Count down.
自分がわからなくなった。
Count down.
「で」
昼だった。
うららかな昼下がり。
ネウロイ侵攻の予報もなく、今日は平和に過ごせるな、
そんなことを思いながら2個目の芋にフォークを突き刺そうとしていた矢先だった。
隣で大人しくもさもさと食べていると思ったら…――
「エーリカとはどこまでいったんだ?」
…これだ。この万年発情期の兎め!
狙いを定めていた獲物を逃した。あまりの理解追いつかぬ発言にフォークの軌道がずれたのだ。
そう、決して動揺したわけではない。断じてだ。
「この静かで、のどかな昼の風景に、あまりに不釣合いな質問だとは思わないか、リベリアン?」
「あー、ここ最近いい天気が続いてるねぇ」
「……。」
会話不成立。国境の壁は厚かった。
しかし確かにいい天気だと澄んだ空を見上げ食事に戻る。
「無視ですか、バルクホルン大尉殿」
「うるさい。大人しく食べることもできんのかお前は」
「っかー!これだから堅物は!」
食べ物を刺したままフォークをくるくると回すんじゃない!
言おうとしてやめた。不毛だ。あまりにも不毛だ。訳がわからない。
私は再度芋の山に手を伸ばす。
「…大体、なんで私とハルトマンなんだ」
「またまたー。隠すことじゃないって♪で、ABC?」
「無視ですか、イェーガー大尉殿」
咀嚼しながらちらりと横を見やれば、心底楽しそうにニヤニヤと笑うイェーガーと目がかち合う。
ああ、つぎに模擬戦があるときはこいつとカードを組んでもらおう。
例え一筋縄でいかなくとも、必ずぼこぼこにしてやる
そんなことを心に決めながら、次に奴の続く言葉に私はガタンッと椅子を鳴らして立ち上がることになる。
「え、だって付き合ってんじゃないの?」
「 ア ホ か ! !」
◇
考えがまったくもってまとまらない。
自分がわからなくなってきた。
ハルトマンと私が付き合ってるだって?そんな訳あるか!何がどうなってる!
頭が痛い。胸の中がぐるぐるして考えもまとまらない。
脈が早いのはさっきからずっと早足でいるせいだ。そうに違いない。
「ハルトマン!!!」
椅子を鳴らして立ち上がり、ヘイと呼び止めるイェーガーの言葉も無視して
私は黙々とある部屋へ向かった。
バンッ!と音が鳴りそうな勢いでドアを開けながら部屋の主の名前を呼び、
相変わらず汚い部屋を見回してベッドで船を漕ぎ出しているハルトマンを発見する。
ええい、もう昼だ!シエスタならロマーニャでやれ!
言いながらずかずかとベッドの前まで歩みを進め、
がくがくと肩を揺らして無理矢理こちらに引き戻すと少しだけ眠そうな声を出して応じる。
「もー、吼えないでよ…」
「吼……いや、いい。この際そんなことはいい。きさま!あのリベリアンに何を吹き込んだ!」
「…シャーリー?」
そうだ!と声高らかに言うが、それでもハルトマンは顔を傾げるだけだった。
ふ、どうあっても白をきる気か。さすが悪魔と呼ばれるだけあるということだな。
その可愛らしい仮面の下にどんな魔物が潜んでいたとして、私は退かない!
しっかり覚醒してきたらしいハルトマンのベッドに陣取って座り、じっくりと攻め落とすことにした。
「シャーリーがどうしたの?」
「…落ち着いて聞けよ。ヤツはどうやら私とお前が付き合ってると勘違いしてるらしい」
「へぇ」
…無駄に正座して真剣な顔で言う私が馬鹿みたいじゃないか。
それだけか、と問うとなんで?という顔で返される。身も蓋もない。
しかし、どんな場面に置いても冷静に対処する、それが軍人というものだ!
「それで、だ。私はお前が何か、あいつに吹き込んだんじゃないかと思ったわけだ」
「失礼だね…」
苦笑いで返されるとどうしていいかわからない。
なんでちょっとしおらしいんだ。調子が狂うだろう!
「…隠してるつもりだったんだけどな」
「ん、なにか言ったか?」
「なにもー」
しかしどうやら違うとなると、どうしたものか。
「でもさー。それで私がそうだよ、って言ったら、どうする気だったの?」
「へ?」
考えてもみなかった問いかけに、私は一瞬頭が真っ白になる。
どうする、……って。どう、したいんだ?私は、ハルトマンと…ハルトマンのことを…
「私は、トゥルーデとそういう関係になるの、全然いやじゃないよ」
いつの間にか側にきていたハルトマンとの存外近い距離に聞こえたんじゃないかと心配になるほど高くどくんと脈打つ。
この部屋に向かっている時よりももっとずっと掻き鳴らされた鼓動のせいで、もう心臓が破裂しそうだ。
私はどうしてしまったんだろう。叫びだしたい気分だった。
頬へ添えられた手から伝わる温度が熱すぎて火傷してしまう。
僅か残った理性に、それでも遠慮なく噛み付いて、奴は言った。
「キス、する?」
カウントゼロまであと5センチ。
視界にはもうハルトマンしか映っていない
3、2、1
「…まっ、まままままてハルトマン!」
「うん?」
あと数mm、というところで噛み砕かれた理性の破片が飛び込んできた。
制止の声をかけるとハルトマンの動きがとまる。
頼む、上目遣いで、見上げるな。
「あのだな、唐突すぎて頭が追いつかなくて、その、だから」
そんな眼で、見つめるな!
なけなしの理性が喚き散らして、混乱で回りそうな目はけれどしかとハルトマンを見つめる。
ふいに頬から伝わっていた熱が消えた。
目を閉じて口角を少しだけ上げて呟くその声がいつもより弱かったのは気のせいだろうか。
「……ごめんね」
「は」
「いきなりだったし、やっぱりいやだったよね。ごめん。」
「いや、その」
嫌じゃない。嫌じゃないから、困ってるんだ!!!
心の叫びはされど口から溢れだしてはくれなかった。堅物め。どこぞのウサ耳の言葉が耳に痛かった。
ぐ、と咽喉がなる。
それでも叫びだす寸前だったのだ。
笑っていても少しだけその顔が曇ったから。
少しだけ寂しそうに、みえたから。
きっと気のせいじゃなかったから。
気づいたら私は離れようとする悪魔の腕を引っ張りもどしてカウントゼロをきっていた。
Fin!