Innocent Injury
私は、華麗に空を舞う貴女が好きだった。
「私は、貴女を失いたくない」
私は泣いていた。そんな私に貴女は優しく語りかけてくれる。
「大丈夫だ、ミーナ。私は、お前から離れたりはしない」
…でも貴女は優しすぎる。
その優しさは、時に私を、傷付ける。
―――Innocent Injury―――
あの夜以来、私は何かを考える事が多くなった。
何を考えている、という訳ではない。
ただ、何かがポッカリ空いたように、ボーっとしているだけ。
そんな時に、美緒は優しく話しかけて来る。
「ふぅっ…」
「大丈夫か?ミーナ、疲れてるんじゃないか?」
「えっ…あっ、ごめんなさい、少佐」
「二人きりの時は、美緒、だろ」
「…ごめんなさい、美緒」
「…それにしても宮藤の成長は著しいものがあるな。本当に頼もしい」
「…ええ」
「あれなら、いつかウィッチーズを引っ張っていけるかもな」
…美緒は冗談半分で言ったかもしれないけど、私には、その言葉がやけに癇に障った。
「…ウィッチーズには私と…美緒、貴女がいるわ。…冗談でもそういう事は言わないで」
「…ミーナ…やはり気にしてるのか…?」
「…何の話かしら…?」
私は何も考えていないつもりでも、美緒には何かが伝わったみたいで、呟く様に話し始める。
「私があの時…ネウロイの攻撃を受けてシールドが壊れた時…何故お前が気に病む?…あれは…私に魔力が薄れてきた証だ…これは…私の問題だ」
「分かってるわ……だから私は昨日の夜、貴女を失いたくないと言ったの」
「…例え魔力が薄れてきたとしても私はまだウィッチを辞めるつもりは無い。それに私はネウロイに殺されるつもりも毛頭無い。…死ぬなら…この世界に平穏が訪れた時だ」
美緒らしい。でも私は…
「…正直言うとね、私は今すぐ貴女にウィッチを辞めて欲しいの。貴女がネウロイに殺されるところは見たくないの」
「……」
「…でも、貴女は言い出したら聞かないものね。なら…」
私は静かに立ち上がって、美緒の頬に優しくキスをした。
「私に…貴女を守らせて…?」
「ミーナ……フフッ、私はあまり守られるのは得意では無いんだがな」
「あら、私は得意よ?守るのは」
「…そうだな、せっかくだからお願いするよ、ミーナ」
「…任せといて」
…ごめんなさい、美緒。
私、やっぱり、貴女を失いたくない。
…これくらいの嘘、許してくれるわよね…?
それから数日して、ネウロイは美緒のシールドを突き破って襲撃。
幸い、美緒は軽傷で済んだ。
…でも、その時の私を見る美緒の目は、今まで見た事無いくらい、冷たく、寂しそうな目をしていた。
サァァァァッ…
「気持ちいい風…」
私が夜風に当たっていると、後ろから誰かが来た。
美緒だった。
「ミーナ、ここにいたのか」
「…月が綺麗ね」
「…ミーナ、お前はやはり私にウィッチを辞めて欲しいんだな」
「……」
「確かに能力の衰えは私の責任だ。そしてそれをカバー出来なかった私も十分悪い」
「……」
「…だが、お前は私を守ってはくれなかった。やはり…お前は…」
「…美緒が怪我をすれば、私が言わなくても、ウィッチを辞めてくれるかな、って思ったから…」
…これが今の私に言えるすべて。美緒には理解されないだろうけど、これが私が美緒に捧ぐ愛だから。
すると美緒は激しく私の胸ぐらを掴んできた。
「ミーナ…!私はお前に裏切られた…!…あの時、私を守ってくれると言ったのは嘘だったのか!?」
美緒に胸ぐらを掴まれた時、私の視界は美緒に染まった。
…凛々しい顔。でもその顔は私への怒りと悲しみで溢れていた。
「…嘘じゃないわ。私は貴女を失いたくない。それは本当よ…だから貴女をネウロイから守らなかったの。貴女が怪我すれば前線から退くと思ったから…」
「ミーナ…お前が私を守ってくれなかったのはショックだ。…だが問題はそこじゃない。…何故…何故私の気持ちを汲み取ってくれない…?」
私は美緒から顔を背ける。
「私はこの世界に平穏が訪れるまで、ウィッチとして戦っていく覚悟は出来ている。例え魔力が衰えようとも私はここで死ぬ覚悟も出来ている」
「……」
少し冷静になったのか、美緒は私の胸ぐらを放す。
そして、美緒はいつもの美緒に戻る。
私に優しく話しかける。
「…すまん…ミーナ…お前はどう思っているんだ…?…お前の言葉で聞かせてくれ」
「…美緒、貴女を助けなかったのは、貴女にウィッチを辞めて欲しいから。それは変わらないわ。…でも、本音を言うと、あの時…足が動かなかったの…」
美緒は黙ったまま、俯く。
「…」
「また大切な人を失ってしまう…そう思うと…」
…私はまた、美緒の前で泣き出してしまった。
そして、美緒は静かに口を開ける。
「…そうならないようにお前は私を守ると言ってくれたのか?…それとも私にウィッチを辞めて欲しいから、そんな事を言ったのか?…もしそうなら私はどっちにしても、あの時点で死んでいたかもしれなかったんだが」
「私はっ…美緒にはウィッチを辞めて欲しいっ…でも、美緒を守りたくもあってっ…ううっ…」
あれ、おかしいな…。こんなに泣く事じゃないのに…。涙が止まらない…。
私は、ただ、美緒にウィッチを辞めて欲しいだけなのに、守りたい、だなんて、おかしいにも程がある。
すると美緒は小さな笑みを浮かべた。
「ミーナ、それじゃ矛盾してるぞ。私が怪我でウィッチを辞めて欲しいから守ってくれなかったのに、やっぱり私を守りたい……ミーナ、お前の本当は、どっちなんだ…?」
私は、美緒の言葉で壊れた様に叫び出す。
「…っ…私は……貴女を守りたい……大切な貴女を…守りたい…っ!!」
…そうか、これが私の本当なんだ。
自分でも気付かなかった私の中の本当を、美緒は、暴き出した。
…やっぱり、美緒には、勝てない。
「…その言葉に嘘偽りは無いな?…今度私を守ってくれなかったら、私はお前の事を嫌いになるぞ?」
「そっ…それは…勘弁して…」
「アッハッハッ!…だったら、私を守ってくれ…お前のすべてで、私を守ってくれ」
「ええ、命をかけても貴女を守り通すわ…もう、嘘はつかないわ」
「じゃあ、仲直りのキス、だな」
「…ええ」
私達は月の下で、キスをした。
…美緒…私、もう迷わないから…。
《ネウロイと戦闘中
「くっ…こいつ…多方向からレーザーを撃ってくるのか…!」
「気をつけろ、バルクホルン!」
「あっ…危ないっ…坂本さんっ…!」
「なっ…」
「少佐っ…!!」
私は誰より早く美緒の元へ駆けた。
そして私は、激しいレーザーの嵐の中へ飛び込んで行った。
美緒…愛しい貴女を守るために。
「ん…?…生きている…?」
「大丈夫?少佐」
「ミーナ…」
「約束通り、貴女を守ったわよ?」
「フフッ、何を偉そうに言ってるんだ。仲間を守るのは当然の事だろうが」
「あら、私は貴女にウィッチを辞めて欲しくないから守ったのに、その言い草。あんまりだわ」
「今は愚痴ってる場合では無いぞ。宮藤達が頑張っている。私達も行くぞ」
「ええ……美緒」
「ああ…それと、ミーナ」
「何?」
美緒が小さな声で言ったそれは、私の耳にはしっかり届いていた。
そして、私は、笑顔で、美緒に返した。
望む所よ、美緒。
END