朝の鍛錬
ある日の早朝。坂本美緒はいつも通り鍛錬のために外に出ていた。
素振りをするために、刀を持って。
すると、いつもの場所に珍しい人影があった。
「バルクホルン…!」
呼ばれたバルクホルンは真剣な眼差しで言った。
「少佐、私も素振りに付き合って…いいだろうか?」
――――――
坂本はバルクホルンの申し出に驚いたが、断る理由もない。
いや、寧ろ嬉しかった。
やる気のある人間は好きだ。
木刀を握ったこともないバルクホルンだったが、
坂本が構え方、素振りのやり方など丁寧に教えてやると、
すぐに覚えた。
その飲み込みの早さに、流石はエースだなと坂本は舌を巻いた。
しばらく二人して朝日を眺めながら、素振りを続けた。
「どうして、急に剣をやろうなんて言い出した?実践で使おうとは思ってないだろう」
坂本が疑問を口にすると、バルクホルンは木刀を振るのを一旦止めて言った。
「剣道というのは…精神を鍛えるものときいた。」
少佐も刀を下ろす。バルクホルンはまっすぐに少佐の瞳を見つめた。
「坂本少佐。あなたの判断にはいつも迷いがない。私はあなたのような鋼の精神を持った軍人になりたいんだ。」
「ほう。それは…私を慕ってくれているとみていいのか?」
坂本は笑っていたが、他意はなかった。
バルクホルンの言葉が素直に嬉しかっただけだ。
だがその返答が想定外だったのだろうか。
バルクホルンは、はっとすると
「えっ。あ、いや…」
と、否定の言葉を言いかける。
何やら本気で動揺してしまっていた。
それからバルクホルンは、先ほど自分が言ったことを頭のなかで反芻した。
「ああ、そうか…確かにそういうこと…だよな…」
結論を出すと、キッと坂本を見つめ直す。
「確かに、私はあなたをお慕いしている。少佐。あ、といってもペリーヌのようなのではなく…あくまで、ぐっ…軍人としてだな…」
その頬はみるみる朱に染まっていった。
あまりに不器用で真剣な態度に、坂本は妙に気恥ずかしくなってしまった。
「…はっはっは。真面目だな、バルクホルンは」
冗談まじりに笑いとばしてはみたが、心がじんわり温まっていくのがわかった。
ミーナやハルトマンにしか心を開いていないと思っていたバルクホルンが、よもや私を慕ってくれていたとは。
むずがゆくて、坂本は思わず喉から吹き出すようにククッと笑った。
「バルクホルン…お前は、そうやって迷いがあるのがいいところかもしれんぞ」
迷って、悩んで…そんな不器用なバルクホルンが可愛らしいな…と坂本は思った。
「さぁ、鍛錬の続きだ」
「あ、ああ!」
それから二人は隊のみんなが起き出すまで、一心不乱に素振りし続けた。