待ってるから
「どうしても行っちゃうの・・?」
「ごめんね、みっちゃん・・。でも、決めたんだ。私はお父さんのことを確かめたいの・・・・!」
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芳佳が坂本美緒について行くと決めたその日、芳佳のいたクラスでは送別会が行われていた。
坂本が教員に話をつけた際、芳佳の担任が「暫く会えなくなるのだから」と思い、気を利かせて開催してくれたのだ。
教室のテーブルには飲み物や食べ物が沢山置いてある。
「でもやっぱり私は淋しいなぁ。」
みちこは食い下がる。
―――これは芳佳ちゃんが決めたこと、私がどうこう出来る様な問題じゃない・・・・
頭ではわかっているみちこだが、どうしても心の底では納得できないようである。
「うん、本当にゴメン・・。」
しかし、芳佳の決意は固い。
「でも、必ず帰って来るから!!だから・・」
だが、取り繕うとするも言葉の出ない芳佳。待たされる側・・・・・・・・「待ってて」と言われ待ち続ける時間はどんなに辛く、どんなに永いか。
それは芳佳自身が一番よく分かっている。
だから、彼女は軽々しく「待ってて」という言葉を使えない。これから赴くのは戦場。
非戦闘員であった父親が消息が不明なのである。そしてその父が消息を絶った場所が安全であるという保証は全く無い。だから芳佳は――
「だから・・ごめん・・・・」
――謝ることしか出来なかった。
「ううん、コッチこそゴメンね!!せっかくゲンキで楽しい思い出を!ってことだったのに・・」
教室の生徒から冗談交じりのブーイングが飛ぶ。(「芳佳ちゃん困ってるじゃない!!」)
「よーし、じゃあいっぱい食べちゃうぞー!」
軽く落ち込みかけたみちこと自分を励ますようにわざと大きな声を出す。
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空が暗くなってくると送別会も終わり、芳佳とみちこは共に帰路に就く。
今日はみちこの祖父は迎えに来ていない。「せっかくだから今日は芳佳ちゃんと歩いて帰りたい」とみちこが頼んでいたのだ。
二人は無言で歩き続ける。なんて声をかけて良いのかわからない―――そんな空気を醸し出すみちこにつられ、口を紡ぐ芳佳。
「あ・・この場所・・・・」
暫く歩き続けると、先日みちこが事故で大けがを負った地点に辿り着く。
「この場所で芳佳ちゃんが私を助けてくれたんだってね・・。」
足を止め、急に芳佳に語りかける。
「芳佳ちゃんのお蔭で私は助かったんだよ、ありがとう。」
「そんな!!結局みっちゃんを助けたのはお母さんだったし、それに・・」
みちこが薄れゆく意識の中で見た、芳佳が懸命に自分を助けようとしている姿が思い出される。
そして、芳佳の運命を変えたあの眼帯の女性。彼女の助けもあっただろう。でも――
「それでも、やっぱりありがとう、だよ。」
それから「今日は泊まっていってよ!いっぱいお話したいことがあるんだ!」という芳佳の誘いを受け、みちこは芳佳の家に泊まることにした。
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一度帰って着替えを取って来たみちこが宮藤家にお邪魔する。
送別会でお腹がいっぱいだったので、入浴することにした。
「もう、みっちゃんがこうやって私の背中を流してくれることもなくなっちゃうんだね・・」
「やだよ、そういう『もう二度と会えません』みたいな言い方~!!」
あまりそのことを考えたくなかったみちこは冗談交じりで返す。
そうでもしなければ持ち堪えられそうになかったからだ。
風呂から上がった二人は一緒の布団に入って思い出話に花を咲かせていた。
幼いころからずっと遊んできたこと、一緒に学校に行ったこと。話は尽きない。だが―――
「どうしても行っちゃうの・・?」
遂に耐えられなくなったみちこが再び尋ねる。
「私は――私は芳佳ちゃんとずっとこうやっていたいよ!今まで通りずっと・・・・・・」
瞳に涙を浮かべながら、しかし必死に泣くまいとして、隣で横になっている愛しい友へと語りかける。
「ごめんね・・でも、私はどうしてもお父さんのことを確かめたいの!」
やはり芳佳の思いは変わらなかった。
「生きているかどうかはわからないけど・・・・だけど」
一呼吸おいて芳佳が続ける。
「たとえどんな結果が待っていようとも、私は自分の目で確かめたいの!それに・・・・」
「・・・・それに?」
「坂本少佐が言ってたの、私の力を必要としてる人がたくさんいるって。
戦争は嫌だけど、わたしはこの力を傷ついた人たちの為に使いたい・・・・!」
――
一度決めた信念は絶対曲げない、それでこそ芳佳ちゃんだよね・・うん!
長い時間を共有してきた間柄だ、それくらいはわかっている。
「自分の決めた事はまっすぐ貫く・・それでこそ芳佳ちゃんだよ!!」
―――そしてそんな芳佳ちゃんが大好き・・。
涙を拭き、とびっきりの笑顔を芳かに見せてやるみちこ。
「ありがとう、みっちゃん。でも、また帰ってくるからね・・・・?」
芳佳がみちこを抱きしめる。
―――芳佳ちゃんっ!!
みちこは己を抱く芳佳に唇を・・
―――ダメ!!何の心残りも無いように芳佳ちゃんを見送ってあげなきゃいけないんだ!
みちこは近づけた顔をそっと離し、芳佳と二人眠りについた。
翌日、芳佳は旅立っていった。
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数ヵ月後、みちこの元に一通の便箋が届いた。投函元は記されていない。すぐに芳佳からのものだと気が付いた。
封を切り、中の手紙を取り出す。
『こんにちはみっちゃん、元気ですか?長い間連絡しなくてごめんなさい。
やっぱりお父さんはもういなかったみたい。覚悟はしてたんだけど、でも、辛かったよ。』
芳佳は父と再会を果たせなかった―その思いで胸が締め付けられる。
・・『それと報告がもう一つあります。私、やっぱりウィッチになることにしました。
戦争するは嫌だけど、だけどこの力を多くの人の為に使いたい。それが私の思いでもあるし、お父さんの願でもあったから。
だから・・・・・すぐに扶桑には帰れません、ごめんなさい。
でも絶対無事に帰ってみせるから、その時はまた会って下さい。
では、お元気で。
宮藤
芳佳 』
――――うん、わかってたよ・・。芳佳ちゃんなら必ずウィッチになるって。芳佳ちゃんらしいよ!
・・あのとき、芳佳ちゃんにキスしないでよかった・・・・。余計なことを考えずに、しっかり前を向いて歩けてるみたいだ・・・・。
「ずっと、待ってるから・・・・・・・・。」
みちこは小さな微笑みを浮かべながら手紙を仕舞った。
――――――またいつか。信じてるよ、芳佳ちゃん。