うたかた


「撃て! 撃つんだ、宮藤!」
 張り裂けんばかりの怒号をあげ、坂本少佐は単機ネウロイに急接近する。
 その形相がどのようなものであったか、後ろを飛ぶわたくしにもわかった。
「ダメです! 待ってください!」
 宮藤さんは両手を広げ、その間に割って入る。
 なにをしているの、あの子は!
 まるでネウロイのことをかばいでもするように。
「撃たぬならどけ!」
 少佐はモーゼル機関銃を構え、連射する。
 するとずっと沈黙を保っていたネウロイはそれを回避、そして反撃――
 二本のビームが少佐に向けて放たれる。
 あわてて少佐はシールドを展開させ、それを防ごうとする。

 ――しかし、そのシールドをすり抜け、ネウロイのビームは少佐の体をつらぬいた。

 悲痛な呻き声をあげ、坂本少佐は落ちていった。


 坂本少佐はもう丸一日以上眠っている。
 不幸中の幸いにも命だけはご無事だけれど、負った傷は重い。
 宮藤さんは今も、治癒魔法で懸命に少佐の治療をおこなっている。
 わたくしは少佐の眠るベッドの傍らで、ただじっと立ち尽くしてそれを見守る。
 今だけではない。
 もしあの時、彼女がいなければ、少佐の身にもしものことがあったかもしれない。
 彼女のこの力に比べたら、わたくしにできることなどただ少佐の身を案じるだけ。
 自分の無力さに心底嫌気がさす。
 今、少佐の傍にいるべきなのは、わたくしではなく、彼女――
 しかしわたくしはこうも思う。
 もしもあの時、彼女がああしていなければ、と。
 命令を無視して一人先走った彼女。
 それに、あの時の彼女のとった行動――
「あなた、一体どういうつもりだったのよ!?」
 わたくしはもう何度となく繰り返した質問を、また宮藤さんにぶつけた。
 そのたびに彼女はなにか言いたげな顔をするが、口をぎゅっと結んでなにも言わない。
 少佐のことを抜きにしても、わたくしは彼女のことが嫌いだ。
 銃を持つことも、銃口を向けることも拒むその姿勢。
 それはわたくしの嫌悪する、甘えやためらいという心の弱さだからだ。
「またなにも言わないのね」
 わたくしのその言葉に、彼女はただ一言、ごめんなさいと力なく言った。

 なぜわたくしは彼女ばかりを責める。
 そもそもわたくしが彼女に決闘を申し込んでいなければ――
 先走ろうとする彼女をわたくしが止められていれば――
 胸のなかで、わたくしの取り得たいくつもの可能性がぐるぐると駆けまわる。
「あなたに治癒魔法が使えなければ、少佐に近づけさせなんてしないのに……!」
 わたくしの口からその言葉が出る。
 彼女がどれほど少佐の身を案じているか、わたくしは知っているのに。
 本当に自分が可愛くない。
 とうに限界を超えているはずなのに、それでも懸命に魔法を使い続ける彼女。
 彼女の持つ甘えやためらいという心の弱さ、
 しかしそれは同時に、優しさやひたむきさという心の強さの裏返しでもある。
 彼女とはもっと別の出会い方をしていたら……お友達になれていたのかもしれない。
「少佐のことはわたくしが見ています」
 わたくしは宮藤さんの後ろに立つと、彼女の肩に手を置いた。
「あなたは一度休みなさい。ずっと魔法を使って、もう疲れたでしょ」
「うん……ありがとう、ペリーヌさん」
 振り返った宮藤さんは空元気の笑顔をわたくしに見せる。
 それはわたくしのことを励ましでもするように。
 なんて可愛い子なんだろうか。
 宮藤さんはおねがいしますと頭をさげると、部屋から出ていった。

 わたくしは先ほど宮藤さんの座っていた椅子に腰かけた。
 少佐の寝顔をそっと覗きこむ。
 少佐の寝顔は何度か見たことはあったけれど、そのどれとも違って見えた。
 誰よりも朝早く目覚め、自らに厳しい訓練を科す坂本少佐。
 おそらく深く眠られることはないのだろう。
 それが今、わたくしにこれほどまでに無防備な寝顔を見せている。
「坂本少佐……」
 わたくしは少佐の力ない左手を両手でそっと包み込んだ。
 ――と、少佐の手がかすかに私の手のなかで動いた。
「少佐……?」
 わたくしは少佐の手に目をやった。 
 もう一度かすかに、しかし先ほどより強く、少佐の指先がわたくしの手のひらを撫でる。
 決してわたくしの気のせいではない。
「さ、坂本少佐っ……!」
 わたくしは我を忘れて名前を呼んだ。
 その呼びかけに応えるように、少佐の重く閉じた左のまぶたがゆっくりと持ち上がっていく。
 少佐はぐるりと視線を一周させ――わたくしの顔を仰ぐ。
「ここは……?」
「坂本少佐っ……! 坂本少佐っ……!」
 わたくしは何度も何度も名前を叫んだ。
 涙がとめどなくあふれ出てくる。
 そのまま胸が張り裂けてしまいそうな激しい脈動を体中を駆け巡る。
「坂本少佐っ……! 坂本少佐っ……!」
「頭に響く。少し声を小さくしてくれないか」
「すみません、わたくしったら……。坂本少佐、ご無事でなによりです」
 わたくしはそっと胸を撫でおろした。
 わたくしと少佐はしばしの間、見つめあった。
「なぁ、ペリーヌ。もう少し顔を私に近づけてくれないか」
 少佐はわたくしの目をじっと見据えて言う。
 眼帯をして左目だけのその視線はしかし、今までわたくしの感じたなによりも強い光を持つ。
 まるでわたくしが視線を放すことを禁じるように。
 わたくしが言われるがまま少佐に顔を近づけると、少佐の左手がすっとわたくしの顔に伸びた。
 少佐はわたくしの目の下をつたう涙をぬぐった。
「私のために泣いてくれるのか?」
 当たり前じゃないですか、そんなこと!
 わたくしは力強く何度もうなずいた。

「私は見てのとおりこのざまだ。しばらくは戦闘はおろか訓練もできん」
「そんなことは気になさらないでください。今はゆっくり体を休めることだけを――」
「そうも言ってる暇はないからな」

 わたくしの胸がざわめきたつ。
 少佐の焦点の定まらぬその視線は、部屋の天井を越えて、もう空を見ている。

「こんな時まで訓練の話だなんて、少佐らしいですね」
「訓練バカと笑うか?」
「そ、そんなことしません! とても心の強い人だと、そう申し上げたかったんです」
「心の強い、か。私はそんな人間ではないさ」
「そんなこと……」
 わたくしは少佐の言葉を否定しようとして、でもそれを途中でやめた。
 それが謙遜といったものを意味するのではないと感じられたから。
 少佐は穏やかな声で言葉を続けた。
「私はただ、人に自分の弱さを見せないようにしていただけだ」
 少佐は憂えた瞳でわたくしを仰ぐ。
「いや、人に自分の弱さを見せられなかったのかもしれない」
 わたくしは相槌もうたず、ただ少佐の声に耳を傾けた。
「気丈に自分を律することで、私は強い人間であろうとした。
 自分は強い人間だと思い込むことで、私は自分自身を保っていられた。
 私にだって泣きたい時はある。でも、私は誰かの前で泣くことができない。
 そんなことをしてしまったら、今までの自分がすべて崩れ去ってしまいそうで、
 ずっと本当の自分を偽って、心の強い人間を演じていただけだ」

「少し愚痴をきいてくれないか」
 愚痴などという、普段の少佐からは似つかわしくない言葉を少佐は口にした。
 わたくしがはいと応えると、少佐はゆっくりと体を起き上がらせた。
「まだ寝ていてください!」
「話をするのに寝たままというわけにはいかないだろう。
 それに、ずっと寝ていては体が鈍ってしまう」
 わたくしの言葉など聞きもせず、少佐は起き上がり、そして話し始めた。
「私ももう二十歳だ。ウィッチを引退する日がすぐそこまで近づいている」
 魔法力のピークは二十歳、それを過ぎれば次第に力が衰えていくのがウィッチの宿命だ。
 わたくしもそのことには薄々気づいていた。
 気づいていたのに、気づかないふりをしていた。
「少佐は、引退なさるおつもりはないのですね」
「ああ、私はまだストライカーを脱ぐことはできない」
「もうやめてください、こんなこと!」
「お前も止めるのか」
 わたくしの悲痛な叫びに、少佐はただ穏やかな言葉を返す。
「そんなの当たり前です!」
「ミーナにも言われたよ。あいつ、銃をつきつけて言うんだからな」
 少佐はいつものようにはっはっはと笑った。
 でもその笑い声が、どうしてでしょう、わたくしにはひどく虚しく聞こえた。
「そんなことが……」
 それはミーナ中佐も、今のわたくしと同じ思いを抱いていたということだろう。
 でもわたくしに、ミーナ中佐がそうしたように、少佐を銃を向ける覚悟があっただろうか。
 いえ、そんなものないわ。
 わたくしがこの方を撃てるはずない。ただ口でなにかを言うだけだ。
 銃を突き付けられても、ネウロイとの交戦で大きな傷を負うても、けして曲がらなかった意志。
 それがわたくしの言葉などで止められるはずはない。
 少佐の意志がわたくしの言葉で折れてしまうようなものなら、
 わたくしはこれほどまで、坂本少佐、あなたに惹かれていなかったでしょう。
 ――でも今は、そのことがこんなにも憎い。
「私にはまだやり残したことがある」
 凛然としたその顔を、少佐はわたくしに見せる。
 でもその瞳は、わたくしのことを映していない。
「それは――宮藤さんのことですか?」
「ああ」
 はっきりとした肯定。
 わたくしの胸のなかで、なにかがざわざわと音をたてる。

「私はただの学生だったあいつをスカウトして、ブリタニアまで連れてきてしまった。
 反対する母や祖母からあいつを引き離すことになっても。
 けして心が痛まなかったわけではない。
 だが、私はそれをしてしまった」
 少佐のまなざしが、少し昔を懐かしむような、そんな風にわたくしには見えた。
「私はあいつに約束した。私がお前を一人前のウィッチにしてやる、と。
 だがあいつはまだ半人前だ。私はまだ約束を果たせていない。
 今、私があいつのことを投げ出してしまったら、とてもあいつの家族に顔向けできん」
 たしかに少佐が悔いる気持ちを、わたくしも汲み取ることができる。
 しかし、だからって――
 そんなこと、宮藤さんだって望んでなどいないはずだ。
「わたくしには、それがご自分の命と引き換えになるやもしれぬほどの約束とは思えません」
「だろうな。だが私には、もう一つ約束がある」
「もう一つ……ですか?」
「ああ。あいつの父、宮藤博士との約束だ」
「宮藤博士との……?」
 少佐は以前、博士と一緒に過ごしていた時期があると聞いている。
「博士の墓標に刻まれている言葉を知っているか」
「もちろんです」

『その力を多くの人を守るために』

 博士が生前、よくおっしゃっていたという言葉だ。
 わたくしも少佐や他の人から幾度となく聞き及んでいる。
「私にできることはもう残り少ない。
 でも、私にまだその力が残されているなら、私は私にできることをしたい」

「これは私が背負わねばならない業だ」
「そんなことは……」
 そう言いかけて、わたくしは首を横に振った。
 そうじゃない。
 止めること、慰めること、否定すること。
 わたくしが今、少佐のためにできることはそうではない。
 今、わたくしが少佐の力になれること――

「それではわたくしにも、その業を半分分けてください」

 わたくしは少佐の手の甲に、そっと両の手を添えた。
「少佐はまだ無理のできないお体。
 ちゃんと怪我が癒されるまでの間、少佐に代わって宮藤さんはわたくしがびしばし鍛えあげます。
 少佐の手を煩わせずとも、宮藤さんはわたくしが一人前のウィッチにして差し上げますわ」

 少佐の演じるその舞台に、わたくしも立たせてください。
 きっと名脇役になってみせますわ。

「ありがとう。お前はいい教官になるよ」
「当然です」

「長々と愚痴につきあわせて悪かったな」
「いえ、そんなこと……」
「こんなところ、宮藤にもミーナにも見せられないな」
「でもわたくしには話してくださいました」
「ああ、そうだな」
 少佐が肯定してくれる、その声の優しさ、その言葉の重さがただ嬉しくて。
 わたくしは宮藤さんのようになれない。ミーナ中佐のようにもなれない。
 それでも少佐はわたくしのことを認めてくださいました。
 それだけで、わたくしは生きていける。
 だから坂本少佐――
 あなたのすべてをわたくしは受け入れますわ。
「もしまた愚痴を言いたくなったときは、遠慮なさらずわたくしに言ってください。
 わたくしの胸に飛び込んでくれて構いません。
 ……わたくしの胸はぺったんこですけれど」
 その笑えない冗談に、少佐は苦い微笑みを浮かべてくれた。
 つられるようにわたくしも笑う。
「ペリーヌ、お前にはいつも迷惑をかける」
「いえ、気になさらないでください。
 だってわたくしは、坂本少佐の一番の部下ですから」

 たとえわたくしの思いを受け入れてもらえなくとも、
 せめてこう思うことだけはお赦しください。

「お前を部下に持てたことを私は誇りに思う」
「光栄です」
 わたくしの頬を細い涙がつたった。
 その言葉を、しっかりと胸に刻みつける。
 もうわたくしは迷ったりしません。
 物陰にこそこそと隠れ、少佐のことを伺うような、そんなことはしません。
 わたくしはいつもあなたのすぐそばに胸を張って立ちます。
 いつもあなたの数歩あとを歩きます。
 いつもあなたのすぐ後ろを飛びます。
 それがあなたのためとあらば、わたくしはこの命さえあなたのために捧げましょう。

「なぁ、ペリーヌ。実はもう一つ話しておかなければならないことがある」
「はい。なんでしょうか」
「ペリーヌ、お前のことだ」
 えっ、とわたくしは間の抜けた声を出す。
「お前が私を慕ってくれることがただ、嬉しかったんだ」
 その言葉に、わたくしの胸がいっぱいになる。
「はい」

「それでだ――私は恋愛とかそういったことに疎い。
 だがそれでも、お前が私のことをそう思っていることには薄々気づいていた」

「そ、それは……」
 声が震え、息が苦しくなる。
 わたくしの顔がみるみる紅潮する。
「なんだ、これは私の勘違いだったか……」
 肯定も否定もできないわたくしを置いて、少佐はぽつりつぶやく。
 ここでその言葉を受け入れてしまえば、わたくしは楽になれる。
 胸に秘めたこの思いに重く蓋をしてしまえば、わたくしは何の気兼ねもなく少佐と共にいられる。
 しかし少佐、わたくしはもうこそこそ隠れたりしないと胸に誓ったのです。
 わたくしは少佐の顔をじっと見据えた。
「いえ、少佐のおっしゃるとおりです。
 わたくしは坂本少佐をそのように思っております」
 きっとあなたが思っておられるよりもずっと、強く、深く。
 少佐は、そうか、と静かにつぶやく。

「すまない。私はお前の気持ちに応えてやることができない」

 わたくしの胸のなかを、冷たい風が吹き抜けていった。
 恋などというあさましい感情を、この方は受け入れてはくださらない。

「はい、わかっています」
 わたくしは懸命にくしゃくしゃな笑顔をつくった。
 ペリーヌ、泣いてはいけない。笑え、笑いなさい。
 すべてわかっていたことでしょう。この恋は実ることがないと。
 それでもわたくしはこの方に恋をした。
 悔いてなどいない。だってこれはわたくしの誇りなのだから。

「でもこれだけは忘れないでください。
 わたくしがいつまでも、少佐のことをそう思い続けていることを」

「どうやら私はまた一つ業を背負わねばならないらしい」
 少佐は自らを蔑むように笑う。
「いえ、わたくしはそんなつもりで言ったのでは……」
「『人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し』
 なぁ、ペリーヌ。こんな言葉を知っているか?」
 わたくしは首を横に振る。
「私が生まれてまだ二十年、それでもずいぶん遠くまで来てしまった気がする。
 違う時代に生まれていれば、もっと別の生き方もできたかもしれない。
 だがまあ悪くないさ。
 いいことも悪いこともあった。
 過ぎてしまえば、そのすべてが私には愛おしい」
 少佐のその声、その言葉を、わたくしは胸にしまいこんでゆく。
「ペリーヌ、お前と出会って過ごした日々、それもちゃんと入っている。
 お前の気持ちに応えられない代わりに、この業を私に背負わせてくれないか」
 わたくしはうながされるように、はい、とうなずくしかなかった。

「ではわたくしのこの業を背負ってもらいます。……一度でいいです。
 わたくしも少佐のことを、『坂本さん』とお呼びしてもよろしいでしょうか」
 宮藤さんが坂本少佐をそう呼ぶように。
 もう一歩だけわたくしを、あなたへと近づけさせてもらえますか。
「なにを遠慮することがある。ただ『美緒』と、そう呼べばいい」
「そ、それは……」
「いやか?」
「めっ、滅相もありません」
「私のことをこう呼ぶのは親とミーナくらいなもんだ」
 わたくしの息がとまる。
「妬いたか?」
「そ、そんなことは……」
「呼んでくれるか、ペリーヌ」
 少佐はわたくしの頬に右手を添える。
 わたくしはこくりと一度だけうなずいた。
「はい…………み、美緒」

 わたくしの唇に、少佐はほんの軽く触れるだけの口づけをした。

 少佐は唇を放しても、わたくしは暫し惚けたままで、
 ようやくわたくしのなかの時間が動き出すと、体中に高い熱をおびていった。
 顔が耳まで真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかった。
「どうかしたのか?」
 飄々と少佐はわたくしに訊ねてくる。
 やはりこの方は、わたくしのことなどなにも気づいていない。
「実はわたくし、その……こういった経験ははじめてでしたので」
「それはすまないことをしたな」
 少佐は悪びれる風もなくしれっと言ってしまう。
 この方はどこまでもずるい。

 こうして坂本少佐はまたもう一つ、業を背負いこんでしまうのだ。

「長く話していると疲れてきたよ。少し寝かせてくれないか」
 わたくしがはいと伝えると、少佐は体を寝かされた。
 少佐の左のまぶたがそっと閉じてゆく。
 わたくしは少佐の左手にそっと手を添えた。
「落ち着く」
 と、安らかな声で少佐は言った。
「私が眠れるまで、少しそうしていてくれないか」
「はい」
 そして少佐は静かな寝息をたてて眠られた。
 わたくしはじっとそれに耳を澄ます。
 窓の外はかすかに秋色に染まり、ひだまり。
 なんて心地よい時間だろうか。
 うたかたの午後を、わたくしは少佐と二人、このまま溶けていってしまいそうだった。
 せめて夢の中で……。
 そっとまぶたを閉じていると、やがてわたくしも眠りに落ちていった。

 わたくしが目覚めたとき、日はすでに傾き、部屋のなかを鮮やかに赤く染め上げていた。
 すでにベッドに少佐の姿はなかった。
「もう行ってしまわれたのですね」
 わたくしを一人残して。

 坂本少佐、少佐は自分は強い人間ではないとおっしゃいました。
 いいえ、少佐。やはりあなたは強い人です。
 わたくしのことなどもう必要としないくらいに。

「美緒……」
 もういないあの方の名前を呼ぶ。

 あのキスの温度に思いを馳せれば、
 じりじりとまた、この胸を焦がすのだ。


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