悪魔のメロディ


おかしい。
この状況はどう考えたっておかしい。
私は、
―――私は、

悪魔に捧げられし生贄にでもなった気分だ。


 『悪魔のメロディ』


実際問題私は生贄の羊などではないし(耳は生えるが羊のそれじゃない)、
そもそも生贄でもない、…のだ。傍から、みれば。
可愛く幼い顔の可憐な少女が、姉にでもじゃれている姿にでもみえるのだろう、
事情を一切知らない者には。ああ、何という悲劇。

「ハルトマン、ちょっとそこから退こうか」
「いや」
「退いてくれ」
「いーや」
「退いてください」
「い・や・です」

にこっ、と首を傾けながら微笑むその姿
…これが純粋無垢な齢16の少女の笑みに見えますか、天よ。
そうじゃない。そうじゃないんだ。

悪魔だよ。
こいつは正真正銘の。
だって私はその微笑にぞくりと、背筋が凍りつく。


「――ハルトマン、いい加減に」

しろ、と言いかけたところで首筋にキスが降りる。
唐突な行動に思考がブラックアウトしかけてすかさず我に帰る。
っていやいやいや
いま、この人、何しました?

「ハ、ハルトマンっ!!?」
「耳元で大きな声ださないでよ」
「あ、すまな…いやそうじゃなくて!いったい何のつもりで――っ!」

ハルトマンの顔が至近距離にある。
真顔でこちらを見下ろすその瞳から何だか逃れたくて、ふと視線を逸らす。
ただし、視線をずらしたとして左右にみえるのは見慣れた我が部屋と、
顔の両脇についたハルトマンの腕だし、
上をみればベッドの掛け布団が目にはいる。
ちらりと下を見やれば、風呂上りらしいハルトマンの
いつもより開けた服の隙間から胸が見えそうで見えない光景を目の当たりにしたりして。
…結局目のやり場に困るのだ。
やはり大人しく前を向く。
私は、静かにゆっくりと呑みこまれそうな、このハルトマンの眼に弱い。

…よし、落ち着いて話をしよう。
悪魔にも人の言葉が通じると信じて。

「…ハルトマン中尉、貴女はこんな夜更けに、しかも風呂上りで、
 そしてわざわざ私の部屋に、何をしにきたんだ。寝首でも掻くつもりだったか?」
「Ja.
夜這いです、バルクホルン大尉」

…もう嫌だ。勘弁してくれ。今なら私は信じてもいない神に祈ってもいい。
それで救いがあるのなら。

「頼むハルトマン。こういう冗談は…」
「ジョークでも何でもないよトゥルーデ。わたし、本気だもの」
「…っ」

笑っているとも真摯だともとれない表情でそんなことをさらりと言ってのけるから、
――だから、悪魔だというんだ。私は、どうしたらいい。

「…トゥルーデ」
「んぁっ!?」

告白かどうかもわからないような言葉を
受けてからずっと開いていた私の中へ入ってきた舌の感触に、思わず声をあげた。



長い長い口づけのあと、再度みたハルトマンの眼に影がさしたようにみえて瞬間ドキリとした。
なぜそんな顔をするんだ

「なんで泣いてるの?」

言われて気づいた眼に溜まっていた水は生理的なものであって、
決してファーストキスが云々とかそういう問題じゃないんだ。
ただ嬉しいんだかなんなのか、不思議な気持ちだった。ふわふわする。

「…泣きたくて泣いたんじゃない。ハルトマンが嫌なわけでもないし、…キスが長すぎるんだ」

とはいえそんな顔をみられたくなくて、その黄色の髪をくしゃくしゃにしてやる。

何となく、いつも読めないこいつの心の中がみえた気がした
満たされてるみたいに胸がいっぱいになったんだ
だから、



だから――、

「ちょっと待てハルトマン、ボタンに手をかけるのをやめろ」
「どうして?」
「いやどうしてって。私はもうお腹いっぱいだ。そして明日は早い。わかるな?わかったら――」
「名前で呼んでくれたらやめるかも」
「…エーリカ、やめろ」
「やっぱりやめない」

嬉しそうに笑うその顔は。

やはり悪魔のそれだった

ただし私は騙されたりしない。
その無邪気に目一杯笑う姿に少しだけ、少しだけ、見惚れたとしてもだ!


 ◇


私は無神論者だけれども、もうそんなのはどうだっていい。
きこえていますか、神よ!
みえているのならこの悪魔をどうにかしてください。

でないと私は、
この浮ついた熱に
どうにかなってしまいそうなんだ。

Fin!


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