恋色の街角


晴れた日、私は基地からの往復切符を手にして、ロンドンにあるオックスフォード・サーカス駅の
中央口に立っていた。

「ごめんなさいねリーネさん。こんな所に連れ出して」

ペリーヌさんがそう言って、少しだけ申し訳なさそうに、目を伏せる。
普段は厳しい事を言うけれど、決して意固地ではないこの先輩が私は嫌いではない。

「いいえ、気にしないでください。私も来るつもりだったんで」

今日の私は、先輩…ペリーヌさんにロンドンへ呼び出されて居た。二人一緒に基地を出るのはまずいと、
それぞれ別行動で駅に集合する程、念が入っている。

ネウロイの巣が消え、ガリア解放と同時にウィッチーズの解散が決まった。昨日は任務完了を
祝したパーティーだった。ふと、扶桑に帰ると言っていた芳佳ちゃんと坂本少佐の顔が浮かび、
心がチクリと痛む。

私は複雑な気分でパーティーを過ごしていた。浮かれたいような、でも浮かれてる場合じゃないような。
そんな時、ペリーヌさんに声を掛けられたのだ。坂本少佐に記念のプレゼントを買いたいから、
ロンドンを案内してくれ、と。

「その、プレゼントってどんな物を考えてるんですか…?」

ロンドンは未だ戦時下にあったけれど、ガリア解放と言う久しぶりの明るいニュースに沸いていた。
まだ道を行く人々の服装はくすんで暗い。だけど表情は心なしか少しだけ明るくなったように思えた。
私達の戦いが世界の役に立ったんだと思うと、自信のようなものが湧いてくるのだった。

「それが、まだ決まりませんの。なにしろ趣味は訓練、て感じですもの…」
「た、確かに…」

私は苦笑を浮かべ、そう答える。であれば、とりあえず商店街に行って商品を見ながら考えるのが
良いかもしれない。

「じゃ、じゃぁノッティング・ヒルに行ってみませんか?アンティークとかもありますし、プレゼントには
良いかも知れませんよ?」
「そうですわね。とりあえず動きましょう」

私達はノッティング・ヒルへ向かうため、今でたばかりの駅のゲートをくぐった。



「はぁ、すごい人出です事…お祭りですの?」
「ここはいつもこんな感じなんです…。はぐれない様に気を付けて下さいね」
「は!はぐれる訳ないでしょう!何を言ってるんですの?あなたは全く…」
「そ、そうですね…」

ノッティング・ヒルのポートベロー・ロードは沢山の人が溢れかえっていた。幅20m程度の
道路の両脇に、ひさしを出した商店がずらっと並び、そこかしこから呼び込みの威勢の
いい声が飛び交っている。私も軍隊に入る前はたまに遊びに来たなぁ、なんて少し懐かしくなる。


「燈台、カトラリー、ティーセット。靴下、国旗にピンバッチとキリがありませんわね」
「まぁ今日は休暇なんですから、ゆっくり探しましょう」

ペリーヌさんが目に付いたお店に近寄っていき、品物を眺め始める。その途端に店主から
元気に声を掛けられ、慌てて「な、なんでもありませんわ!」なんて言いながら店から
逃げ出してくる。
私はその一連の流れが面白くて、つい吹き出してしまう。

「もぅ!笑うなんて失礼ですわ!ガリア貴族は普段買い物なんてしませんの!」
「ごめんなさい、つい…。一緒に見て回りましょうか?」
「あ、あなたがそうしたいのでしたら構いませんわっ」

私はペリーヌさんを連れて手近なお店に入っていく。それを目ざとく見つけた店員さんに
声を掛けられる。

「お、きれいなお譲ちゃん達、今日は何をお探しだい?」
「ええと、上司へのプレゼントです。何か良いものありますかー?」

通りの雑踏に引きずられて、つい私の声も大きくなる。

「そうだねぇ。無難な所でこのハンカチなんかどうだい?ちょっと値は張るが上等だよ!」

私はペリーヌさんを少し振り返る。ペリーヌさんは気まずそうに首を小さく振る。

「ごめん、おじさん!また来るね!」
「おぅ、またヨロシクなっ!あとお兄さんと呼んでくれ!」
「はーい!お兄さん!」



店員さんは機嫌よく手を振ってくれた。私も手を振り返し、店を出る。
ペリーヌさんは何だか浮かない顔だ。

「どうしたんですか?ペリーヌさん」
「あ、あなた随分こう言うやり取りに慣れてらっしゃるのね…」
「昔は良くショッピングに来てたんです。懐かしいなぁ」

普段は講義でも模擬戦でも全然かなわないペリーヌさんの弱点を見つけたみたいで、
私は少し嬉しくなる。

「さっ!次の店に行きましょ!」

私はペリーヌさんの手を取って、通りを歩き始めた。



日も高くなる頃、ようやくペリーヌさんはプレゼントが決まったみたいだった。

すごく大変だった。3つくらいの候補をあれでもない、これでもないと何回もお店とお店を
行ったり来たりしたのだった。最後の方は店員さんに顔を覚えられて「また来たのかい嬢ちゃん」と
冷やかされたりもしたのだった。
だけど、ペリーヌさんは「大事な一品なんですの、妥協なんてありえませんわ」と意にも介さず、
品定めに全力を上げていた。

私はもうプレゼントは決まっていた。可愛らしい花の飾りがついた万年筆と手紙のセット。
手紙を芳佳ちゃんにねだるようで悪いかな?と思ったけど、最後なんだし強気で行かなくっちゃ!
と思って買ったのだった。自分で見ても欲しくなるぐらい、可愛らしい。

「き…決まりましたわ!」

ペリーヌさんが疲れた顔で商品を持ってくる。全体的に元気がなくなっていた、選び疲れって
あるんだなぁ、なんて暢気な事を考える。

「良かったですねペリーヌさん!じゃぁ買って来ましょう?」
「そうですわね、ちょっと行ってきますわ…」
「ペリーヌさんファイト!」

ペリーヌさんが店の奥に入って行き、レジのおばさんに商品を渡した。私をそれを店の外で見ていて、
これで一安心かな、と思った時だった。

聞きなれた高らかな笑い声が聞こえたのだ。



「わっはっは、さすが宮藤だ!私も鼻が高いぞ!」
「もー坂本さんは…。こっちですよ~!」

ミヤ…フジ…?

私は思わずお店の中に隠れてしまう。あれ?なんで隠れるんだろう。なんだか心がチクチクする…。
私はお店の外を見ると、案の定、芳佳ちゃんと坂本少佐が二人で通りを歩いていた。二人とも両手
に荷物を持って、なんだかすごく楽しそうだ。坂本少佐が大股で歩き、芳佳ちゃんがニコニコしながら
それに付いていく。

私は声を掛けそびれ、二人が過ぎていくのを店の中から眺めている事しかできなかった。
芳佳ちゃん、坂本少佐と一緒で楽しそうだったな…。
やっぱり、芳佳ちゃんは坂本少佐といるのが楽しいのかな、だから二人でショッピングに来たのかな、
もしかして芳佳ちゃんは坂本少佐の事が…。事が…。

私はさっきまでの浮かれた気分が一気に消えて、なんだか酷く沈み込んでしまった。
そんな私にペリーヌさんが声を掛ける。ペリーヌさんも二人を見つけたようだった。

「なんで声を掛けないんですの?」
「その…芳佳ちゃんが楽しそうだったから…」
「ま、あなたがそうしたいんなら構いませんけど」

ペリーヌさんの眉が少し吊り上っていた。怒らせちゃったかな…。



あのあと、私達は言葉少なに基地へと向かう地下鉄へ乗り込んだ。
車内でペリーヌさんが気分を変えるように私に話しかける。

「リーネさん、今日は本当にありがとう、あとはこれを少佐にお渡しするだけですわ」
「…」
「リーネさんもあの豆だぬ…宮藤さんに渡すんでしょう?元気お出しなさい」
「その、こんなプレゼント渡して迷惑じゃないでしょうか?」

昼間の芳佳ちゃんと坂本少佐の楽しそうな姿が目に浮かぶ。
私は胸の中のもやもやが、身体中に広がって、涙が滲んでくる。

「見損ないましたわ。リネット・ビショップ軍曹」
「…っ!」

ペリーヌさんは戦闘中を思わせる強い目で、私を見ている。

「貴女は、あのミヤフジさんと過ごした時間を、出来事をなんだと思っていますの?
ねぇ、リーネさん。貴女の気持ちはそんな事でくじけてしまうような、ちっぽけな物
なんですの?そうだとしたら、同じ扶桑の魔女を慕うものとして感じていた、私の、この、
連帯感も考え直す必要がありますわね」

少しの時間。私は声を出すことができず、視線に射すくめられるような気持でいた。

「教えて下さい、リネット・ビショップ軍曹。ううん、リーネさん」

そう言ったペリーヌさんの視線はさっきまでの厳しさが消え、私を後押しするような温かい、
優しいそれになっていた。私は涙を拭い、顔を上げる。

「ううん、私!芳佳ちゃん、宮藤さんが好きです!」
「その調子よ。ブリタニアの女性は強くてしたたかでなくては、ね?」

ペリーヌさんは少しおどけたような調子で、私のおでこをつつく。私はくすぐったくて、
身をよじってしまう。

電車が減速する。基地の最寄駅についたみたいだった。


その日の夜、夕食のあと。
私は芳佳ちゃんの部屋に向かっていた。手にはプレゼントを持って。

ドアを軽くノックする。「はーい、どうぞー」芳佳ちゃんのいつもの声が聞こえる。
私は深呼吸を一回。扉の向こうにいる芳佳ちゃんを思い浮かべる。坂本少佐の
顔も一緒に浮かんでしまうけど、頭を振って意識を集中する。

ペリーヌさん、私がんばります!

「入るね、芳佳ちゃん」

いつも奇麗な芳佳ちゃんの部屋は、今日は特に片付いていた。きっと扶桑に
帰る準備が進んでいるんだろう。

「あ、リーネちゃんどうしたの~?」
「あ、あの、芳佳ちゃんもうすぐ扶桑に変えるでしょ?だから…記念にこれ…」

私は後ろ手に持っていた万年筆の包みを、芳佳ちゃんに差し出す。芳佳ちゃんの眼が
最初おっきくなって、それからすごく嬉しそうに笑う。

「わぁ!ありがとう~!嬉しいよ!リーネちゃん!」
「喜んでもらって、嬉しいよ、芳佳ちゃん」
「ね、これどうしたの?開けて良い?」

言うが早いが芳佳ちゃんは、包みを丁寧に開けて万年筆を取り出した。

「わぁ!これって…っ!」

芳佳ちゃんが驚いたような顔をする、その、嬉しいってだけじゃ済まないぐらいの顔。

「ど、どうしたの…?芳佳ちゃん」

芳佳ちゃんはビックリ顔が直ったかと思った途端、芳佳ちゃんのカバンをあさり出した。

「ほ、本当は最後の日に渡そうかと思ったんだけど!これ!」



そう言って芳佳ちゃんが取り出したのは、私がプレゼントしたのと同じ包み紙。
え?これって…?
私は包みを指さそうとするけど、指が震えてしまう。

「そうだよ!今日ね!リーネちゃんへのプレゼント買いにノッティング・ヒルに行ったんだよ!
坂本さんに手伝って貰ったんだけど、坂本さん、道に迷っちゃって大変だったんだよ~!」

芳佳ちゃんは自分で包みを開けると、万年筆をとりだして私に見せた。
それは、私がプレゼントしたのと同じ、花柄だった。

「ほら!同じだよ、奇跡みたいだよ!すごいよすごいよ!リーネちゃん!」

そうか、芳佳ちゃん私の為に坂本少佐と一緒に…。
私は嬉しくて、自分の早とちりが情けなくて、芳佳ちゃんに申し訳なくて、
だけどとても嬉しくて…。また涙が溢れだしてしまった。

「うぅ…芳佳ちゃん!」
「ひゃわっ!」

私は芳佳ちゃんに抱きつき、強く強く抱き締める。

「リーネちゃん、なんだか分からないけど私、嬉しいよ!」

芳佳ちゃんも私の事を同じくらい強く、抱きしめてくれる。

「芳佳ちゃん、好き…大好きっ!」
「うん!私も好きっ!離れても手紙書くよ!」

その後、私達はしばらく訳も分からずわんわんと大泣きをしてしまった。



深夜、広間から続くバルコニー。芳佳ちゃんと大泣きしてしまった私は、あのあと恥ずかしくなって、
逃げるように部屋から出てきてしまったのだった。とは言え、昂ぶった気持ちのまま部屋にいても
寝られる訳もなく、こうして頭を冷やしに来たのだった。

こ、告白しちゃった…。明日からどんな顔をして芳佳ちゃんに会えばいいのかな…。

バルコニーには先客がいた。見とれるほど奇麗な金髪を持った女性、ペリーヌさんだ。月
に照らされた後ろ姿は、まるで昔読んだ絵本にでてくる妖精みたいだった。

「うまく、渡せたみたいですわね」
「はい、ありがとうございます…」
「全く…。二人の泣き声が基地中に響いてらしてよ?」
「えぇっ!」
「皆さんへの言い訳が大変だったんですから」

顔から火が出そうなほど、恥ずかしくなる。

「ま、リーネさんが良かったんなら構う事ではありませんわ」

ペリーヌさんはそう言って、手すりに寄りかかったまま背伸びをする。私もペリーヌさんの隣へ行き、
海を眺める。
夜の海峡は眠ったように静かで、静かで涼しい夜の風が頬をなでた。



「えっと…、ペリーヌさんの方は…?」
「その…まぁまぁ、ですわね…」
「はぁ…?」
「い、私の事はいいんですの!それよりリーネさん!」

ペリーヌさんが改めてこちらを見る。決意と覚悟に満ちた強い目だ。

「部隊は解散しますけど、これからまた忙しくなりますわね」

そうなのだ。私達はこれから立場を変え、自由ガリア空軍とブリタニア空軍から派遣される
第一次ガリア調査支援大隊として、共に復興に尽くす事が決まっていた。

「わたくしはダラダラと復興をするつもりは有りませんわ。一刻も早く祖国を復興して、そして、
私は扶桑に行きます」
「…はいっ!」
「リネット・ビジョップ軍曹。頼りにしてますわよ?」

ペリーヌさんはそう言うと、お茶目っぽく微笑んだ。

「Yes,ma'am!ペリーヌ・クロステルマン中尉!これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね、"Camarade"」

私達は強く強く手を握り合った。夜空には数えきれないほど沢山の星が輝いていた。


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