Aye,mom!
「や…、っちゃ、った…。」
○Aye,mom!
朝起きると横に坂本さんが眠っていた。一糸纏わぬ姿で。…つまり、裸で。
坂本さんも私と同じで裸で眠るタイプではないし、例えそうだとしても私が坂本さんの部屋で、
しかも同じく裸のまま今のいままで眠っていた説明には全然ならない。
こういうことになった経緯は他ならぬ自分がよーく知っているわけで
昨日、ミーナ中佐はリーネちゃんと買出しにでていて、だから私は報告書を坂本さんに渡しにいくことにした。
部屋へ赴くと坂本さんは髪をおろした格好で少し汗をかいていた。自室でも訓練していたんだと思う。
キラキラとする汗が眩しかった。夕方で、沈むお日様を背ににこりと微笑みかける坂本さんは、すごく魅了的だった。うっかり見惚れてしまうほどに!
どうした?と私達を指導してくれる時とは違った声音で問われて我に返った、…と思っていたんだけど。
このときで既にダメだったのかもしれない。
最近、ちょっとだけリーネちゃんと夜を過ごしていなかったから、なんてそんな理由もあった気がする。
…ああ、どう考えたって私が悪い。それはわかってるんだけど。
でもでもあんなに無防備に宮藤も体力をつけなきゃ駄目だぞどうだ一緒にやるかなんて訊かれたらうっかり押し倒すに決まってる。
そんな経緯を思い出しながら身体を起こして横をみると、キレイな黒髪が目にはいる。
私は少し茶色っけのある髪の毛だから、少しだけ羨ましい(リーネちゃんはそれが好きだと言ってくれるけど)。
ちょっと攻めたらすぐに求めるようになってしまった昨日のことを思い出してまた襲いたくなってくる。
無意識ってこわい。むしろいっそ罪だと思う。……やらしかったなぁ坂本さん。
…いや、でも、これ。
起きたらなんて言おう。
○
昨日、買出しから大分遅く帰ってきて美緒の部屋に向かうと、中からひどく甘い声が聞こえてきた。
ドアのすぐ傍に立ち、ちゃんと耳を済まさなければ聞こえなかったと思う。
けれど、確かにそれはよく耳に馴染んでいた美緒のものだった。
ドアノブに手をかけたまま固まって頭をフル回転させる。
何の打開策も見つからず自室へ足を向ける途中で、リーネさんに会った。
今日はありがとうとその時でき得る限りの笑顔で微笑みかけても、リーネさんの表情は何故か暗かった。
部屋に芳佳ちゃんがいないんです
そう言う彼女の言葉に私は悟りたくないことを悟る。
朝食に揃って現われた美緒と宮藤さんの姿を確認して、にこりと微笑む。
固まる二人。クエスチョンマークを浮かべるリーネさん。どうしてやろうかと考える私。
とても天気の良い朝だった。
○
今日、ミーナ中佐がこわい。
何がこわいのかよくわからないけれど…、なんていうか、すごく黒いものがでている気がする。
朝ご飯を食べていたら坂本少佐と芳佳ちゃんがいっしょに食堂にでてきた。
よかった芳佳ちゃんいたと安堵を覚えていると背筋を悪寒が走る。
笑顔のはずなのに、ミーナ中佐はすごくすごくこわかった。
ご飯を食べ終わってから、かの人に呼び出しをされた。
びくびくしながら部隊長用に設置された大きな職務室を訪れる。
中佐はやっぱり笑顔で、昨日あったことを教えてくれた。全ては憶測にすぎないけれど、そう結んではいてもその話には現実味がありすぎて、
私は自分の中に黒い感情が沸き上がるのを知る。
そんなときにミーナ中佐の提案を聞かせてもらった。私はモチロン、乗る。
○
朝、起きると身体のけだるさに気づくよりも先に、宮藤の必死のごめんなさいの声を聞いた。
少し面食らいながら寝起きの働かない頭を動かすと、重い身体の原因となる昨日の出来事を思い出す。
熱い。布団を顔まで持ってきて状況を整理する。何がどうなってる。
思考を続ける最中も情けない顔でごめんなさいを連呼する宮藤をみてとりあえず悟る。
ああ、食べられた。
考え至ってから昨夜の反撃の余地すら許さない宮藤のテクニックを思い出してさらに熱くなる。
顔がみれないじゃないか。柄にもない!
随分巧いな、私から何もアクションを起こさないからだろう、不安そうに覗きこんできた宮藤に言う。
思ったまんまを言っただけなのに、私はこのあと少しだけ、朝食に遅れる羽目になった。
今朝の訓練のひどくハードなことといったら。
○
昨日のことを思い出してにへらとにやけそうになっていたところに坂本さんが起きたらしい気配があった。
開く瞳と眼が合う。起きたらなんて言おうと考え始めようとしていた矢先だったからただでさえ朝で鈍い思考がさらにこんがらがる。
とにもかくにも、謝った。ひたすら謝った。
そんなところに唐突に巧いなと言われて何のことかと考えて昨日のことだと思い至る。
坂本さん、反則です。
ごめんなさい
心の中で叫びながら衝動的にキスをして、…そのあとは割愛するけれどすこし遅めの朝食を2人でとりにいったら笑っているけど笑っていないミーナ中佐に出くわす。
ああ、ばれてる。背筋を冷たい汗が伝った。朝だけれどこの冷気は温度のせいじゃない。魔力でもないのが不思議なくらいだ。
居辛い食堂で咽喉を通らない食事をとるとリーネちゃんにあとで職務室にきなさいと伝えてミーナ中佐はその場を後にした。
なんで昨日部屋にいなかったの?と澄んだ瞳で問いかけるリーネちゃんを直視できない。
知らないんだ、よかったという思いとやっぱり言わなきゃだめだよね、そういう考えが錯綜する。
結局答えをだせなくてそういえばミーナ中佐に呼ばれてなかった?と普段どおりの(なっていればいいけれど!)笑顔を浮かべて逃げてみる。
ちょっと間をあけてじゃあ行くね、食堂をでていくリーネちゃんの後姿を見送り坂本さんをみる。
…こんなに怖がる坂本さん、はじめてみるなぁ…しみじみ眺めている場合じゃないけど恐がり方が半端じゃない。
ミーナ中佐、気づいてたんでしょうか、声をかけると明日が非番でよかったと返ってきた。…本当にごめんなさい。
けれどそんな坂本さんもかわいいと思った私はたぶん末期だ。節操ってなんだろう。
ご飯を食べ終わって坂本さんの部屋のシーツやら何やらの片付の手伝いを提案すると頼むと言ってくれた。
素直に自室に戻るとリーネちゃんがいそうでこわかったっていう訳もある。
まだ顔をあわせられない。どうやって説明しよう。
坂本さんの部屋へつく。
扉を開ける。
よもや、真っ黒な魔力(あれを魔力と言わずになんというのか私のボキャブラリーじゃわからない)を纏ったイイ笑顔のウィッチが2人、
待っているとも知らずに。
私って明日ぜんぜん非番じゃなかったよなぁ
そこまでなら、頭の片隅で考えられた。
息の合った二人の声が私たちの名前でもってその空気を震わせる。
「美緒?」「芳佳ちゃん?」
ゆるりと手招きをされて、逃げ出す足は凍っていたというのにきちんと足並みを揃え地面を踏み鳴らす。
右手はぴしりと額の辺りへ。
これまでの動作を費やすのに名を呼ばれてから1秒と経っていなかったと思う。
それから私たちは多分、軍人という職業に就いていながらその生涯で一番、良い返事をした。
『Yes,ma’am!!!!』
○Fin!