無題
ふと、ドアがあけられるような気配にしずんでいた意識が覚醒する。目は閉じたまま
にしてもまだ夜中だとわかるほど室内は暗く、ルッキーニだろうか、とシャーリーはまだ
半分が夢の中の意識でぼんやりと考えた。やつがシャーリーの寝床にもぐりこむことは
めずらしくない。しかしおかしいことには、ルッキーニはシャーリーに気づかれるような
ヘマはしないということ。朝目覚めてやっと、シャーリーは自分の胸を枕にしている少女
を見つけるのだ。変だな、と思っているうちに気配が近づき、シャーリーがさすがに
そろそろ目をあけなくては、と思いたったところで自分のとなりにばたんとなにかが落ちた。
「へっ……」
ぎょっとしてやっと目をあけると、それよりも先に自分をつつんでいたシーツがうばわれる。
なんだなんだ、と反射的に体をおこしてベッドの壁際に避難し彼女はやっと侵入者を識別
した。それはもう驚いたね。そこにいたのはゲルトルート・バルクホルン大尉そのひとであった。
シャーリーはいまだ状況が判断できないまま、ひとのベッドでひとのシーツをかぶって
すやすやとねむりについているバルクホルンをまじまじと見つめ、再びぎょっとする。なんで
服着てないんだこのひと。
「ちょっと、かんべんしてよ……」
ふと床を見れば、見なれないローブのようなものが脱ぎ落とされたそのままの姿で
たたずんでいる。そういえばカールスラント人は裸で寝ると聞いたことがある。察するに、
夜中にトイレにでもいってねぼけて部屋を間違ってしまったといったところか。ねぼけて
いてもその格好のまま自室外にでないことはできたのに、どうして部屋はまちがえやがる
のだろう。ため息をつきつつも、しかしだ、とシャーリーは思う。この堅物殿でもねぼけること
があるんだなあと、なかなかいい弱みをつかむことができたじゃないか。自身の、いい
言い方をすればおおらかなところついて、たまに嫌味を言われてはすこしだけおもしろくないと
思っていたのだ。
「ちょっとちょっと、おきなよ。部屋まちがってるよあんた」
肩を軽くゆすってみても、バルクホルンはわずかに眉をよせる程度だった。どうやら
大尉殿はねむりも存分に深い性質らしい。おーい、おきなって。すこしつよめに肩をゆすると、
今度は緩慢な動きで手ではらわれて、そのまま向こうにねがえりを打ってしまう。
「ちぇっ、めんどくさいな」
おきろってば。背後からおおいかぶさって、ほほをかるくつねってやった。途端。
「……んや」
また手をはらわれて、それで、なんだいまの甘い声。シャーリーは思わず噴出しそうに
なったのを必死で我慢して口をおさえる。
(な、なんだいまの……超かわいい、超うける……)
ぶくく、と我慢しきれない笑い声がもれてもバルクホルンはまだおきない。本格的に
おもしろい。シャーリーはにやにやしながらまたバルクホルンのほほへの攻撃を開始した。
その意外とやわらかなほほを指先でつつくたびに、バルクホルンは「んー」やら「やー」やら
こどもみたいなうめき声をあげる。そして緩慢な手がシャーリーの手をはらうのもわすれない。
(ぎゃーやばい。超おもしろいよこれ弱みどころの話じゃない)
よく見ればいつも真面目な顔をしているバルクホルンもねむってしまえばそれなりに
かわいらしいただの少女だ。ちょっかいをかけるたびにすねたように表情が変わるのも
なかなか乙なものであり、度々もれる無意識の抗議の声にならぬ声はいくら聞いても
飽きそうにない。
(やべ、とまんない……)
にやけたシャーリーの遊び心はとどまるところをしらず、バルクホルンはいまだ夢の中。
第501統合航空戦闘団の夜はといえば、着実にふけていくのであった。
----------
早朝。バルクホルンは青ざめた顔でこれでもかというほど混乱していた。自身が裸なのは
いつものこととして、いまいるこのとっちらかった部屋はどう見ても自室でなく、そしてなにより、
となりで下着姿ですやすやと寝息をたてているのは、リベリオンの楽天家ときているのだ。
いったいどうして、こんなことになっている!
「……ん」
隣人のうめき声にぎくりとなる。ぎぎぎ、と油の切れた機械のようにゆっくりと顔を横に
向けると、ぼんやりと目をあけたシャーリーと視線がぶつかる。だらだらと脂汗が出てきた。
「……もう、きのうのあんた、すごすぎ……」
さらには、んふ、という嫌になるほど色っぽいため息をつきつつそう言われては、すっかり
血の気のうせていた顔がさらに白くなり、ついでに目のまえも白くなり、ふっと意識を飛ばす
ほかないバルクホルンなのであった。
おわり