夜を優しさで包んで
夜。坂本が撃墜されて以来、ペリーヌは毎晩必ず自身が寝る前に
坂本の部屋を訪れていた。
坂本の夜は早い。普段の生活習慣がそうさせているのだろう、
ペリーヌが訪れると、いつもそこには坂本の安らかな寝顔があった。
ペリーヌはそれを確認すると、かすかな安堵と満足を得て、
自室に戻るのだった。
だが、その日だけは違った。扉の隙間からほのかな明かりが漏れていたのだ。
ゆっくりと、音を立てないようドアを開ける。
「少佐…?」
そこには扶桑刀を手元に置き、思案顔の坂本少佐が居た。
「ああ、ペリーヌか…どうした?」
「いえ、その…気になったものですから…」
毎晩寝顔を見に来ているのですとは言えず、ペリーヌは言葉を濁す。
「そうか、なんだか今日は寝付けなくてな…不安なのだ」
「あまり思い詰めるとよくありませんわ、早くお休みになった方が…」
「そうなんだがな…」
坂本は扶桑刀をベッドの脇に置き、身体を横たえる。
基地内は水を打ったように静まり返り、フクロウの鳴き声さえ聞こえない。
「なぁ、少し付き合って貰っていいか?」
と、ベッド脇のイスを指さす。ペリーヌは坂本の雰囲気に言葉が出ず、
ゆっくりと音を立てないよう椅子に座る。
「どうなさったのですか?今日はなんだか…」
「ペリーヌから見ても私は不安そうに見えるか?」
坂本の視線がペリーヌを捉える。ペリーヌは言葉をつづける事が
出来ず、言い淀んでしまう。
「いえ、そんな、そんな事は…」
「隠さなくていい、自分でもわかっている。不安なんだ、私は」
坂本は視線を天井に向け、ため息をつき、目を閉じる。
「私の魔力はもうすぐ消える。戦うしか能のなかった…この私から、
その力が失われるんだ」
ペリーヌは椅子から身を乗り出し、身体を坂本に近寄せる。
「療養中だから、そんな弱気な事を言ってしまうのです。早く身体を
良くなされば、そんな悩みなど…」
「私とて人の身だ。焦りも感じれば不安にだってなる。それとも
そんなものは似合わないか?」
「いっいえ、決してそんな意味では…」
坂本の言葉の鋭さにペリーヌは言葉を失う。決してやましい事など
無いのに視線が泳ぐ、動揺してしまう。
「すまない、言いすぎたな…。責めている訳じゃないんだ」
坂本は窓の外を眺める。月の無い夜は世界が死んでしまったかのように静かだ。
ペリーヌは両手を握り、坂本の目を見る。悲しみを感じさせる目にペリーヌの胸が熱くなる。
「坂本少佐。ガリアには"La nuit porte conseil."と言うことわざがあります」
坂本少佐の目が少し大きくなる。ペリーヌは構わず続ける。
「"助言は夜が運んでくる"と言う意味ですの。きっと、早くお休みに
なって明日になれば不安も消えますわ」
「そうか…。では寝るとするか…。すまなかったな戯言に
付き合わせてしまって」
「いえっ!好きでやってることです。謝らないで下さいまし…」
消え入るような声のペリーヌを見ると、坂本は優しく微笑む。
「そうだな。ありがとう、ペリーヌ。感謝している」
「はい…」
その時、坂本の手がそっとペリーヌの手を握る。急な出来事にペリーヌの
顔が熱くなる。
「しばらく、こうして貰っていて良いか…?」
「はっ、はいっ…」
坂本はペリーヌの手を握りしめ、ゆっくりと目を閉じる。
「いい物だな、手のぬくもりと言うのは…」
ペリーヌは願う。この強さゆえにか弱い女性へ、心安らかな時が訪れる事を。