In knowing nothing is the sweetest life
私が自覚をもったのはいつだったろうか。
ひどく苦しく、とても甘美な、この想いを。
そんなことを思いながら、赤いドレスに着替える。
最後に、重い金属の感触を確かにその手に確かめながら――
○In knowing nothing is the sweetest life○
――坂本美緒少佐がこの基地に就任してきて半年が経った。
『この基地に新しく配属された坂本美緒だ。よろしく頼む』
第一印象は、前もってもらっていた資料に書いてあった通称そのまま
まさにサムライといった感じだった。
凛とした佇まい。
礼儀正しい振舞い。
どこをとってもそれは正に私たち欧米の人間の思い描くような゛サムライ゛そのもの。
自分の信じた道はとことん突き進み、
あっはっは!と清々しいくらい快活に笑うかと思えば
他人にも自分にも厳しく律するその姿勢は女の私でも惚れ惚れするほどで、
その強い眼差しに見つめられると時折高く脈打つ心臓を、
けれどこれは単に憧れからくるものだと言い聞かせていた。
恋なんてしていない。
私はもう大切な誰かをつくらない。
――あの日から、強く心に決めた誓いを、そう易々と折られるわけにはいかない
…のに
私は、どうしてしまったんだろうか。
忘れようとした。
でもどうしても忘れられなかった。
あの人を。あの想いを。
重い心を吐き出して泣いた夜があった。
膝を抱えて寂しい期待を堪えた夜があった。
どれもすっぱり吹っ切れるには不十分で、
支えきれなくなりそうな重い身体を無理矢理一日一回ベッドに沈め部隊長を努めた。
時間はけれど確実に流れるし、
そんな時間の経過は私に心の傷を僅かでも癒すだけの隙を与えてくれた。
もう大丈夫。
そう思っていた矢先のことだった。
ある夜に彼女が部屋に訪れたことがあった。
私蔵のビールで飲み交わしながらふと発せられた彼女の一言に
私は怪訝な顔しか返せなかった。
『もし、――もしも、ウィッチーズの敵が人間だったなら、
私たちはどうしていたかな』
考えたこともなかった。
『私とミーナ中佐も戦っていたかもしれない。
空を舞い、銃を構えて、標的は――、』
親指と人差し指を立てて銃を模し、その銃口を私に向ける。
『――私?』
『あるいは』
今度は自分の米神に突き立てバン、と撃った振りをする。
あまり杯を進めていないようだったけれど、酒に弱い方なのかもしれない。
酔っているのかと、思った。
『そんなのは、』
『私たちの敵はネウロイ。それはわかってるんだが、どうもな…
…ここにいるのは失うことのつらさが泣きたいくらいに解ってる者たちばかりだ
もう何もなくさないように、皆勇猛果敢に敵に挑んで行く
しかしもしもその敵が人間だったなら。
私たちは、その引き金を迷うこと無く引けるだろうか』
『…えらく物騒なことを考えるのね』
『私もそう思う』
ひどく泣きそうな顔でそう笑う漆黒の眼をしたその人は、
いつもの軍人としとの凛々しさはなく、ただのちっぽけな人間だった。
恐らく私の過去のことをきいたんだろう。
何となく、そんな気がした。
彼女は知っている。
いつかなくなる命があることを。
失うときがいつか来ることを。
ずっと前から受け止めていたんだろう。
私は受けとめられているだろうか?
――やっぱり酔っているのね、私も、少佐も。
酒の肴にするには苦すぎる話題だった。
『…坂本少佐、もうそろそろ寝ましょうか』
『―――美緒でいい』
『え?』
『年も離れているわけじゃなし、ぁあ…いや、階級は違うか…
しかし何となく堅苦しくて、息が詰まりそうだ。
貴女とは親しくなれそうだし、名前で呼んでくれないか』
『…ミーナ』
『ん?』
『それなら私も、ミーナと』
ベッドに横に並んで飲んでいた美緒を残して立ち上がり手を差しのべる。
『部屋まで送りましょうか、美緒?』
『いや、いい。別に酔ってはいないよ、ミーナ』
そうは言いつつ僅か笑いながら手をとるその優しげな顔に、
私はやはり感じた胸の鼓動に知らぬ振りを決め込んだ。
◇
◇
愛は理屈じゃない
論より証拠
想いに嘘を吐けそうになかった
じわじわと私を染め抜く貴女が占める心の割合に
気づくのが遅すぎた。
守らせて
戦わないで
もう失わせないで
想いがあふれて吐きそうになる。
気をぬくと今にも決壊寸前の涙のダムは水圧にやられてしまいそう。
来るかもしれない最悪の未来を想って目を閉じる。
不毛なことと人は笑うでしょうか。
世界中の誰が笑ったって私は失うことがどうしようもなくこわいのです。
上手く言葉はでてこないし、
何をしたところで貴女をとめることなどきっと出来ようはずもないことは、
きっと私も頭の片隅で理解しているはずなのに
――私は、いま
あなたに銃を突きつける
もう、だれも、わたしのまえからきえないで。
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