crazy hands.


その日の朝はよく冷えた。

   ○crazy hands.

まだ霧のかかる時間に走り込みを終わらせ今は一心不乱に剣を振る。
身体も軽いし朝の空気を吸い込んで心の中から洗われる感覚。
昨日に続いて天気もよさそうだしと素振りを終え今日一日に気合いをいれて基地への帰路へつくと、
目の前によく見慣れた上官の姿がうかがえた。
どうしてこんな処になどという疑問よりもはやく何故だか穏やかになる心が一番疑問だ
姿をみかけた途端ひどく安堵に似た感情を抱く己に陶中苦笑いしていたつもりで
どうやら顔にもでていたようだ。なにをにやついているのと言われて気がついた。

「いや、何でもない。それよりどうして此処へ?」
「あなたに会いにきたのよ」

静かに微笑みながら、そんなことをさらりと言う彼女につい目をぱちくりさせながら基地で会えるだろうにと言うと今、すぐに、会いたくなったのよと真っ直ぐに返ってくる。
心の中があたたかくなる感触がしてああ嬉しいのかと判ると自分も女だなと思う。

「そういうときってあるものよ、女の子って。これから帰るんでしょう?」

肯定を示すとじゃあ帰りましょうと手を握られる。
すこしどきりと鳴った心臓の意味をこの時の私はまだ知らない。
ただ彼女の手の温度にびっくりしたのだと思った。

「…手、つめたいな」
「そう?まぁ、今朝は冷え込むものね」
「うん、冷たくて気もちが良い」

心が冷たいからかしらとけらけら笑って言う彼女にそんなことないさと返すとふと閉じられた瞳を縁取る睫毛が長いことに気づく。

「軍人はつめたい心であるべきだと思うわ」

どうして泣きそうな顔をしてそんなことを言う人間がつめたいだなんて、言えるんだろうと
その細く綺麗な手をみながら思う。

「そうあることができれば容易いな、生きることは」

この手が銃を握り敵を薙ぎ払い隊を支えるようにはとてもみえなかった。
彼女はいろいろなものを抱え込みすぎている。
私はすこしでも、彼女の荷を軽くすることができているだろうか?
ほんのすこしでも、支えになれていればいいのだけれど。


「…なぁ。知ってるか。」
「なにを?」

問いながらのぞきこむ彼女の視線をしっかり捉えてその手を自分の頬まで持ち上げる。
ああほら、つめたい。運動して火照った身体にちょうどいい。

「手が冷たいひとっていうのはな、心があたたかいんだ」

今度はミーナが眼をぱちくりとさせる番だ。
そんな様子に微笑んで、跪き手の甲へ、
火照った身体の私から熱いくちづけを。
悪戯っぽくにやりと笑うと彼女は笑う。そんな彼女をみて私も笑う。

私たちに許された、これが幸せだというのなら神様は残酷だ。
するりと流れて刺さる感傷に身震いをひとつ、した。


  ◇

  ◇

「…ねぇ、じゃあ、こんな言葉を知ってる?」
「なんだ?」
「手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情、頬の上なら厚情のキス。唇の上なら」

すす、と順番になぞる指先がいやらしい。

「愛情のキス。」

僅か数センチ、赤の瞳にうつる私はなんとも形容し難い表情をつくっている。

「閉じた目の上なら憧憬のキス。掌なら懇願のキス。腕と首なら欲望のキス。」

首でとまるひやりとした手の感触に背筋がぞくりとする。
吸い込まれそうな瞳が澄んでいるのかが私にはわからない。


 さてそのほかは、みな狂気の沙汰。


ふたりして色々な場所にキスを降らせながら昇ってきた朝日を浴びる。
清々しい朝に似つかわしくないこんな光景は誰にもみせられないな
おもっていながらやめない私たちはさて、なにに狂っているのだろう。

Fin!


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