Lier Alliance
芳佳ちゃんは坂本少佐の鍛錬に付き合って毎朝早くから汗を流している。
それはとてもいい事だと思うし、朝に弱い私にはできない凄い事だと思う。
でも私が気になるのは、そのもう少し手前にある事実。
芳佳ちゃんは毎朝坂本少佐と、二人きりの時間を持っている。
芳佳ちゃんの、私が持っていないものを、坂本少佐は持っている。
その事だけが、私の心のどこかで黒い感情を生み出していた。
それが本来あってはならない感情だという事はわかっている。
もっとはっきり言うなら、嫉妬は人間の持つ最も醜い感情の一つだと思う。
ああ……それなのに私は見てしまった。
芳佳ちゃんの部屋に坂本少佐が入っていくのを────
────────
今日はペイント弾を使った模擬戦闘訓練の日だ。とは言っても、私はただの審判係なのだけど。
もうそろそろ……というにはやや早い集合時間30分前、私は芳佳ちゃんの部屋に向かっていた。
一緒の訓練の時は私がさりげなく迎えに行ってさりげなく仲の良さをアピールするのが、
私なりの精一杯のラブ・アタックだったりするわけで。
今日もいつもみたいに「一緒に行こ」って言えば、芳佳ちゃんが「うん」って応えてくれる。
それから手を繋いでハンガーまで一緒に歩く。
はずだったのに。
「し、少佐、良かったらわたくしに……」
廊下を曲がったところで、ペリーヌさんの声が聞こえてきた。芳佳ちゃんの部屋の前だ。
思わずさっと体を引いて角の壁に隠れてしまう。
ペリーヌさんが前にいる坂本少佐に話かけている。が、当の少佐はまるで聞いていない様子だ。
「……って、あら?」
そして少佐は、何の躊躇いもなしに、芳佳ちゃんの部屋に入っていった。
次の瞬間、自分の胸の中で何かがかあっと熱くなるのを感じた。
「(芳佳ちゃんの部屋に……ノックもなしに──!!)」
熱い。
胸が熱い。
心の中で燃え上がった醜い炎が私の胸を焦がして──痛い。
「(どうして──!?)」
頭の中が疑問符でいっぱいになる。なんで、どうして、いつの間に?
壁に背中を預けて隠れたまま、私はただ呆然とするしかできなかった。
────────
ドア越しに二人の声が聞こえてくる。
内容までは聞き取れないけど、坂本少佐の豪快な笑い声だけははっきりと耳に届いた。
「(私、何してるんだろう……)」
ふと背中の壁の冷たさを感じて、煮えかかっていた頭が少しだけ冷める。
ほんの十数秒の間だった気もするし、もう何十分も経った気もする。
でも、どちらにしてもここでいつまでも盗み聞きしているわけにはいかない。
戦わなくちゃ。坂本少佐と。
私は勇気を振り絞って大きく一歩を踏み出し────ずっこけそうになった。
ペリーヌさんが扉にべったり張り付いていたからだ。
「あの……」
「うひぃ!?」
私がそっと話しかけると、ペリーヌさんは素っ頓狂な声を上げた。
「ど、どういたしましたの、リーネさん!?」
その気迫に思わずあとずさる。
あまりの慌てっぷりにどう切り出そうか考えていると、ペリーヌさんの体が突然傾いた。
芳佳ちゃんの部屋のドアが開いたので、寄りかかっていたペリーヌさんはバランスを崩して倒れたのだ。
「……ペリーヌ、リーネ。」
坂本少佐が部屋から出てきて私たちを見た。
「お前たち何やってるんだ?」
────────
結局その場では、何故少佐が芳佳ちゃんの部屋にいたのかは訊けなかった。
ただ、芳佳ちゃんがペリーヌさんのおでこに手を当てたのを見て、ちょっと羨ましいな、とか思っちゃったり、
それからそんな些細なことにまで動揺する自分の心の狭さにちょっとげんなりしたりしていた。
「はぁ……」
ストライカーを点検しながら思わず溜息をついてしまう。
こんなことではだめ、しっかりしなきゃ!!
と、思えば思うほど、何故か自信がなくなっていく気がする。
私がしっかり捕まえていなくても、芳佳ちゃんは私のそばにいてくれる。
そんな甘えが、今の事態を招いているのだから──。
「リーネさん、ちょっとよろしくて?」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ペリーヌさんが話しかけてきた。
彼女の方から話しかけてくるのは珍しい。
「はい、何でしょうか?」
「あなた、あの豆だぬ……いえ、宮藤さんのことが好きなんですの?」
どきん!と胸が鳴る。
まさか、よりによってペリーヌさんに見抜かれていたなんて!!
しかも、ほんの十数メートル先に当の芳佳ちゃんがいるというのにこんな質問をしてくるなんて。
「はっきりお答えなさい。どうなんですの?」
ペリーヌさんも一応気にしてはいるのか、声のトーンを下げて訊いてくる。
どう答えるかいろいろと考えが頭をよぎったけど、ここは堂々としていることにした。
「そうですよ。」
「ああ……やっぱり。」
ペリーヌさんはそういうと少しだけ考え込むような仕草をして、
それから唐突にぐいっと顔を寄せてきた。
何事かと思ったら、どうやらひそひそ話をするつもりらしい。
「ねえ、わたくし達、同盟を組みませんこと?」
「はい?」
「あなたの趣味に関しては最早口出しする意味もありませんけど、
あなたと宮藤さんがくっつくと、わたくしとしてもその、都合がいいんですの。」
ああ……そう言えば、ペリーヌさんはどういうわけか坂本少佐のことを溺愛しているのだった。
本人は隠しているつもりらしいけど、普段の態度からしてみえみえだ。
「具体的には?」
「そうね……わたくしにできる範囲で、あなたと宮藤さんがさりげなく一緒になれるよう、配慮して行動するようにしますわ。」
「その代わり、私に坂本少佐に同じ事をして欲しいって事ですか?」
「んなっ……何故それを……!?」
「どうなんですか?」
「う……ま、まあ、そういうことですわ。」
いかにもペリーヌさんらしい、安直だけど堅実な提案だと思う。
ただ、それはつまり、芳佳ちゃん自身の意思を捻じ曲げることになりかねないわけで。
私は芳佳ちゃんとどうなりたいのだろう。
決まっている。私は友達という枠を超えて、もっと、芳佳ちゃんの深いところへ──繋がってみたい。
でもそれは、あくまで私の希望に過ぎない。
今の私がもし芳佳ちゃんに告白して、恋人同士になったとして、
その時芳佳ちゃんは本当に幸せなんだろうか?
本当は一番好きだったかもしれない人を影から引き離してまで自分のものにして、
その時私は本当に────
「おーい、そこの二人、何してるんだー?行くぞー?」
私が躊躇っていると、シャーリーさんが割り込んできた。
「なんだよ、お前たちいつの間に内緒話なんかする仲になったんだ?」
「ぺたんこが仲良くするなんて珍しいじゃん。」
「べ、別に大した意味は……ていうか、ぺたんこって呼ばないで下さる!?」
「あ……」
私の答えを聞く前に、ペリーヌさんはルッキーニさんを追いかけて離陸して行ってしまった。
私の答えは────
────────
訓練が終わってみんなで一緒にお風呂に入ろうという時、私はペリーヌさんに話しかけた。
「あの、ペリーヌさん、さっきの話ですけど……。」
「ええ、何かしら?」
「私、やっぱりやめておきます。」
「どうしてですの?」
「私は……芳佳ちゃんのことが大好きなんです。
だから、そういう風に無理矢理仕組むようなことはしたくないって思ったんです。
もし芳佳ちゃんが、その……坂本少佐と両想いになったとしても、
私にはそれを邪魔するようなことはできません。
それで芳佳ちゃんが心から幸せだって思うなら、私も心から「おめでとう」って言えるように……
そういう風になりたいんです。」
ペリーヌさんはやや呆れたような顔をして、それから溜息をついた。
「全くもって、あなたらしい後ろ向きな意見ですこと。
わかりましたわ。あなたにはこれ以上言っても無駄のようね。」
上着を乱暴にかごに投げ込み、私をキッと睨む。
明らかに機嫌を損ねた様子だ。
ただ、これだけは言っておかなくちゃいけない気がして、私は最後に付け加えた。
「後ろ向きじゃありませんよ。」
「え?」
「もし芳佳ちゃんに好きって言ってもらえたら、それは100%、芳佳ちゃんの気持ちということですから。」
そうだ。これは決して逃げているわけじゃない。
自分で用意した「好き」の気持ちなんて欲しくない。
私が欲しいのは、私の大好きな人から、心の底から向けてくれる「好き」なのだから。
ENDIF.