お父さん


それはとても温かい春の朝の出来事です。

芳佳さんが目を覚ますと、もうお日様が部屋の中一杯に差し込んでいました。

「・・・いけない?! 寝坊しちゃった!」

慌てて、お布団をたたむと、台所からとてもいい匂いがしてきます。
それだけではありません。
トントントン・・・コトコトコト・・・グツグツグツ。
何だかおいしそうな音もしてきます。
顔を洗ってから急いで台所に向かうと、そこではお嫁さんのリーネさんが忙しそうに朝ご飯の準備をしていました。

「あっ、芳佳ちゃん、おはよう♪」
「ごめん、リーネちゃん! 寝坊しちゃった・・・」
「ふふ。大丈夫だよ。もうすこしでご飯が出来るから、ちょっと待っててね」

リーネさんは謝る芳佳さんに天使の様な笑顔を見せてくれました。
そしてまた、忙しそうに料理に取り掛かります。
重そうなお鍋を持つリーネさんを見て、芳佳さんは慌てて止めに入りました。

「あっ、私がやるから! リーネちゃんはゆっくりしてなきゃダメだよ!」
「これくらい、平気だよ。芳佳ちゃんの方こそ、毎日、診療所が忙しいんだから、お休みの日くらいはゆっくりしてて」
「ううん。ダメダメ!」

重たい鍋を置くと、芳佳さんはそっとリーネさんのお腹に触れました。

「リーネちゃんは、もうすぐお母さんになるんだから・・・」

可愛らしい真っ白なエプロンを着たリーネさん。
そのお腹はとても大きくなっていました。


「ふぅ・・・ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした・・・芳佳ちゃん、大盛りにしすぎだよぉ。ご飯の食べ過ぎで、苦しいよ・・・」
「えぇ~、多くないよ。リーネちゃんは二人分は食べなきゃダメなんだから」
「私、そんなに食べれないよ」
「だ~め。食べるの。モリモリ食べて、元気な赤ちゃんを産んでもらうの」

不満そうな顔のリーネさんを諭しながら、芳佳さんは片付けを始めました。
リーネさんも芳佳さんを手伝おうとしますが、芳佳さんはそれも止めさせます。

「片付けも私がやるからいいよ。リーネちゃんは休んでて」
「これくらい出来るよ。それに、すこしは運動しないと逆によくないんだよ? 」
「そうなの?」
「そうなの。私のお母さんはいつも、陣痛が始める直前までお庭のお手入れをしたり、買物に行ったりしてたんだから」
「へぇ~。リーネちゃんのお母さんは肝っ玉母さんだね・・・じゃあ、洗ったお皿を拭いてくれるかな?」
「うん、いいよ♪」

二人は台所に立つと、仲良く洗い物を始めました。
バシャバシャバシャ・・・ゴシゴシゴシ・・・ふきふきふき。
汚れた沢山のお皿がピカピカになっていきます。

「・・・でも、あんまり無理しちゃダメだからね?」
「うん。大丈夫だよ」
「階段の上り下りもしちゃダメだよ。 それと、掃除は全部私がするから動き回っちゃだめだよ」
「はいはい」
「朝晩はまだ寒いんだから、ちゃんと暖かい格好してね。 あっ、それから、呼吸の練習もしなきゃね」

お皿を洗いながら何度も何度もリーネさんを気遣う芳佳さん。
しばらく、それを聞いていたリーネさんは突然、クスクスと笑い始めました。

「どうしたの? 私、ヘンなこと言ったかな?」
「ふふ。芳佳ちゃん、すっかり、お父さんだね」
「へっ? そ、そうかな?」
「うん。凄くお父さんらしくなった」

そう言うと、リーネさんは去年の夏のことを思い出します。
一緒にお医者さんのところに行った時に、緊張して右往左往していた芳佳さん。
お医者さんから、お父さんになった事を告げられて、ビックリして倒れてしまった芳佳さん。
それからしばらくの間、寝込んでしまった芳佳さん。
そんな感じで、最初はちょっと頼りなかった芳佳さんだけれど、今ではお父さんとして、しっかりとリーネさんのことを支えてくれています。
リーネさんはそんな芳佳さんのお嫁さんになって、本当に良かったと思いました。

「私、元気な赤ちゃんを産むから・・・芳佳ちゃんみたいに優しくて、元気な赤ちゃんを産むからね」
「ふふふ。ありがとう。 でも、私はリーネちゃんみたいな可愛い赤ちゃんを産んで欲しいかな」
「もう、芳佳ちゃんってば・・・」

これから、産まれてくる赤ちゃんのことを考えながら、芳佳さんとリーネさんは目を合わせて笑い合いました。
・・・その時です。

「・・・?! よ、芳佳ちゃん」
「どうしたの、リーネちゃん?」
「き、来ちゃったみたい・・・」
「・・・・・・えぇぇぇぇ!!! ど、ど、ど、どうしよう?!」
「とりあえず、お医者さん呼んでくれるかな・・・」
「わ、わかった!!」

勝手口のドアを開けると、割烹着姿のまま、裸足で芳佳さんは台所から外へと飛び出していきます。
何度か転びそうになりながら、お医者さんの家の方へ走っていく芳佳さんを見て、リーネさんは苦笑いを浮かべました。
花が咲き始めた庭には、真っ白なちょうちょが二匹、仲良く飛んでいました。


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