元帥はあたし!


「よっしゃぁあ!ついに来た来た、元帥だぁ!」

 あたしは、元帥と書かれたクジをぎゅっと握り締め、高々と披露した。

「元帥引いたくらいで、随分なはしゃぎようだなリベリアン」

 さっき元帥クジを引き当てて、みんなに「お姉ちゃん」って呼ばせてご満悦だったお前には
言われたくないぞ、堅物くん!いろいろ言ってやりたい所だが、まあ、今はいい。これから下す
ミッションを、何にするか決める方が大事だ。あたしは腕を組むと考え事に集中した。

 事の始まりは、ハルトマンだった。

 あたしたちは、次の出撃まではかなり間が空くと伝達され、各々控え室で寛いでいた。かく言う
あたしも、あたしの乳枕でウトウトしている天使ちゃんの頭を撫でながら、片手に持った雑誌を眺
めていた。

「暇だね~。ねえ、何か面白い事しない?」
「面白いことって~?」

 ソファーに蛞蝓のように張り付いたハルトマンの言葉に、タロットを見詰めながらエイラが反応
した。

「余興みたいな?そんなの」
「それなら、わたしが占っ「それは要らない」」

 即答だなハルトマン。まあ、あたしでも断っていたとは思うけど…。お、サーニャがカードを手に
取った。すかさずフォローに入るなんていい子だねぇ。仏頂面だったエイラが途端に嬉しそうにし
てるよ。そう言えばこの2人、少しは進展してるのか?

「そうだ!元帥ゲームしない?」
「元帥ゲーム?」

がばっと起き上がったエースに、みんなの視線が集まる。

「えっと、場所によっては、王様ゲーム?とも言うかな」
「一等クジを引いたものが指令を出す、という類のものか?」
「うにゃ!それ面白そう。やるやる!」

 おっと、お姫様がお目覚めだ。相変わらず喰い付き早いな。楽しそうにしているルッキーニを
見るのはあたしも好きだから、勿論異論は無いけどね。当初難色を示していたバルクホルンも、
何やらハルトマンに耳打ちされ、敢え無く落城。結局ゲームをすることになったんだけど、意外
だったのは、中佐と少佐からストップがかからなかったことだ。身体ばかりでなく心の骨休めも必
要だ、ということだろうか?

 そんなこんなで始まった元帥ゲームだったんだが…

「シャーリー、シャーリー♪ 命令はなになに?」

 ワクワク感いっぱいのルッキーニがしがみ付いてきた。まったく可愛い過ぎだぞ、マイハニー。
思考が停止してしまうじゃないか。

「ん~、そうだなぁ…」
 あたしは、みんなを眺めながら考えた。今までの命令は、ミーナ中佐の「故郷で流行ってた歌
を歌って」、坂本少佐の「あー、すまんが肩を揉んでくれ」、そして堅物くんの「お、…お姉ちゃん
と呼んでくれ///」だった。あれは傑作だよ。みんな引いてたもんなぁ…。

「まだなのか、リベリアン?」
「うるさいなぁ、もう少し待ってくれよ、お姉ちゃん」
「お前は呼ばなくていい!」

 やれやれ、宮藤やハルトマンの時には、軟体動物のようにくねくねしてたくせに。呆れながら
ピアノの傍にいるエイラとサーニャへと視線を移すと、ちらっとサーニャが持ってたクジが見えた。
なるほど、大佐クジか…、あ、そうだ、閃いたよ!ふっふっふ、こいつはエイラの尻を叩くいい
チャンスかもな。

「お待たせ!あたしからのミッションは、ずばり「告白」だ!」
 
 ビシッと天を指差し、あたしは宣言した。…んだけど、あら?みんな何できょとんとしてるんだ?

「告白?それは懺悔みたいなものか?」

 少しの間の後、少佐に問われた。そんな意味合いで使われることもあるけど、流石にそれは
ない。勿論恋愛的な意味合いでの告白だ。少佐もここまで天然だったとは…。

「何だシャーリーその顔は。私が本気で意味を取り違えてるなどと思ってるのか?冗談に決まって
いるだろ。はっはっは」

 少佐が言うと冗談に聞こえないから怖い。ほら、みんなだって同じ様な顔して少佐見てるし…。

「それで、具体的には、どうすればよろしいんですの?」

ん?どうしたペリーヌ?若干鼻息が荒いぞ、大丈夫か?

「え~っと、最初に告白する者、告白される者、それぞれを決める。で、告白をしてもらうんだけど、
告白するからには本気で、落とすつもりで告って欲しい」
「クリア条件みたいなのは?」
「それは、告られた人の判断で合否を決める。だめならやり直しってことで」
「随分と難度の高い任務だが、舞台劇とでも思えば恥ずかしくもないか。はっはっは」

 自分で言っておいて何だけど、舞台劇だとしても恥ずかしいものは恥ずかしいのでは?少佐。
戦歴の長さと肝の太さは比例するものなのだろうか?

「そんじゃ、告白する人決めるよ」


 控え室が静けさで支配される。あたしは一同の様子を窺った。お姉ちゃんとハルトマン、そして
ルッキーニ。ペリーヌとリーネまでもが身を乗り出してい。20の視線を受け止めながら、あたしは
叫んだ。

「告るのは、中尉のクジを持ってるヤツだぁ!」
「ええぇ!そんなぁ…」

 悲鳴を上げて立ち上がったのは宮藤だった。手にしたクジを見つめ震えている。何やらお姉
ちゃんとリーネに親指を立てられてしまったが、すまん、ご期待には添えられないのだ。それから
ペリーヌ。そんなに愕然と肩を落とすな。それにしても、エイラを引き当てられなかったかぁ。う~ん、
しかし宮藤ということなら、起爆剤としては最適か。よし当初の計画どおりいこう。これがルッキーニ
なら、計画を変更し、迷わずあたしが告られるところだ。

「告るのが宮藤に決まったところで、今度は告られるほうだけど…」

 一呼吸置いて、さっきと同じようにみんなを見た。2名ほど目をぎらつかせているが、とりあえず
スルーだ。

「告白されるのは、大佐のクジを持ってるヤツだ!」
「「この裏切り者!!!」」
「裏切り者呼ばわりされる意味が分からんわ!」
「ほらほら、元帥に逆らってはだめでしょう?2人とも」

 覆い被さらんが如く、あたしの目の前に立つ堅物&リーネを穏やかに諭すミーナ中佐。おかげ
さまで両人とも引き下がってくれたが…。正直、中佐が当事者だったらやばかったかも知れない。

「それで、大佐は一体誰なんだ?」

 少佐の発言につられるように、みんなは大佐探しを始めた。そして、やがて1人の少女に視線が
集まったところで、あたしは何食わぬ顔で、サーニャを視野に捉えたのだった。頬を薄紅色に染め
た彼女の視線は、手にしたクジと隣にいるエイラを行ったり来たりしている。

「あ、もしかして、サーニャちゃんが?」
「…うん。そう」

 半ベソかいておろおろしていた宮藤が、ホッとしたのか表情を緩めた。反比例してエイラに落ち
着きが無くなってきてるな。カードをぽろぽろと落として、動揺しすぎだろ。先が思いやられるなぁ、
しっかりしてくれよ。は?何でダヨーって?頼むからそんな目であたしを見るなよ。

「よーし、それじゃ役者も揃ったところで、ドーンとやってみて」
「もう、シャーリーさん他人事だと思って…」
「文句はクリアした後で聞いてやるから、さっさと告る告る」
「芳佳、頑張れー!」

 ぶつぶつと悪態をつきながらサーニャに近付く宮藤。彼女の前に立つと後頭部に手を当てながら
照れ笑いを始めた。


「な、何だか恥ずかしいね。えっとサーニャちゃん、変なこと言っちゃうかもだけど笑わないでね」
「うん。ちゃんと聴くから」

 2人が言葉を交わしている間に、あたしたちは見やすいところに座り直した。ほんと舞台劇見てる
感じだ。宮藤たちは、あたしたちが移動を完了するのを緊張の面持ちで待っていた。最後にミーナ
中佐が、少佐とお姉ちゃんの間に腰掛けたのを確認してから、あたしは、頷く宮藤たちにゴーサイン
を出した。

「準備いーかい?それじゃ行くよ、3、2、1、スタート!」

 静寂の中、見詰め合ったまま立ち尽くす宮藤とサーニャ。何か見てる方もどきどきしてくるなぁ。

「あ、あの、サーニャちゃん。突然呼び出したりして、ごめんね。待った?」
「ううん、平気。わたしも今来たところだから…」

 ほうほう、宮藤がどこぞにサーニャを呼び出したってシチュなわけか…。

「宮藤さん、…大事な話って?」
「え、いや。…あの、何と言いますか。あはは…」
「ん?」

 小首を傾げてサーニャが言葉を促してる。何だこいつら意外にノリノリか?

「あの、時々部屋の前に置いてあるボルシチとかって、もしかしてサーニャちゃん?」
「え?うん。お国料理なの…」
「そうだったんだ。どれもすごく美味しかったよ、ありがとう」
「ううん」

 おいおい、食べ物の話かよ、大丈夫なのか?隣でルッキーニも「ヘタレ~」って不満そうに呟いてる。

「料理も上手で、歌声も綺麗で、ピアノも繊細で。本当にサーニャちゃんはすごいよね」
「そんなこと…ない」
「ううん、すごいよ。極めつけは、夜間飛行。夜の空があんなに暗いなんて、わたし知らなかったよ。
だけど、サーニャちゃん、平気で飛んじゃうんだもん」
「それは、慣れだから…。宮藤さんだって飛べるようになったじゃない」
「うん、でもそれだってサーニャちゃんのおかげだよ」

 宮藤は、両手でサーニャの手を取ると、胸の前で包み込むように優しく握り締めた。熱のこもった宮藤
の瞳が、翡翠色のサーニャの瞳との隔たりを縮めていく。

「サーニャちゃんのこの手に、震えてばかりのわたしは救われたの。手を繋いでくれたこと、とても
嬉しかったよ」
「宮…藤さん…」
「そっか、今にして思えば、あの時からだったんだ」
「え?」
「気が付くとサーニャちゃんのこと目で追ってたり、サーニャちゃんの何気ない仕草にドキドキしたり、
サーニャちゃんのことばかり考えるようになったり…」
「わたし自身のそんな行動が、ずっと不思議だったの。どうしてなんだろうって。でも分かっちゃったの」


 周囲で、みんなが息を凝らしている。あたしに抱きついたルッキーニの腕に力がこもったおかげで、
あたしは、少しばかり周囲を見る余裕ができた。それにしても、何故だか宮藤ってここぞという時に変
に力を発揮するよなぁ。すっかり雰囲気に飲み込まれてたよ。バルクホルンなんて、自分の膝がハルト
マンの枕にされてることに、気が付いてないんじゃないか?

「それは…?」

 微かに発したサーニャの言葉に、一度、瞳を閉じて大きく息を吸い込んだ宮藤は、嬉しそうに
微笑んでサーニャを見つめ、静かに、だけど、はっきりと言ったんだ。

「わたし、サーニャちゃんに恋しちゃったみたい。サーニャちゃんのことが、大好きなの。サーニャちゃんと
一緒に、飛びたいの」
「みや…、芳佳…ちゃん…」

 宮藤の眼差しと手の温もり、そして想いを受けて、それだけを言葉にしたサーニャの瞳から、次の瞬間
大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。ギョッとなってエイラを見たら顔面蒼白で震えていた。薬が効き過
ぎた?
ついでにリーネに視点を転ずると、黒い霧のような何かが、俯いたリーネの体から滲み出ていた。
や、やばくね?
 しかし、そんなあたしの杞憂も、宮藤が綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれたんだ。

「サーニャちゃん、大丈夫だから。わたしちゃんと分かってるから」
「…!」

 宮藤はそっと手を伸ばすと、サーニャの頬を伝う涙をその指で拭いだした。


「こんなにまでサーニャちゃんに想われてるなんて。その人って、余程の幸せ者さんだよね」
「…ごめん…ね、芳佳…ちゃん」
「謝らないでサーニャちゃん。あ、そうだ。最後に一つだけお願いがあるの」
「うん?」
「サーニャちゃんのこと抱き締めても、ギュッとしてもいい?」

 サーニャは返事の代わりに、細い白磁のような指を宮藤の鎖骨辺りにそっと添えると、その腕の中へ
すっぽりと収まった。宮藤はそんなサーニャの背中に回した手で、トントンっと優しくリズムを取りながら
彼女に訊いた。

「ね、サーニャちゃん。判定をお願いします」

 背中へと回された手から開放されて、宮藤から少し離れて立ったサーニャは、両の親指と人差し指
同士をくっ付けて輪を作って微笑んだ。

「合格です」
「やった!クリアですよ、どーですシャーリーさん」

 宮藤は、満面の笑みであたしに振り向くと、拳を突き出して見せた。まったく、こうもあっさりクリア
されちゃうとはね~。しかもいい場所に着弾した。後はエイラが誘爆してくれれば文句なしだが…。

「OK、任務完了だ。よくやったよ宮藤」
「えへへ」
「ふられちゃったけどね~」
「うぐぅ…。もう、ルッキーニちゃんてば…」
「やるもんだな、宮藤。診療所もいいが、役者でもいけそうだぞ」
「もう、扶桑の魔女って…」

 宮藤が仲間たちからあれこれ声を掛けられている中、エイラがサーニャの手を引いて部屋から出て
行こうとしているのに気が付いた。おぉ、ついに決心したのか!だとしたら朗報を待ってるぞ。まあ、
さっきのサーニャの反応見てる分には、ほぼ「おめでとう」だな。
 2人が抜けたし、これはお開きかな。確認しようとみんなに視線を戻すと、エイラたちが消えたドアを
各々が優しげに見詰めていた。考えてることは一緒か。ったく、これだから戦友ってのは…。思わず
涙ぐんでしまったじゃないか。

 みんなが応援してるんだったら、これはもう、確実に「おめでとう」だな。


続き:0232

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