Parabolische Liebe


近頃ミーナの様子がおかしい。
常時忙しそうなのはいつも通りなのだが、それに加えて何やら考え事をしているようなのだ。
食事中にもほとんど会話しなくなったし、芳佳達の前でもあまり笑ってない気がする。
それともう一つ。どうも坂本少佐の行動をやけに気にしている。
先日の出撃でも一緒に上がったが、いつもならハルトマンがいない時は私とロッテを組むのに、
ミーナは何故か坂本少佐と組んで、私はペリーヌを任された。

私はそういう事に関しては鈍感という自覚はあるし、
正直何が起きているのか全く把握できないというのが本音だが、
威勢よく攻撃に転じる坂本少佐を見るミーナの目は、
昔"あの人"を前にした時のそれに似ていた。


────────


「ねえ、バルクホルンさんはどう思いますか?」

夕食が終わって穏やかな談笑ムードが流れる頃、珍しく芳佳の方から話しかけてきた。

「私、絶対変だと思うんですけど……」

話によると、芳佳がこの基地に来る時世話になった艦の誰かが規則を破って手紙を渡そうとしたらしい。
そしてそれを止めたのが、ミーナだったというのだ。

「ふむ……確かにお前の気持ちはわからんでもないが、しかしこれは規則だ。規則は守らねばならん。」
「でも……」
「いいか、新人。規則が作られたという事は、それを破った時、起きてはならん事が起きるという事だ。
 何故そんな規則がなくてはならなかったのか、自分でじっくり考えてみろ。」

私の同意を得られなかった芳佳が少し悲しそうな顔をした。
いつもならぎゅっと抱き締めてやりたい衝動に必死で抗うところだが、
今の私は自分の言った事を思考回路が勝手に反芻していた。

『何故そんな規則がなくてはならなかったのか?』

やはりミーナは昔の事を思い出しているのだろうか。


────────


その日の夜。
そんなことばかり考えていたからかどうかはわからないが、タイミングの悪いところに出くわしてしまった。
たまたま通りかかったミーナの部屋の前から、何故か坂本少佐が出てきたのだ。

「ああ、バルクホルンか。」

軽く敬礼してすれ違おうとする少佐を、私は咄嗟に呼び止めた。

「少佐、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん?何だ、言ってみろ。」
「その……ここではちょっと」

私はミーナの部屋のドアを見てそれとなく促す。
案の定少佐はすぐに察知し、近くにあった自分の部屋へと案内した。


「ミーナ中佐の部屋で何を?」
「何と言われても……ちょっと話をしただけだが。」
「ならいいんですが……。」

坂本少佐の部屋は綺麗に掃除されていた。というより、ほとんど何も置いていなかった。
まるでいついなくなってもいいと言っているようだな、と私は感じた。
だが、今はそんなことを気にしている時ではない。
促されるまま椅子に座ると、少佐はそのままベッドに乗って胡坐をかいた。
そういえば扶桑に椅子は無いんだった。微妙に居心地の悪さを感じながら、私は話し始めた。

「実は、ミーナ中佐のことなのですが……」

真剣な眼差しが私を貫く。何かを試されているような気分だ。

「最近、どうも何かを一人で抱え込んでいるようなのです。
 確かに何かと苦労が絶えないのは前々からなのですが、近頃は一層酷くなったというか……
 みんなの前でも作り笑顔しかしなくなったし、あまり眠れないようなことをぼやいているのも聞きました。
 私には、……何か重大な秘密を抱えて思いつめているように見えます。
 私に話してくれれば力になれるかもしれないのに、何も話してくれないし……。」
「それは……」

少佐は何故か少しばつの悪そうな顔をした。

「何か知ってるんですか!?」
「あ、ああ、いや……何でもない。なんだ、ミーナの事は私もうすうす感じてはいた。
 ただ、ミーナはそのことを自分から話そうとはしないのだろう?」
「ええ、まあ……。」
「だったら、好きにやらせてやれ。これはあいつ自身の問題だ。時がくればわかるだろう。」
「…………。」

やはり少佐は何かを隠している。そんな科白では鈍感な私からでもみえみえだ。

「話はそれだけか?」
「まだこの話は終わっていません。少佐は何を隠しているんですか?
 それは私にも話せないようなことなのですか!?私はミーナの……!!」
「ミーナの……何だ?言ってみろ。」
「……っ」
「ミーナのことが大切なら、なおさらあいつの意思を尊重すべきじゃないのか?
 少なくとも私は────」
「私はミーナの恋人だッ!!」

衝動的に口走った。

「何だと?」
「ミーナの傷は私が癒すと決めたんだ!!だから誓ったんだ!!隠し事はしないって!!
 なのにあなたはミーナが苦しんでいるのをこれ以上黙って見ていろって言うんですか!?
 今ミーナを救ってやれなかったら、私は何のためにいるんですか!?」

思わず立ち上がってしまった腰を下ろしてから、息を整える。
少佐は、そんな私を見て鬼の形相で怒鳴りつけ……


……るのかと思ったら、意外にも穏やかな表情をしていた。

「だったら、その科白、そのままそっくりあいつに言ってやれ。」
「は?」
「残念だが、それを私に言われても私の力ではどうにもならん。
 しかし、だ。私にできなかったことをお前がやってみるというのなら、私には止める理由が無い。」
「少佐……。」
「お前の叫び、私にはビシッと届いたぞ。だがこれを聞くべきなのは、私ではなくミーナだ。そうだろう?」
「……はい!!」

この方はやっぱり凄い方だ。
階級では一つしか変わらないが、その人間性の格の違いを見せ付けられた気がした。

「では、これにて失礼します。ありがとうございました。」
「ああ待て。一つ言っておくことがある。」

私が部屋を出ようとすると、今度は少佐の方からストップがかかった。

「何でしょうか?」
「その……いつからなんだ?」
「は?」
「だから……いつから、あいつとそういう関係になったんだ?」

どういうわけか、あの少佐が言い淀んでいる。しかも微妙に顔が赤い。

「つい先日からです。」
「そうか……」

少佐は急に何か考え込むような素振りを見せ、それから視線を上げて呟いた。

「私はてっきり、私と付き合っているものだと思っていた。」
「なっ……!?」

なんだって──!?

「そうか、私の勘違いか……お前たち、もうキスはしたのか!?」

なんて質問するんだ。

あの時のことは今思い出しても恥ずかしい。
きっと今時分の顔は真っ赤になっていることだろう。

「もっ……黙秘権を行使します。それでは!!」
「あ、おい、ちょっと待て!!」

少佐の制止を振り切ってドアから飛び出す。
廊下に誰もいなかったのが唯一の救いで、真っ直ぐ自分の部屋までダッシュしてそのままベッドに潜り込んだ。
冷静になってみれば別に逃げるほどのことではなかった気がする。
ただ、頭が醒めてくるにつれて、私の思考は再びミーナの方へと向かうのだった。

予報が的中すれば、明日はミーナも少佐も、そして私も出撃だ。
何事もなく終わってくれればいいが……。


ENDIF.



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