折れた箒


エイラは一人自室のベッドで寝ころびながらいつもの様にタロット占いをしていた。
なんとなく今日の運勢を占っていたが、カードを表に返すと最悪の絵札が目に入る。
「なんだっテこんなカード…」
一人で頭を抱え悶えるエイラはカードをベッドの上から払い飛ばした。
エイラは自分の能力を過信しているわけではない。しかし、己の意思には関係無くタロット占いは真実の未来を映し出す。
「サーニャに嫌われル様なことだけは嫌だナー…。」


しかしその不安と不幸は全く別の形でエイラに襲ってきた。


物凄い勢いで警報ベルが鳴り響く。ネウロイが現れたのだ。
時間は夜10時を過ぎようと言う所。サーニャが夜間哨戒に出るところだった。
いつものようにミーナが作戦指令を説明する。

「今回のネウロイはかなり素早い小型のようです。あまり大勢で攻めても翻弄されてしまうわ。
美緒と私が前方で攻め入るから、芳佳さんとサーニャさん、エイラさんは後方から援護をお願いします。」
「了解!!」

視界も悪い夜と言うことで、夜間飛行に慣れているエイラとサーニャ、防御の幅が効く宮藤が選ばれた。
エイラは、本来夜間哨戒の予定はなかった自分がサーニャと一緒に出撃出来ることが、こんな時でも内心嬉しかった。

《案外タロット占いもあてにならないナ…。結果オーライダゼ!》



出撃して暫くするとサーニャがネウロイを捉えた。
「前方500メートル、こっちに向かって飛んできます!」
美緒が魔眼で確認する。かなり小型の、まるでナイフの様な形をしたネウロイが高速で突っ込んでくる。
「来るぞ!各自陣形を乱すな!」

美緒がそう叫んだ矢先、超高速のネウロイがウィッチ達の間をすり抜ける。

「速い!!あんなの捉えられないよ!」
弱気な声を出した芳佳にミーナが落ち着いた声で言った。

「深追いをしては思う壺ね。みんな、ネウロイが私たちの方に向かって来た時に集中して!
必ず隙が出来るはずよ。捉えられない速さじゃないわ!」

ネウロイがUターンしてこちらに向かってくる。
「今だ!!」
ウィッチ全員の一斉射撃。すれ違い様に芳佳の銃弾がネウロイの右側を削った。
「惜しい!」
「その調子だ宮藤!!期を逃すな!」
「はいっ!!」


再びUターンしてこちらに向かってくるネウロイ。
「当たれっ!!!」
一斉にトリガーを引くウィッチ達。前方30メートル辺りでサーニャの弾がコアを打ち砕いた。


「当たった!」
「やったなサーニャ!!」
音をたてて砕けるネウロイ。全員がホッと武器を降ろす。
しかし、その破片はスピードを落とすことなく此方に、
サーニャめがけて飛んできた。サーニャの目線は下を向いたままだ。



「危なイッ!!!」
「えっ!?」
隣にいたエイラがとっさに抱きつく様にしてサーニャを護った。
エイラのシールドの死角からネウロイの鋭利な破片が左肩を掠めた。
「うグッ!!」
服の下からジワリと血が滲む。


「エイラッ!!!」
「大丈夫かエイラ!!!」
「こんなの大したことネェョ…それよりサーニャは平気カ…?」
辛そうな面持ちをしながらエイラは無理してニコッと笑いかけた。
「エイラ…」
思わず涙目になるサーニャ。その時。


「エイラさん!!!足がっ!!!!」
芳佳が叫んだ。エイラの右足の太もも辺りから大量の血が吹き出していた。見る限り傷もかなり深い。


「ハハ…こんなトコにも当たってたカ……気付かなカッ…タ……」

「エイラ!!!しっかりして!!!!!エイラ!!!!」
そのままサーニャにもたれるようにしてエイラは気を失ってしまった。
「マズいわ。かなり奥まで入ってる。至急、本部の救護班に準備の要請を!!!!」
「エイラさん!!!エイラさん!!!しっかりして下さい!!!!!!」



遠のく意識の中、サーニャや芳佳の悲痛な叫び声がエイラの耳に入ってきた。


《アア…やっぱりタロット占いはよくあたるナ…》




エイラの傷はかなり深刻だった。肩の傷は縫合程度で済んだが、足の傷は骨まで達していた。
幸い、芳佳の懸命な手当もあり、最悪の事態は免れた。
しかし出血が酷く、骨を痛めたことからエイラは熱を出し、なかなか意識が戻らない。


「最悪の場合、何らかの後遺症が残るかもしれないらしいわ…。」
「そうか…」

気落ちした面持ちでミーナと美緒が廊下で話していた。
近くを歩いていたサーニャは、ふと足を止め耳をたてる。


「ーもしかしたら」
美緒の口から信じられない言葉が発せられた。


「エイラはもう飛べないかもしれないな…」
「!!!」



《エイラが…飛べない…?》


サーニャは固まった。声が出なかった。言い知れぬ恐怖と悲しみで体が凍ったかと思った。

サーニャはそんな体にピシャリと鞭を入れ、エイラがいる病室へ一心不乱に走った。
息が乱れる。苦しい。気づけば、サーニャは泣いていた。嗚咽で上手く呼吸が出来ない。
確かに、ウィッチに取って足は羽である。足が上手く動かないようなことがあれば、それはウィッチにとって致命的欠陥となる。

ーエイラともう飛べないかもしれない。いつもみたいに、一緒にラジオを聴いたり、お話したり、歌を歌ったり、出来ないかもしれないー

その事実が、サーニャの涙を溢れさせる。気持ちが悪くなるほどの恐怖にサーニャは押しつぶされそうだった。


サーニャは病室の扉を音をたてないようにすっと開けた。
エイラはそこにいた。ベッドの上で痛々しく眠っていた。吊された足と肩には見てるこちらが辛くなるほどの包帯。
サーニャはやっぱり涙が止まらなかった。それはエイラがここにいてくれた安心感と自分のせいでこんな酷い姿にしてしまった罪悪感からだった。

サーニャはエイラの右手を両手で包んだ。

「ごめんなさい…エイラ……ごめんなさい…!」

エイラはいつだって傍にいてくれた、食事をする時も、お風呂に入る時も、寝る時も、嬉しい時も、辛い時も――


当たり前みたいに感じていたのかもしれない。エイラがいない事なんて考えられなかった。
この先もずっとずっと一緒だと勝手に思っていた。自分からは何もしてあげられないくせに、エイラの胸に勝手にもたれていた。
その結果がこれだ。私は最低の疫病神だ。私なんてエイラの傍にいちゃいけないんだ。私なんて…

自己嫌悪に苛まれたサーニャはエイラから手を離そうとした。

と、その時


「ウゥ……ッ」
「エイラ!」

サーニャが控えめな声で呼んだ。エイラの睫がふるふると揺れ、やがてゆっくりと目が開いた。「ん……サーニャ…カ…?」

エイラは意識を取り戻した。サーニャを探すように目をきょろきょろさせる。

「エイラ!ここにいるよ…!」

包んでいた両手に力を込めて、サーニャは身を乗り出した。さっきまでの不安な気持ちを忘れる位、エイラの声はサーニャを酷く愛おしくさせた。


「サーニャ……泣いているノカ…?」
「えっ!?」
「ごめんナ、サーニャ…。サーニャを泣かせるなんテ、私は最低だナ…。」


どうして、どうしてエイラは自分に謝っているのか、サーニャは解らなかった。


「…どうして…どうしてエイラが謝るの!?…こんな目に合ったのは私のせいなのに…どうして…!」
そう言いながら泣きじゃくるサーニャ。その様子を見たエイラはゆっくりと体を起こした。

「!!ダメだよエイラ!熱が有るのに、傷だって…」
「サーニャ。」

エイラの声が遮る。その声は凄く優しくて、暖かかった。
すっとエイラがサーニャの頬に手を伸ばす。
その手は熱っぽくて、柔らかかった。サーニャまるで心臓を触られた感覚に陥った。

「ワタシは、サーニャに嫌われるノガ一番恐インダ…
モチロン、ウィッチとして飛べなくなる事モ恐いケド、サーニャ嫌われたラ、ワタシ死んじゃうかもナ…。」

エイラは笑いかけながらそう言って、サーニャの涙を拭った。
エイラは予知夢で見てしまったんだ。さっきの美緒とミーナの会話を。
サーニャはそう思った。


「デモ、ワタシは大丈夫だゾ!こんな怪我すぐ治るサ…。
それニ……、」

そこまで言って、エイラは下を向いた。顔が紅いのは熱のせいだけじゃなかった。

「それに…?」

サーニャが潤んだ瞳を上目づかいで向けてくる。
その可愛すぎる顔にエイラはウゥ~…と恥ずかしがりながら、口にした。

「~そ、そうじゃないとサーニャの傍にいれないカラ!!……ダカラ…その…」

…言ってしまッタ…。エイラはまた下を向いた。返事がないのが恐い。引いてしまったか心配だったが、顔を上げる勇気がない。

しばらくの間、沈黙が流れた。呼吸の音さえ恥ずかしくて出せない。エイラは限界だった。すると、

「……たい」
「へ?」
「私も…居たい…。エイラの傍に…一緒に居たいよ…!!」

サーニャは振り絞った声でそう言うと、また堰を切ったように泣き出してしまった。


「サ、サーニャ…」

エイラは嬉しい反面、サーニャに泣かれるのがたまらなく辛かった。
確かにエイラは意識を失っている間、予知夢を見た。美緒とミーナの会話。それを聞いてしまったサーニャ。
だからエイラはサーニャに泣いて欲しくなかった。サーニャが悲しいと、自分も悲しいから。



熱のせいかボーっとした頭で、エイラは思った。

今しかナイ…今しか…


「サーニャッ!!」
「!!」

突然両肩を掴まれたため、サーニャはビクっと背筋を強ばらせた。
エイラはエイラで、肩を怪我しているのを忘れていたため、後から痛みが襲ってきた。

「ッ!! アタタタ…。」
「エイラ!大丈夫…!?」

立場逆転。サーニャがエイラの肩に触れる。同時に顔が近づく。睫が触れる距離。心臓の音が聞こえる距離。
格好つかネェ…、もうエイラは恥ずかしすぎてヤケクソになった。

「ワ」

言うゾ!!もう言うって決めたからナ―!!

「ワタシハ、サーニャが好きダ―!!
好きダ好きダ好きダ!!大好きダ―!!」
「私も」


激しく肩で息をするエイラは自分が叫んだ後のサーニャの声に気付くまで暫くかかった。


「……へ?」

「私も好き…!エイラの事、大好きだよ…!」


なんだッテさっきカラ、こっちガずっと言えなカッタ事をさも簡単ニ…!

エイラはなんだかもう良く解らなかった。熱のせいなのか、何なのか。
しかし、素直に嬉しい事態であることを認識し始めると、途端に嬉しくて体が震え上がった。

「サーニャ!」

エイラは無理矢理な体勢でサーニャを抱き寄せた。

「エイラ、肩の怪我が…」
「そんなモンどうだってイイダロッ!!」
好きなんダ。サーニャもワタシのことガ好キ。だったらもう我慢しなくてイインダナ。

「…ずっとこうしたカッタ…」

サーニャの肩に顔を埋めてモゴモゴ喋るエイラ。そんなエイラが本当に愛おしくて、サーニャはたまらなくなった。

「エイラ…」
「サーニャ?……!!」

突然のキス。それは軽く触れる様な物だったが、今のエイラには十分すぎた。
ボッと顔から火が出たかと思うほど、エイラの顔は熱くなった。


「ずるいゾ…!!!」
「お返しだよ」


そう言って、サーニャはペロリと舌を出した。涙はもう止まってた。
良かッタ…。エイラは心から安心した。

「ねぇエイラ…」
「ナンダ?」
「今夜は一緒に居て良い…?」
「今夜“モ”ダロ?駄目なわけナイ。」「エイラ…」
「でも、今日ダケダカンナー。」


エイラがイタズラっ子みたいな笑みを浮かべてそう言うと、サーニャも嬉しそうに笑った。そしてエイラのベッドに頭を預けた。手は握ったまま。

カーテン越しの月明かりがまるで朝みたいにやけに明るかった。綺麗な月が二人を見下ろしていた。

「ずっと…一緒だよ…?」
「アア…ズット一緒ダナ…。」


本当はそんな事ワタシにも解らナイ。でも、それでもやっぱりずっと一緒ダ。
ダカラ、今夜ダケハ、何もかも忘れて、こうしてイタイ……。


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