涙と約束


 ガリア解放の夜。それぞれが達成感とともに『終わり』を意識し、いつにもまして明るい雰囲気の中にも寂しさという感情がところどころ顔を出していた。
だれもがそれに気づいていたが、だれも口に出そうとはしなかった。

 お酒まで入った夕食の後

 酔って火照った身体と、どうしても湿っぽくなってしまう心を落ち着けるため、私は砂浜へ来ていた。

 私はこの部隊の隊長として、長い間みんなを引っ張る立場にいた。
大きすぎる責任の重みに押しつぶされそうになって、声を殺して泣いたことが幾度あっただろうか。
 泣きたくなった夜は決まってこの場所へと走り、大いなる海と、海の向こうの故郷へ、言葉にならない想いを打ち明けていた。
 そんな涙を吸った砂を両手で掬いあげる。
指と指の隙間からサラサラとこぼれ落ちる様を見て、なんとも言えない切なさに胸がいっぱいになった。
もう一度、もう一度と掬いあげるも、彼らは潮風にのって空へ飛んでいってしまう。

「…なんだ、18にもなって砂遊びか?」
後ろからの静かな声。私はゆっくりと振り返る。
「ここにいるだろうと思ったよ」
優しすぎるその瞳と私の瞳が出会ったとき、不意に泣きそうになるのをようやく堪えた。
「…美緒」

美緒は海の方を見ながら腰を下ろした。私も隣に座る。
「ミーナ。まずは、おめでとう」
ガリア解放のことだろう。
「ええ…、おめでとう」
「そして、ありがとう」
「…え?」
「お前がいなかったら、おそらく私は使いものにならなかっただろう。
 ――それに、お前にはずいぶんと世話になったしな…」
なぜだろう。美緒の表情が急に改まった。
「そんなこと…。いつも支えてもらっていたのは私の方よ」
「いや、そんなミーナに精神的に支えられていたのは私の方だったんだ。
 本当に、ありがとう」
真っ直ぐ目を見据えて言われた言葉は、なぜか心を強く締め付けた。
「思えば、出会った頃からお前は人一倍責任感が強かった。仲間を想う気持ちの強さはそれ以上、だな」
「……」
もしかして美緒は…――うまく言えないけれど――、なにか区切りをつけようとしているのではないか。


「そうだ。覚えているか?あのとき…」




 しばらくの間思い出話に花を咲かせた。
いや、花が咲いたと思っているのは美緒だけだ。
美緒は懐かしげに遠くを見つめながら柔らかい声音で話し続けたが、相づちを打つ私の心にはどんどんと重いものが広がっていった。

「ミーナ、お前には、感謝してもしきれないんだ。
 今まで本当に…ありがとう」
三度目の“ありがとう”。前に“今まで”がついたから、間違いなくこれは別れの言葉なのだ。

 この人は…美緒は、私との別れの儀式をしようとしている。
二人で思い出を分かちあって、そう…区切りをつけて、今ここで話していることも…感じた想いもすべて思い出にして。
そして故郷へと帰るつもりなのではないか。

「……ミーナ!」
気付くと、私の頬に熱いものがつたっていた。
「…美緒ぉっ…!」
嫌。貴女との関係を、思い出にしたくない。
私の気持ち、わかってよ…美緒!

ふと、いつもの香りが漂った。大好きな漆黒の髪の香りだ。
私は美緒に抱きしめられていた。

「すまない、ミーナ」
 愛する人の温もりに、とめどなく溢れる涙。
この温もりを感じられなくなるのだと考えると、にじんだ視界はさらに潤みを増していく。

「お前の気持ちを聞かせてほしい」
「私…はっ、貴女を…貴女が、好き…」
言葉を選んでいる余裕などない。
「……ああ…」
「美緒は…私と…っ、別れの儀式、をしようと…してるんでしょ…!?」
「別れの、儀式?」
「っん…。私、いや…いやなの…っ!はなれたくない!はなれたくないよぉ…っ!」
私は自分の気持ちを抑えることができなかった。

「――ミーナ…」

少し身体を離して口づけを交わす。
長くて深いそれに塩の味が混じった。

唇を離し、目を開いて初めて、美緒の瞳から光る粒が零れているのに気づく。
「悪い…こんなつもりじゃ…」
美緒はそう言って私の肩に頭を預けてきた。

自分に厳しく、また気丈で豪快で、恋人にでさえ弱みをみせない彼女が、
初めて私にみせた涙だった。


どれくらいそうしていただろうか。肩に感じる美緒の頭の重みが、心地よいとさえ感じる。

やがてゆっくりと起きあがった美緒は、そのまま私の軍服の襟に手を掛けた。
リボンをほどいて、ボタンを2、3個外してから美緒は私をじっと見る。なんて綺麗なひとだろう。…自分の頬が朱に染まるのを感じた。

「ねえ、これも…儀式のひとつなの?」
私が言うと、美緒は目を丸くし、そしてすぐ優しい笑みを浮かべる。
「馬鹿だな、ミーナは」
「……」
「この私が、こんなにも愛したお前を、そう簡単に手放すとでも?」
「…え、…」
不意打ち。思わず言葉を失った。それって…どういう意味?
「…つまり、だ。…ミーナ、愛してる」
言いながら私の頬にキスをする。
 心に広がっていた重いものが、一気に砕かれた。
「!…っ、美緒…私も、愛してるから…!」
返事の代わりなのか、美緒の唇は、頬から首、首から鎖骨へとおりていく。
ついに肩がむき出しになった。
肩に唇が降りる、と思った瞬間、美緒は方向転換をして私の額に接吻する。
そしてなにか気づいたように口を開いた。

「…訂正しなければならないな」
なんのことだかわからなかった。

「これは、別れの儀式なんかじゃない」
じっとお互いを見つめあって。

「再会の、約束だ。」

 ああ…ほんとうに、ほんとうに、大好き。
心から…そう思った。
 砕き割られたものが、一つ残らず消えていくようだった。




「それにな、私たちは家族。…お前がいつも言っていることだろ?
 家族は…たとえ物理的に離れたとしても、ずっと心の奥でつながっているものだと思うんだ。違うか?」

「そう…そして私たちは、再び出会うのね?」
「ああ、絶対に。」
 誇らしい表情と張りのある声で誓った美緒は、とても魅力的だった。
けれどそんなキリッとした表情もすぐに優しいものへと変わる。
「この戦いが終わったら、その時は…いや、それはまだいい。まずはその時まで…」

美緒は美しく微笑し、私の耳元で囁いた。

「私のことを忘れられない身体にしてやろう」

…言い掛けた言葉の続きが気になるのですけれど、坂本少佐?
なんて冗談めかして言おうとしたのに、そんな言葉をさらっと言うものだから!
「……ええ。けれど先に、」
私は美緒の手を取って、そのしなやかな手の甲に接吻した。
…だって美緒は私の可愛いお姫さまだから。

「あなたの身体に私をたくさん刻んであげる」

ぎゅっと抱きしめて目を閉じる。

この戦争が終わるまで――次に会うその時まで、この温もりを抱きしめていよう。
今、確かに私たちはひとつになっているのだから。


離れることは寂しいけれど、想いが、心がつながっているから。きっと、…いいえ、絶対大丈夫。

あなたのこと、1日たりとも忘れたりしないわ。
だからあなたも、ね?


Fin


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