Happy Birthday!!


ネウロイを殲滅したあと、ようやく基地に帰還した頃には空はすでに白んでいて。
私のしておいた報告が届いていたのだろう、すでに起床していた隊長に一連の報告をしたあと、ようやく自室への帰路に着いた。
私たちが例のネウロイをやっつけた事はなぜかもうみんなに知れ渡っているようで、すれ違う仲間たちが口々に
「お疲れ」などと声を掛けてくれる。

あたし、もう眠いよう。サーニャちゃんは?
なんて楽しげに話しているミヤフジとサーニャの一歩後ろを私も目をこすりながら歩く。
お父さんのピアノ効果だろうか、いつもよりご機嫌でいるサーニャの後ろ姿を見ているとどうしてかもやもやしてしまうけど、
今のところは割り込まないで居てやろう。サーニャが笑って居てくれれば私だって嬉しいのだ。
…その隣に居るのが私じゃなくたって、たぶん、きっと。
あ、いや、でも、私だったらそれはそれが一番嬉しいんだ。すごくすごく、嬉しいんだ。

またね、と手を振りながら自分の部屋に入って行ったミヤフジと分かれて、いよいよ二人きり。私とサーニャの部屋はもう少し先だ。

「……眠くないカ?」
「…うん、ちょっとだけ」
「そ、そっか」

切り出しに困って、迷って、ようやくひねり出したのはそんな一言。
眠さに頭がくらくらしてぼんやりして、言いたいことがぜんぜん頭から口のほうへ行ってくれない。

 誕生日、オメデトウ。
 生まれてきてくれて、アリガトウ。

後ろ姿を眺めながらたくさんたくさん考えたのに、何一つ口をついてはくれない。
いつも妙な気恥ずかしさや不安が邪魔をしてしまうのだ。…分かってる、私は臆病者だ。
スオムスのトップエースがなんだ、誰がダイヤのエースだ。ネウロイの撃墜数が、なんのパラメータになるんだ。
故郷にいた頃重ねられた称賛の数々を非憎げに頭に並べながら思う。
自分の気持ちを真っ直ぐに、言葉にして伝えられるミヤフジのほうがよっぽど人間として立派じゃないか。
面と向かっては絶対言ってやらない。けどうらやましいって思うんだ。
言葉にするのが恥ずかしくて出来ないからごまかして、行動に示してはうまく伝え切れずに嘆いて。たぶんその堂々巡り。

「…エイラ。」
唐突に、くい、と。衣服を掴んで押しとどめられた。
同時に発せられる私の名前についどきりとしてしまうのを誰が止められるだろうか。
だってサーニャの声はいつだって私の胸に柔らかく響くのだ。ましてやそれが自分の名前だった日には…なんて言うか、
その、心臓に悪い。いろんな意味で。
「な、なんだよ?」
思わすこぼれるすっ頓狂な声。サーニャはと言うと特に気にする素振りもなく、私の衣服を掴んだままそのすぐ横にある扉を指差す。

「…部屋。戻らないの?」
指されたそこは私の部屋に通じる扉で、そこでようやく自分が考えごとに夢中になってしまっていたことに気がついた。
自分の部屋についた事にも気付かないなんてどうかしてる。きっと疲れすぎてるんだ、そうに違いない。
「大丈夫…?」
私を見上げるサーニャの翠色の瞳が心配そうに揺れる。申し訳なさでいっぱいになって、安心させるように笑って返した。
「ダイジョウブ!」





じゃあ、おやすみ。扉を開けて自室に入ろうとしたら、服が何かに引っ掛かって踏み止どまった。
…なんなんだよー、と振り返ったら。
「…サーニャ?」
先ほどまでと同じようにサーニャが私の服のすそを引っつかんで押しとどめていた。
「…ナンナンダヨ?」
サーニャの部屋は隣だろ、と指差すも、なぜかサーニャはちょっと口を尖らせて私を見上げているばかり。
なんなんだよ、本当に、もう。…もしかして怒ってる?どうして?

「…怒ってる?」
もう一度たずねようと口を開いたら、予想外にもそれとまったく同じ事をなぜかサーニャからたずねられた。
「…怒ってル、って、ナンデダヨ」
ゆるく掴まれた服のすそを振りほどいてサーニャに向き直る。気まずそうにうつむくサーニャ。

たとえば私がサーニャを傷つけたり悲しませたりする事があっても、私がサーニャの行動に対して怒る事はまずないだろう。
そんな事当たり前だ。私はサーニャだけは決して傷つけたくない。そんなサーニャに傷つけられることはない。
「…ひみつ。言っちゃった、から」
「ハァ?」
「二人だけの秘密なのに、宮藤さんに言っちゃったから…」
ああ、そのことか、とようやく思い至る。昨晩の、サーニャのラジオのことだ。
「二人だけの秘密じゃなかったのか」と私が糾弾したのを、そんなに気にしていたのか。
「…怒ってナイヨ。だって特別だったじゃナイカ、昨日は」
努めて優しくささやきかけた。そう、だって昨日はサーニャも、ミヤフジも、誕生日だったのだ。
「でも」
「…デモ?」
「…エイラ、昨日からなんか、ヘン」
「…昨日ォ?」
そのまま言いとどまって、サーニャはうつむいてしまった。
何をしようにもいつのまにか正面からまた服のすそを掴まれていて身動きが取れない。なんなんだよう、本当に、もう。
サーニャの語る言葉は本当に少ない。それは別に構わないし、ルッキーニみたいにわけの分からないことを
まくし立てられても困るからいいのだけれど、

(怒ってるのはそっちじゃないかあ…)

こういうときは、困る。だってなにをしてあげればいいのかわからない。どこが悪いのかも分からないから、直しようがない。
頬を微かに膨らませて俯いているサーニャの頭に手を伸ばして恐る恐る撫でた。服の裾を掴む手が強くなる。
一緒に何かサーニャを安心させてやれる言葉を掛けてやりたかったけれど、私の口は肝心な時に全然役に立ってくれない。

「…リネットさんと話してた。」
しばらく沈黙が流れて、ようやくサーニャが口にしたのはそんな一言。
もしかしたらあの事かもしれない、と思いつつ目をそらしてごまかす。
「リーネとって…そんなの、いつものことジャン」
「…さっき、シャーロットさんとも。」
そうか、さっきサーニャがミヤフジと一緒に話してたときに、こっそりシャーリーに頼みごとをしていたのを見られていたのか。
思い当たる節は確かにあって、けれどこればかりは言うわけにはいかない。
「そ、それがどうしたんだヨ」
「…なに話してたの?」
「べ、別になんでもナイ、なんでもないってバ」
顔を上げたサーニャが今度こそ明らかに口を尖らせて私を見上げて来る。
焦る反面どこか気恥ずかしくて心臓がばくばくして来てしまう私はもういろいろとダメかもしれない。



「…教えて。」

尋問するかのようなサーニャの目。う゛、と言葉にならない声を上げて私は押し黙って、ひたすら首を振り続けるしかない。
サーニャが聞きたいのはきっと、さっき私がリーネたちにしていた「頼みごと」のことなんだろう。
けれどこればかりは言う訳にはいかないのだ。…だって、サーニャを喜ばせてあげたいから。
『サーニャに責められても絶対に言うなよ~?』
さきほど、にやにやと笑いながら言われたシャーリーのセリフが脳裏によみがえる。

「…もう、いい。」
「あ、サ、サーニャぁ~…」
ついに業を煮やしたのか、サーニャは私を押し込むようにして部屋に入って来た。
情けない声をあげる私をよそに、ぽいぽいと服を脱ぎ散らかしてベッドに倒れ込むサーニャ。
あの、サーニャ、ここは一応私の部屋で、私のベッドなんだけどなあ…もしかしたら当てつけられてるんだろうか。
うう、やっぱり怒ってるんだろうなあ。立ち尽くす私は困り果ててただただ頭をかくばかり。

「…ごめんナ」
しゃがみこんで、つぶやいた声はすごく小さいものだったから、たぶんサーニャには届かなかったろう。
ごめんよ、あんまりサーニャを傷つけたくはないけど。
「…今日ダケダカラ」
そう、今日だけだ。それも今日の、サーニャが起きる頃までだ。私とみんなとが、サーニャの知らない秘密を共有するのも。
でもそれも全部、サーニャのためなんだぞ。

(今日の誕生会、ミヤフジのことも祝ってやってくれないカナ。アイツ、サーニャと一緒だったんだ、誕生日。)

さきほどシャーリーに頼んでいたのは、そんなこと。
父親の命日だなんだって気にして、言い出せずにいたミヤフジのことを思い出す。
あの口振りじゃどうせ今までだって毎年喜んでもいいのか迷いながら、内心は祝って欲しかったに違いない。
それなら祝ってやらなきゃだめだろ。サーニャの分も掛けて合わせて、これ以上ないってくらい盛大に。


だって私たちは、チームなんだから。


きっとリーネは大喜びだ。お祭り好きそうなルッキーニやシャーリーならたぶんいっそうはしゃぎ回るんだろう。
もちろんバルクホルン大尉やハルトマン中尉も巻き込んで、ペリーヌのやつにも手伝わせて。
たぶん騒ぎすぎてミーナ中佐に怒られたり、坂本少佐に笑われたりするんだろうな。
そしてサーニャは、ミヤフジは、そのまんなかで嬉しそうに笑ってるはず。たぶんすごく幸せそうにして。
それは私の見える範囲外の未来だけど…そんなちょっと先の未来を想像するのはなにも難しいことじゃない。

「…ゴメン。」
サーニャの服を畳んで、自分も服を脱いで揃えながら語りかけた。当然の事ながら返事はない。
ああ、なんか、泣きそうだ。でもガマンだ、ガマン。ここで私が言っちゃったら全部ダイナシだ。
「……あの、これ、アゲルから」
こっそり用意して置いたプレゼントのぬいぐるみを私の代わりにサーニャの傍らに置いて、私も距離を置いてそろりとベッドに入り込む。
うつぶせになって向こう側を向いていたサーニャが寝返りをうってこちら側を向いた。
薄目を開けてジト目で見てくるものだからなんだかすごく罪悪感が募るけど、今はごめんとしか言えない。

手を伸ばして、ぬいぐるみを抱きしめるサーニャ。
そのまま無言でこっちによって来て私の胸に顔をうずめるものだからどうしたらいいものか、もう、わからない。
(ああ、でも、)
ちょうど私のあご下辺りのあるサーニャの頭から、ふわふわとした柔らかい感触といい香り。
なによりとても温かかくて柔らかい。いろんなことがどうでも良くなって来る。

とりあえず今は、寝よう。すごくすごく、眠い。
「誕生日オメデトウ、サーニャ」
途切れそうな意識の中呟いたら、ぎゅ、とぬいぐるみごと抱きしめられた。


サーニャ視点ver:0256
裏話1149

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