ゴーストルーム事件


夜、唐突に目が醒めた。
一瞬わけがわからない気分になったけど、目を閉じたまま深呼吸してみて気付いた。
これはアレだ。夜寝る前に飲み過ぎると行きたくなるアレだ。

面倒臭いけど行かないわけにもいかないので、
とりあえずなかなか開いてくれない目をこすりながら壁伝いに行く事にする。



夢を見ていた。クリスと遊ぶ夢だ。
どこまでも続く緑の丘で、私はきらきら笑いながら逃げ回るクリスを追いかける。
『ほらっ、捕まえた!』
飛びついて背中を抱き締めると、そのまま勢いで草の上を一緒になって転がる。
斜面の中ほどで止まると、クリスが上になって眩しい太陽を遮った。
『お姉ちゃん……』
『クリス……』
クリスが私に笑いかける。
私もクリスに笑顔を返す。
両手でぎゅっと密着して、その唇に優しく────
………


バフッ!

「うおあ!!」

ものすごい勢いで目が醒めた。見ると、
エーリカが私の腕を枕にしてうつ伏せに眠っている。
「……ハルトマン。」
返事はない。恐らく、夜中に用を足しに部屋を出て、
ほとんど寝たまま戻ってきたんだろう。

「全く……今日だけだからな。」

時計を見ると三時を回っていた。
私もちょっと行ってから寝るか……



美緒が私を見ている。どこか寂しそうな、しかし決意を秘めた目だ。
この人に、私は何か言ってやらなくてはいけない。
大事な事を今伝えないと、この人は遠くに行ってしまう──
それなのに、私の身体は言うことを聞いてくれない。
声を出そうとすればするほど、まるで金縛りに遭ったかのように
全身が重たくなって私をここに縛り付ける。

ダメ。行ってはダメ。
私のそばにいて。
ずっと、私に笑いかけていて。

声にならない叫びは、あの人には届かない。
最後に短く、ふっ、と笑うと、向こうを向いて歩き出してしまった。
待って。行かないで。
ダメ。
そんなのはダメ。

美緒!!────
………


「────ぁ」

気付くと私はベッドの上にいた。
見慣れた天井、暖かい布団。

夢か…………。

と一安心した後で、あるはずのないものが視界に飛び込んできた。
トゥルーデの頭だった。
「トゥルーデ?」
突っ伏したまま静かに寝息を立てている。
最近疲れてるみたいだったから、部屋を間違えたのかしら。

「……もう、今日だけよ。」

布団を掛け直してやると、むにゃむにゃと何か呟いた。
黙っていれば可愛いところもあるのに……。
何だか落ち着かないし、トイレに行ってから寝ようかしら。



夢の中で宮藤に逢った。
海の上、陸地も見えない大洋の真ん中を飛行していると、
どこからともなく現れて私の手を取るのだ。
そして私と宮藤は上昇を始める。
風を切り、雲を突き抜け、水色だった天蓋が海よりも濃い紺色に変わる。
ふと下を見ると、水平線がなだらかな曲線を描いて繋がっている。
地球を球体だと認識できる高さまで昇ってきたのだ。
私だけでは決して辿り着けない場所。
宮藤の繋いだ手の温かさに、思わずぎゅっと握り返す。
宮藤、おまえは私の────
………


本能が私に覚醒を命令した。
目が醒めたことを悟られないように、ピンと神経を研ぎ澄ます。
部屋の中に誰かいる。
そいつはゆったりと私の方へ近づいてきた。
どうする?刀は枕元にあるが、鞘に収めたままだ。
銃が相手なら若干出遅れることになる。
接近される前に布団を跳ね上げて目眩ましにするか?
手堅いが賭けでもある。読まれていたら逆手に取られる。
ここは先手必勝!!
「誰だッ!?」
身体を思い切り翻してベッドから滑り降り、同時に刀を抜いて構える。

「────ん?」
その誰かは私を完全に無視して、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。
ミーナだった。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けるが反応がない。まさか撃たれた!?
駆け寄って仰向けにすると、天使のように穏やかな寝顔が目に入った。
どうやら寝惚けているだけのようだ。
余計な心配をかけさせてくれる。

「やれやれ。今日だけだぞ。」

安心すると同時にまたどっと眠気が襲ってきた。
まったく、私は夜中に一人で何をやっているのやら。
便所でも行ってとっとと寝るとしよう。



目が醒めたら目の前におっぱいがあった。
な、何事!?
『芳佳ちゃん……』
リーネちゃんだった。
『好き……』
『え?え??』
抵抗する間もなく、柔らか天国にぎゅっと抱き寄せられる。
いや、時間があったとしても、これは抵抗できないに違いない。
何しろリーネちゃんのおっぱいなのだ。
『リーネちゃん……』
湧き上がる疑問が、本能によって打ち砕かれていくのがわかる。
身体中を熱い衝動が駆け巡る。
ええい、ままよ!!
『んっ……』
横に押し倒してすべすべの肌に口をつけると、リーネちゃんは小さく声を上げた。
背中の下の方が、きゅっ、と抱き締められる。
って、よく見たらリーネちゃん、何も着てない!
通りでそこら中がすべすべだと思った!
『は、ぁ……芳佳ちゃん……』
熱気を帯びた吐息が耳を掠めてぞくっとする。
ああ、どうしよう、止まんないよコレ。
モミモミモミモミモミモミ…………
ああああああ、ダメ────
………


耳元の空音が急に生々しくなって私はハッとなった。
真っ暗な部屋の中が視界に入る。
なんだ、夢かぁ……。
「…………zzz」
「ふわぁっ!?」
再びほっぺたを擽る温かい風に飛び起きると、
何故か坂本さんが私のベッドに侵入していた。
「坂本さん?」
返事はない。完全に眠っているみたいだ。
どうしよう。起こすのも悪いしなあ……。

「もー、今日だけですよ。」

まあ、いいか。明日も一緒に朝練に出る予定だったし。
とりあえずおトイレでも行って、朝に備えて早く寝よっと。



私が息をする度に、芳佳ちゃんの体温が私の中へ流れ込んでくる。
隙間から零れ落ちるのも気にせず、夢中でその甘い唾液を啜る。
絡み合う舌はただ情熱的に、互いの中を蹂躙し合う。
『んく……ちゅ……ちゅ……』
『ちゅ……んむ、ん……』
欲望のままに貪り合うだけの、野獣のようなキス。
私と芳佳ちゃんは、もう何時間もそうし続けていた。
果てる事のない衝動をぶつけ合うように、ただひたすら犯し合う。
それが全て。

芳佳ちゃんが急に唇を離した。
かと思うと、突然肩を掴んで真後ろに私を押し倒す。
柔らかい布団が私を包み込む。
ああ、私、とうとうされてしまうのね……。
いいよ。芳佳ちゃんの好きにして。
私はもう心も身体も芳佳ちゃんのもの。
のしかかってくる体重が心地良い。
もう、芳佳ちゃんったら、そんなにしたら苦しいよ。
ねえ、芳佳ちゃん。ちょっと……もう。苦し……
芳佳ちゃんったら!!ねえ────
………


「──ょしかちゃん!!」

伸ばした手が冷たい空気を掴んだ。
「あれ……」
確かに自分の部屋のベッドにいるはずなのに、激しい違和感を感じる。
カーテンの隙間から、まだ薄い朝日が僅かに差し込んでいる。
夢……だったの?

「んん……」

突然の愛しい声に視線を下げると、私の上に芳佳ちゃんが乗っていた。
胸に顔を埋めて、幸せそうな寝息を立てている。

「ゆ……夢じゃ……なかった……私……芳佳ちゃんと……!!」

思い出して顔がかあっとなる。
どんなことしたか全然覚えてないけど……今はとても満たされた気持ちだった。
でも、さすがに芳佳ちゃんの下敷きになったまま眠るのはちょっと苦しい。
明日からは、ちゃんと言っておかなくちゃ。

「ふふっ……今日だけだからね。」

時計を見ると、もうすぐ5時というところだった。
もうすぐ芳佳ちゃんは坂本少佐と訓練の時間だ。
それまでは……この世界で一番大切な温かさを抱き締めていよう。



「ううー……今日だけだかんなー。」

朝。
またしても部屋を間違えたサーニャの服を畳み終わったエイラがダイニングに顔を出すと、
妙にローテンションな空気が漂ってきた。

「今日はやけに静かだな」
「全く、どうしたんだろうねえ。何でも、部屋がどうとか言ってたけど。」

エイラの疑問に、キッチンで卵を炒っていたシャーリーとルッキーニが答える。

「朝起きたら、部屋がバラバラになってたんだって。」
「フーン……」
「ふと気付いたら宮藤のベッドで寝ていたんだ。不思議なこともあるもんだ。はっはっはっ!」

美緒がそう言うと、たまたまダイニングに入ってきたペリーヌが凍り付いた。

「で、その私のベッドではミーナが寝ていたらしい。」
「でっ、では宮藤さんは少佐と……!?」
「いや、宮藤はリーネのところにいた。」

ペリーヌが見やると、芳佳は不自然にニコニコ顔のリーネの膝の上で狐につままれたような顔をしていた。

「私のベッドにはトゥルーデがいたらしいわ……」

ミーナが疲れた顔で続ける。

「私のベッドにはハルトマンがいた。ヤツの部屋には誰もいなかったがな。はあ……」

トゥルーデは最後に付け加えると、盛大に溜め息をついた。
そんな隊員の面々に呆れたような視線を投げかけながら、シャーリーは淡々と朝食の準備をするのだった。

「ミステリーな話さ。まあ、とにかく朝飯にしよう。ルッキーニ、これ持ってって。」
「ほーい。」


第501統合戦闘航空団を突然襲ったこの事件の真相は、
遂に解き明かされることはなかった。

ENDIF.


後日談……宮藤はこの後リーネの誤解が解けるまでの一週間、ひたすらパフパフされ続けた。


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