touch torch.


ハートに火なんか点けないでくれ


  touch torch.

唐突に扉を開けて、侵入してくる気配があった。
振り返りもせずノックぐらいしろ、ハルトマンと毎度毎度投げかける言葉を、やはり今日も放ってみる。
言ったって、直らないことは重々承知だ。
言葉のキャッチボールはいつも成立せず、意味もなく楽しそうにえへへと笑う彼女の顔をみるのが常になっていた。
――けれど、今日はどうやら笑ってはいないようだ。
いつもと違うハルトマンの様子を不審に思い振り返ると、存外暗いその雰囲気に驚いた。

「エーリカ…?」

名前を呼ぶ。
あげた顔の攻撃的な表情に、頭の中では知らず知らず警鐘が鳴り響く。
悪魔。その2ツ名の通りの真っ黒な感情が空気を伝って心に染み込んできた。
なにかに怒りのようなものをたたえていることは一目瞭然で、しかし何故そんなことになったのかが私には全くわからなかった。

「どうし、」

た、という語尾は立ち上がった私の傍にきたエーリカの口付けによって遮られた。
それは、いつものようないじわるで優しいそれではなく、噛み付くように暴力的な、口付けだった。

私より幾分背の低いエーリカにされるがままになって、足から力が抜けていくのを段々と削られていく理性が保つ。
そんな理性と欲望の格闘を見透かしたように、離れた二人を繋ぐ架け橋をすぐに切り離してベッドに沈みこまされる。
どこにそんな力があるのかと疑問に思うほど強く腕を抑えつけられて、
驚き覗き込んだハルトマンの無表情さに身震いをした。
文字通り噛み付いてきた首筋の痛みに、それでも嬌声をあげる自分が恨めしい。

「んっ……っは、ハルトマン!…こんなっ、ぁ…、っ無理矢理なのは、いや、だっ!」

必死の抵抗も素知らぬ顔で無視される。
こういった行為の最中に呼ばれることを嫌うのを承知の上でファミリーネームを呼んでみても、
やはりやめてくれなかった。いつもなら、妖艶に微笑んで、名前を呼んで、と、
そう言って唇を押し当てるのに。
服のボタンを千切って前を露にし、今度は鎖骨に噛み付く様は、まさに悪魔の所業であるようにしか思えなくなる。

正直、こわかった。こんなエーリカを初めてみた。
彼女はここへきてから、まだ私の名前を呼んでいない。
愛されているとき、しつこいくらいに呼んでくる、私の、名を。
気づいたら頬を原因のわからない液体が一筋伝っていた。
それを眼に認めてから、ようやく動きをとめた彼女と、やっと目を合わせた。
その揺れる瞳に怒りではないものがみえて私は問う。

「……エーリカ、どうした」

なるべく、でき得る限りで、優しく。

「トゥ、ルーデ……ごめ、」
「いいから、どうしたときいている」

泣くんじゃないかと思った。
そのくらいにくしゃりと顔を歪ませたエーリカは、ひどく弱かった。
それでも、私の知っているエーリカだ。

「だって…、トゥルーデ、わたしのことちゃんと好きなのかなって、っだから、」

驚きで開く瞳に映った悪魔と呼ばれるその小さな体が、僅か震えているのを私はそのとき初めて知った。

  ○

不安に、なった。
トゥルーデは、わたしのことを本当に好きなのかどうか。
今日の大浴場でのことだった。
わたしはみんなの前でそういうことをされるのを嫌うと知っていてトゥルーデの胸に触ったのだけれど、
なんてことをするんだ!なんて返ってきて、なんとなく、不安を煽られた。
そんなにイヤだったのかな
でも、みんなしてるのに

そういえばトゥルーデは、わたしのこと、好きって、言ってくれないな

そういうイヤな欲望の渦がお腹の辺りでぐるぐるして、気づいたらトゥルーデの部屋にきていた。
結果、泣かせてしまった。

「だからって、これか?」
「……。」

呆れた顔を見下ろして、それでも好きだと言ってほしかった。
こんな醜い欲望、いらないよ。ほしくない。
でも、どうしようもなく好きだった。
大好きで、好きすぎて、ひどく不安になっちゃうよ。
熱くて吐き出した想いをぶちまけて、なんてエゴイズム!嘲笑ってそれでもわたしは言って欲しい。

「好きだって、言ってよ…」


唐突に下への力を感じて前のめりに倒れこむ。
回された首と頭に感じる腕の暖かさと強い強いその力に、不意に泣きそうになった。

「…おこってないの?」
「怒ってない」
「キライになってない?」
「なってない」

顔はみれないけれど、耳まで赤いのだけはみえた。
依然泣いてはいるけれど、いやな涙じゃなさそうだった。

「なんでまだ泣いてるの?」
「…嬉しかったんだ。びっくりしたんだ。だからだ。」
「…。」
「…不安にさせて、すまなかった」
「……。」
「あー…、その、私は、ちゃんと好きだから、心配するな」

弱まった腕を緩く解いて上半身を起こしてから目を見つめる。
そんなに泳がせなくてもいいのに。

「クリスよりも?」
「うっ。いや、それは、……それとこれとはだな…違うというか…なんというか…」
「もっかい言って?」
「なに?」
「好きって」
「あー……。…あー……」
「ね、もういっかい」
「―――っうるさい、黙って、どうにかしろ。……身体があついんだ」

恋に落ちる、なんて、よくいったものだと思う。底がないじゃない!
耳元で囁くように呟かれて、自分の中にもすぐに火が灯った。
くすりと笑って仰せのままにと口の端をあげてから、
熱くて吐き出した愛はまんまトゥルーデの中にあることをわたしは知る。

  ○Fin!


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