自分の声。…しかし、この声の張り方といい普段の私と変わらない。ということは――。
「誰だ、こんな朝早くに――み、宮藤!? ど、どうしたんだ?」
……私だった。そこにいるのは間違いなくゲルルートバルクホルン、私そのもの。ふむ、何事もセオリー通りには行かないということか。すると芳佳の精神は一体どこへ……。
いかん、何か心配になってきた。これはペリーヌにも話を聞かなければならないようだ。
とりあえず、私の体に芳佳が入っておらずなおかつ私自身そのものであり、芳佳の体に私が入っているという美味しい状況を利用しない手はない。
「バルクホルンさん――。いえ、お姉ちゃん! ずっと前から好きでした! 姉妹を前提に付き合ってください!」
まあとりあえず、告っておく。
こういうことは本物の芳佳がやらなければあまり意味はない。しかしだからといって私から告白するにしても自分でいうのもなんだが私はこういったことには奥手だ。ゆえに予行練習というか、なんというか。
まあ早い話芳佳にプロポーズされたかっただけだが。うん、羨ましいぞ私の体の私。
「……………………」
どうやら完全にフリーズしてしまってしまったようだ。私のことながら情けない。それでもカールスラント軍人か。
目の前で手を振ってもまるで反応がない。しかたない。取り合えず確認も済んだしペリーヌにあのジュースのことでも聞きにいこう。
それにしても、本当に情けない。告白一発でこれとは。これでは告白した芳佳が困るじゃないか。
いつか、本物に言われても取り乱さないよう、訓練訓練――だな。
つづく