夏の記憶、海の記憶、涙の記憶


夏の日、基地上空は今日も晴れていた。
シャーリーが滑走路脇に海に向かって腰かけている、手には釣り竿。

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今日も日差しが強いなぁ…。

空を見上げる。戦乱が続く世界でも、太陽だけは等しく仕事に精を出している。
いつも非番はストライカーを弄ってるけど、今日は何となく釣りに来てたのだ。

「…っと、また餌だけやられたかー」

浮きが少しだけ動いたので引き揚げたけど、見事に針だけになっていた。
まぁ、いいか…。もとよりこんな太陽の高い時間にやって掛かる訳もないものな。

私はときどきこうやって釣りをする。いつもはエンジンオイルに塗れて機械を弄ってるけど、たまには静かに海を見たくなったりするのだ。

海。奇麗だな…。
小さく波が砕ける音も心地よく、静かに流れる風が髪を揺らす。

基地の前に広がる海は穏やかで、戦争の影なんて感じられなかった。
でも、この海の向こうにはカールスラントがあり、ガリアがあるんだ。
そう思うと、不思議な気持ちになってくる。戦争ってなんなのかな、ネウロイって…。

「あっ…」

浮きが動いたのを見逃してしまった。釣り竿を上げるとまた針だけ。

「あーあ、だめだこりゃー」

私は釣り竿を放り出し、仰向けに転がる。空は青く、どこまでも高い。



「南南西の風、風力2、雲量3、雲高1500フィート、…晴天だー」

すると、不意に空が暗くなった。太陽をさえぎる人影。

「シャーリーなにやってんのー!」
「ああ、ルッキーニか、見てわかるだろう?」
「お昼寝?じゃ、わたしもー!」
「違うよー。釣りだよ、釣り!」

ルッキーニがにやりと笑う。
「へー、釣れなくても釣りって言うの?」
「こ、これからなんだよ!」

私は胡坐をかいて身体を起こし、釣り竿に手を伸ばす。
「じゃぁ私も釣り手伝うー!!」

言うが早いがルッキーニが私の胡坐の上に座ってきた。
「わっ!なんだよ突然!隣に座ればいいじゃんか!」
「やだー!あたしここがいーのー!手伝うー!」
ルッキーニはちっちゃなお尻で私の脚を押しのけて、さっさと私の前に収まってしまった。

「もー、ルッキーニはー」
「…怒ってる?」
「もー!お、怒ってなんかないよ!」
「じゃぁ釣りれっつごー!」
ルッキーニはケラケラと笑うと、海峡を指さして勇ましく声を上げる。
「あいあいさー」
私もそれに付き合って竿を振る。
海面に針が飛び込む音も聞こえる位、静かな海。静かな時間。



「…静かだねー」
「なんだか、眠くなっちゃうよー」
「そうか?」
「うん!だって良い枕もあるし!」
ルッキーニが私の自慢の胸に頭を押し付けてくる。
「こっ、こら!くすぐったいよ…っ」

しばらくもぞもぞと動いていたけど、納まりの良い位置を見つけたのかルッキーニは静かになる。
丁度、私のあごの下にルッキーニの頭がある形だ。シャンプーの良い匂いが鼻孔をくすぐる。

「じゃぁ、私もルッキーニを枕にしよっと…」
私はルッキーニの頭の上にあごを載せるような感じで密着する。ちょっと髪の毛の感触がくすぐったいけど、なんだかとても自然な感じだ。
「やわらかーい」これはルッキーニ。
「いいにおーい」こっちはわたし。

二人してふふふ、と笑う。大陸を見て沈んでしまった気持ちが、少しだけ晴れるような気がした。

「ねぇ、シャーリー。シャーリーの故郷にも海があったのー?」
「ううん。ウェストバージニアには海はなかったよ」
「へー。ねぇ、海って広いよねー、びっくりした」
「ああ、私もびっくりした。川と違ってずーっと水があるんだもんな」

ルッキーニが少し顔を上げる。
「この海の向こうにシャーリーの故郷があるのかなー」
「そうだねー」

めずらしいな、ルッキーニが故郷の話をするなんて…。
第501統合戦闘航空団を始めとして、沢山の国籍を持ったウィッチが集まる時、普通は故郷の話をしない。それは家族や親類を失い、故郷を追われ、望まぬ形で戦っているウィッチが少なくないからだ。

ルッキーニも普段は故郷の話なんかしないし、私も聞かない。それがルッキーニを一人前として認めている態度だと私は思うし、優しさでもあるハズだから。

ただ、ウィッチとしては一人前でも、ルッキーニはまだ12歳だ。

家族の事は聞いた事がないから分からないけど、お母さんやお父さんと離れてブリタニアまで来て、戦争して…。そう思うと、なんだか無性に胸が苦しくなった。

海の向こうのガリアが重苦しい雰囲気をまとって見える。

「シャーリーの故郷に行ってみたいなー」
ルッキーニは何気なくつぶやく。声も心なしか沈んで聞こえる。
私はルッキーニに何をしてやれるんだろう…。そう思うと、釣り竿の穂先が滲んで、なんだか分からないけど涙が出てきてしまった。
「…うっ、ルッキーニぃ…」
私の情けない声を聞いて、ルッキーニがびっくりして振り向く。

「えっ!なっ!なにシャーリーないてんのー?」
「うう…、わかんないよぅ」

ルッキーニの顔を正面から見ると、ますます涙が出てきた。やだ…とまんないよ…。

「もー、シャーリーは泣き虫さんだなぁ」
ルッキーニは身体をこちらに向けると、両腕を私の肩にまわし、顔を近づける。
「涙が止まるおまじないしてあげるっ!」

ルッキーニの唇が私の頬に近寄る。洩れる息がくすぐったい。
そして、ルッキーニの小さな可愛らしい舌が私の涙を舐めた。
1回、2回、3回、何度も何度も。私の止まらない涙をすくうように。

私はルッキーニの優しい気持ちが嬉しくて、そして、こんなちっちゃな女の子一人助けられない事が情けなくて。
私は涙を止める事が出来なかった。

風の音が聞こえる。潮の匂いがする。

どれくらいそうして居ただろう、私の涙は枯れていた。
ルッキーニが顔を離し、私の眼を見る。

「シャーリーの涙…なんか、にがじょっぱい」

いたずらっぽく笑うルッキーニ。

「きっと海の味だよ」

そう言って私も笑う。ルッキーニも一緒に笑う。
ありがとう、ルッキーニ。大好きだよ。
そう心の中でつぶやく。


「ねぇシャーリー。あたし、魚のフライが食べたいなっ!」

湿った雰囲気を変える様に、ルッキーニが陽気にねだる。

「よしっ!今日のお夕飯は決まりだな!がんばるよっ!」
「おー!シャーリーいっけー!」

私は竿を強く振る、釣り糸が太陽の光を受けて白く輝く。

―おしまい―




後日談:ボウズでした。
ルッキーニ「魚のフライたーべーたーいー!!!」
シャーリー「ま、またがんばるよ(汗」


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