夏への扉


~プロローグ~
確かにこの日よね、194X年○月×日、場所はロンドン、間違いない

少女は彷徨っていた
確かに日付はあっている
だけれど正確な時刻と場所までは知らなかった

~第一幕~
ロンドンどころかブリタニアに来るのなんて初めてだった
石畳に反射された真夏の日差しが少女を襲う
膝丈のワンピースにロングタイツの重ね履き、どう見ても暑さに不慣れな格好だ
いいかげんタイツの中が蒸れてくる
ワンピースのベルト部分をひらひらさせるとノースリーブの胸元から湯気が吹き出してきた
まるでサウナみたい、少女は思った
そんな少女を悪戯な風が追い越してゆく
少女の青白く透き通った長い髪は風になびき
それを包んでいた麦ワラ帽子は風とともに宙に舞った
『ねえ、ちょっと待ってヨ』
必死で少女は帽子を追った
帽子は何かに引き寄せられる様にふわりと落ちた
遠くで誰かが帽子を拾ってくれるのが見えた、二人組の女の人?
ぼやけてよく見えない、次第に視界が白焼けてくる
少女は気を失った、熱射病だった

~第二幕~
「気がついたか、大丈夫カ?」
どこか聞き覚えのある声の主がこちらを見ている
逆光で顔はよくわからないがプラチナの美しい長髪が揺らめいている
『ボクはいったい…それより帽子ハ?』
「はい…帽子はここよ」
もう一人が帽子を差し出してくれた、こちらも聞き覚えのある声だった
その人は青白く透き通った短い髪の上に…ボクと同じ帽子を乗せていた

「ところでその格好にそのイントネーション、おまえスオムス人ナノカ?」
『あの…はい、いちおゥ』
「いちおって何ダヨいちおって、変なやつダナ」
『ハーフなんです、スオムスと…オラーシャ…ノ』
「ふぅ~ん奇遇ダナ、ワタシはエイラ、スオムス人、そしてこっちが」
「サーニャです…オラーシャ出身です…あなたお名前は?」

『えっと…サーラ…デス』
迷ったあげくボクは本名を告げた

~第三幕~
もう大丈夫だと、お礼を述べその場からそそくさと立ち去ろうとした…
足がもつれた…ボクは地球にキスをした
こんな時に限って、ボクは両親譲りのあがり性を悔やんだ
エイラ…さんは心配なのか何かと理由をつけてボクをお茶へと誘ってくれた
サーニャ…さんはただ黙ってこちらに微笑んでくれていた

道中エイラさんは間を持て余したのか口を開いた
「何が職人手作りの一点物の帽子だよ、よくある代物だったんダナ」
ボクとサーニャさんの帽子を見比べながらそう呟く
「でもこれは世界に一つだけの宝物だよ…エイラが選んでくれたものだから」
「違うんだぞ、サーニャは日差しに弱いからな、急に倒れられても面倒だシナ」
何も聞いてないのにエイラさんはボクに必死に弁明する
うふっ、そしてボクもサーニャさんも必死に笑みを堪える
見覚えのある光景だった
『これは…古い物だからただの偶然デスヨ』
サーニャさんはボクの帽子をマジマジと見ている
所々繕いであるくたびれた帽子
その帽子は?とでも聞きたそうな素振りだ
『お母さんに貰った宝物なんです、ボクも…その…日差しに弱いノデ』
『お母さんも、大切な人から貰った宝物なのよって言ってマシタ』
「素敵ね」「素敵ダナ」
『はい!』
今度は三人同時に微笑んだ

~第四幕~
カフェに入り席に着く
ボクとサーニャさんは向かい合わせに座った
エイラさんはいろいろ悩んだあげくサーニャさんの隣に座った
しばらくしてダージリンとスコーン、いくつかの焼き菓子が運ばれてきた
スプーンにベリージャムをすくいカップに沈める、これを二度繰り返し
カップを両手で持ち上げ三回ふーふーする
恐る恐る口に運んで『「アチッ」』っと言って舌を出す
ここまでの一挙手一投足がシンクロした
「いっしょだね」『いっしょデスネ』
ボク達はお互い見つめ合う

「楽しそうダナ」
エイラさんはショートブレッドを噛りながらつまらなそうにボク達を見ていた
カップはクロテッドクリーム色に染まっている
「べつに…」『そんなんじャ』「ないの…」『デス』
二人揃って淋しげな表情を作る
「うっ、そっ、そんなつもりで言ったんじゃないんダカンナ」
「そうだワタシ、タロットが得意なんだ占ってやるヨ」
あっ話題をそらした
サーニャさんはエイラさんの弱みを知っている…そしてボクも

~第五幕~
ボクが引いたカードは【運命の輪】正位置だった
「好転を示すカードなんだけど、ん~?…何も見えないンダ」
「あのな、時間の流れってのは直線じゃなくて、こう螺旋階段みたいに積み上がってくンダ」
エイラさんは目の前でクルクル指を回す
『魔法力学第十一原則に基づく時間理論…ですヨネ』「そう…って何でそんな詳しいんダヨ」
『え~っと知り合いに詳しい人がいて…はっははナンチャッテ』
「まいっか、で過去だけじゃなく未来も現在に影響を与えてるんだケド」
『確か…三時空における相互作用ですヨネ』
「そう、でだワタシは少し手を伸ばして上の階の時間の流れって奴を…」
エイラさんは目を輝かせながら話を続けてるんだけど…

マズイ…事に…気付いちゃった、ボクはそこにいない…見えるわけ…ない
どーしよー何か話題変えなくちゃ
『そうだサーニャさんは…サーニャ…サン?』
「二人とも…楽しそうだよね…」
気のせいかサーニャさんは淋しげな表情をしている
「べっべつに」『そんなんじャ』「ないんダカンナ」『デス』
二人揃って慌てふためく
エイラさんはサーニャさんのこの顔に弱い…そしてボクも

どうしよう二人は険悪なムードだ
こんなはずじゃなかったのに
こんなつもりで来たんじゃないのに
あの事が本当になっちゃう
それよりも次の瞬間にはボクの存在が消えちゃうかも!
「時間に無闇に手を出す事はとっても危険な事なんダゾ」
魔法の訓練でママが最初に教えてくれた事だ

そしてボクの体は青白く光だした

~第六幕~
『あの、ボク、急用があるんで、これで失礼しマス!』
早くしないと、早くしないと扉が開いちゃう
サーラは慌て出口のドアへ飛び込んだ

何でこんなタイミングでなの
もっと話たかったのに
もっと知りたかったのに
まだ何もみていないのに
サーラは時の狭間の中で繰り返し叫んでいた
そしてお茶の代金…いつか肩叩きでも何でもしてお返しします

「あの輝きって…」
「魔法…ダヨナ」
カフェのドアの向こうには、少女はおろか何の人影もなかった
「サーニャ、楽しそうだっタナ」
「そう言うエイラこそ…」二人の喧嘩は続いていた

~第七幕~
舞台は変わって19XX年○月×日、とある国の、とある民家

ドンガラガッシャーン
ボクは物置へと頭から突っ込んでいた
麦ワラ帽子が床に転がりクルクル回っている
痛たたっボクは?…ボクの存在は消えていなかった
…って安心している場合じゃない
このままだとママとお母さんが離婚しちゃう!
せっかくの婚約記念日なのに
どっちからプロポーズしたかで喧嘩しちゃうなんて
でもまだ間に合うかも、早く止めなくちゃ

~エピローグ~
「サーラったらこんなにお顔汚しちゃって、ママに似ておてんばさんね」
お母さん?
「サーラ燭台どこだっけ、キャンドル見つけてな、たまたまダカンナ」
ママ??
『あのね…ママ、お母さん、喧嘩は?離婚は?』
「そんなのするはずないダロ~な~サーニャ~」
「喧嘩する程仲がいいって言うのよ…ね~エイラ~」
この夫婦(?)は…娘にこれだけ心配かけさせておいて!
「それにあの日、二人初めての喧嘩がなかったらナ?」
「そうね…あの日ね…」

「ねえサーラ?だからあなたはサーラなのよ」
二人だけの秘密の様に微笑み合ってるママとお母さん
だけどボクも知っている
ボクの笑顔もその輪に加わり
三人揃ってキャンドルに日を灯した
~おしまい~


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