すべては月のせい


――月を見ていると、素直になれる――

そう思っていた頃もあった。
自分は融通の効く方の人間だと思っていたのが、あの人の一言一言で自分が自分でなくなっていくような気がして。

あの人は、私を簡単に壊す。

――すべては月のせい――

訓練終了後、私は美緒に呼び止められた。

「なあ、ミーナ、今夜暇か?」
「ええ、貴女の為なら忙しくても暇にするわ」
「ハハハ、そうか。では今夜の12時、私の部屋に来てくれ」
「ええ」

夜は美緒と私が触れ合える数少ない時間。

まだ“愛してる”とか“好き”だとか、いわゆる告白は出来ていないけど、今の私にはそれくらいが丁度いいのかもしれない。

それにせっかくの美緒からのお誘いだ。
この時間を無駄にするわけにはいかない。

「――早く、夜にならないかしら」

私は空を見上げて、今は恨めしい青空に言い放った。


《夕方 食堂

「ミーナ」
「あら、トゥルーデ。どうしたの?」
「少し話したい事がある。時間、あるか?」

私は時計をチラッと見て。

「…ええ、いいわよ」
「すまんな」

そう言って、トゥルーデは私の隣に座る。
「それで、話って何かしら?」
「…その…あれだよ…」

トゥルーデが珍しくモジモジしてるわ。
なんだか似合わないわね。

「いいから、話してみなさい?」
「……実は、宮藤に告白したいと考えているんだが…告白の仕方が分からないんだ…」
「あらあら」
「今まで好きな人なんて出来た事が無くてな…。どう想いを伝えたらいいか、分からなくてな…」

…今の私と同じね…

私は心の中でそう呟いてから、トゥルーデにアドバイスを贈る。


「そうね。下手な小細工は使わずに真っ正面から想いを伝えるのはどうかしら。
その方が想いも伝わりやすいと思うけど」
「そ、そうか…!…いや、すまん、なにぶんこんな事は初めてなものでな。勝手が分からなくて困っていたんだ」
「フフ、隊長として少しはお役にたてたかしら?」
「あ、ああ!ありがとう、ミーナ」
「頑張って告白するのよ」

そう言うと、トゥルーデは急いで宮藤さんの部屋へと向かった。

――頑張って――

この言葉はまさに私に向けられた言葉。
ううん、本当に頑張らなくちゃいけないのは、多分私の方。
私も想いをろくに伝える事の出来ない“臆病者”だから。

…美緒との時間まで、あと30分。

私は時間潰しの為にハンガーをウロウロしていた。
そこにはシャーリーさんとルッキーニさんがいた。
しかしその二人は。

「シャーリー…んんっ…」
「ルッキーニ…好きっ…んっ…」

見てるこっちが恥ずかしくなるような濃厚なディープキスを交わしていた。
私には気付いてないのか、完全に自分達の世界に浸っていた。
そして長い長いキスの後。

「…シャーリー……もっと…して……//////」
「ハハハ、本当にルッキーニはえっちだなぁ♪」

そう言うと、二人はどこかへと消えていった。

――私も美緒と結ばれたら――

そんな柄にも無い事を考えていたらなんだか、顔が熱くなったような気がして、私はハンガーを離れた。

――美緒との時間まで、あと20分。

もう一度、食堂に戻ると、そこにはエイラさんとサーニャさんがいた。

「仲、良いのね」
「ミーナ隊長」
「エイラァ…」

サーニャさんはエイラさんの肩に寄り添って寝息をたてている。
私はそんな二人の真向かいに座る。

「もしかしたら、二人付き合っているんじゃない?」

私が冗談混じりでそう言うと、エイラさんは慌てて。

「わわわ私とサーニャはそういう関係じゃナイ!た、ただの友達ダ!」
「はいはい」

この二人を見ていると自然と笑みがこぼれる。
エイラさんの肩にサーニャさんが寄りかかって眠っている様子は、どう見ても、恋人同士のそれ。

「…ねえ、エイラさん。恋ってなにかしらね」
「なっ、なにいきなり…」
「いいから」
「…恋は、とても素敵な事だと思う。その人の事を考えるだけで、なんかこう、優しい気持ちになってくるんダ」
「優しい…気持ち」
「ミーナ隊長がそんな事を聞いて来るなんて珍しいナ」
「ん?ああ、ただの気紛れよ。気にしないで」

私はそう言って席を離れた。
すれ違いざまに私はエイラさんに

「ガンバレ」

そう、言われた気がした。

――美緒との時間まで、あと10分。


廊下では、リーネさんとペリーヌさんが何か話している。

「こら、貴女達、もう寝なきゃいけないわよ」
「あっ、すいません、ミーナ中佐」
「あの…中佐…?」
「なにかしら、ペリーヌさん」

ペリーヌさんは表情を少し険しくして。

「坂本少佐の事…どう思いですの…?」
「……好きよ。大好き。出来れば…」
「………」
「…恋人になりたいと思ってるわ」
「そう、ですか…」

落ち込むペリーヌさんの頭を撫で、私は言う。

「だから、ペリーヌさんと私はライバル同士よ。…想いが強ければ、その想いは届くわ」
「中佐…」

ペリーヌさんの表情はまたいつもの表情に戻って。

「わたくし…負けませんわ!」
「フフ、私だって」

私達のやりとりを見ていたリーネさんがニコニコしていた。
リーネさんも何かを決意したのかしら。

――美緒との時間まで、あともう少し。


私は、美緒の部屋の前にやって来た。
するとそこにはニヤニヤ顔のハルトマン中尉がいた。

「何の用かしら、ハルトマン中尉」
「覚悟は決まったのかなぁ?ミーナ」
「…知ってるのね」
「同じカールスラントの軍人として、戦友の事は知っとかないとね♪」
「…ええ、もうここまで来たら、ね」
「…振られたら、どうすんのさ」
「その時はその時よ。天に運を任せるわ」

「あ、そ。…まあ、頑張ってね。…私の恋は終わりそうだけど…ね」

そう言って、ハルトマン中尉は闇へと消えて行った。
…心なしかその横顔は、涙で濡れていた様に見えた。

――そして、私は美緒の部屋のドアノブへと手をかける。

ここからが、私の戦いだ。


「美緒」
「おお、ミーナか。待っていたぞ。まあここに座ってくれ」

そう美緒が手を置いたのは、美緒のベッド。美緒の隣。
私は静かに美緒の横に腰掛ける。

「…綺麗な満月だな」
「ええ。一点の欠けもない、綺麗な満月ね」
「ミーナ、私は月というのは非常に自分勝手だと思っている」
「…どういう事?」
「月は自分の都合で形を変えるだろ?三日月だったり半月だったり、それこそ満月だったりな」
「そうね。自分の欲に忠実、と言った所かしら」
「…そう。…だから、私もそんな月と同じなんだ」
「えっ、どういうっ…」

刹那、私の唇に美緒の唇が触れた。
軽いものでは無く、奥まで入っていく、深いキス。

ようやく唇が離れたかと思えば、二人の間には銀色の架け橋がかかる。

「美緒…」
「…私も自分勝手で欲望に忠実な人間だ。…だから私はお前にキスをした」
「…本当に自分勝手なキスね。自分勝手で、なんて我が儘なキス」
「ミーナ」
「…でも私、貴女の子供っぽいところ、好きよ」
「ハハハ、子供っぽい、か。
ミーナがそんな私を愛してくれたら、私はもっと子供になるぞ」
「フフ、期待してる」

しばらくの沈黙があった後。

「なあ、ミーナ」
「なに?」
「私はまだ、お前からキスのお返しを貰って無いぞ」
「あらあら、本当に子供ね」
「…私は欲望には忠実だからな」

私は美緒の両頬に手を添え。
顔を寄せる。

「美緒…」
「ミーナ…」

顔を近付ける。
そして次第に私達の距離はゼロになる。

――――そして…


―――――――――――――――――――《翌朝

「あっ、ミーナ中佐、おはようございます!」
「おはよう、宮藤さん。…その、昨日はどうだったの?」
「は?何がですか?」

…トゥルーデ、まだ告白出来てないのね…。
どこまでヘタレなのかしら…。

「そういうミーナ中佐こそ、なんだか嬉しそうですね」
「…そう見えるかしら」
「はい!」

笑顔の宮藤さんに向かって私は言う。

「そうね。…これもすべては月のせいね」

END


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