元帥はあたし!-黒の章-
あ、わたし元帥になってしまったみたい…。
「へぇ~、サーニャが元帥か。どんな命令来るのか楽しみだなぁ~」
「誰かさん限定なら、いつも元帥だーよねぇ~?」
エイラとわたしが、その…、一歩進んだ関係…になってからは、何かと冷やかされることが多く
なった気がする。特にシャーリーさんとルッキーニちゃんから。そんな時、恥ずかしくて俯くわたしを、
エイラが壁になって庇ってくれるけど、何故かわたし絡みだと防戦一方になってしまって…。
「今度あたしが元帥引いたら、どうやってサーニャ口説いたのか、エイラに実演してもらうもんねぇ」
「何言ってんダヨ!名指しが出来ないように階級指定になってるんじゃないカ!」
「大丈夫さ、エイラ。お前の階級引き当てるまで、何度だって元帥になってみせるからな、アハハ」
「もっと有意義な事に元帥権限使えヨナ!」
「「有意義じゃん?」」
押され気味のエイラに、時々お母様が言ってたように、頑張って、あ・な・た♪って声を掛けてみ
たいけど、口にするのやめとくね。だってエイラのことだから、顔を紅くしたところを、さらに攻勢に
出られてしまいそうだもの。言葉にしない代わりに、そっと彼女の背中に手を添えるの。気持ち伝
わってれば嬉しいけど…。
「あの、そろそろサーニャちゃんの命令聞きませんか?」
芳佳ちゃんのこういう物怖じしないところ、羨ましいって思う。
だけど、ごめんね、芳佳ちゃん…。わたし、あなたの持ってるクジがどの階級なのか知ってるの。
だから、わたしが出そうとしてるミッションは、場合によっては、あなたを困らせる事になるかもしれ
ない。
「ああ、それもそうだな。で、サーニャ、命令は何だ?」
「今から指定する方々に…、キスをしてもらいます」
お~っと部屋にどよめきが起こった。期待に満ちた瞳を向けてくる方が意外に多くて、中でも
バルクホルン大尉が怖いくらいの眼差しを送ってくるのだけど。今回の芳佳ちゃんのお相手は、
あなたではないの…、ごめんなさい、お姉ちゃん。
前回、わたしに熱のこもった告白をしてくれた芳佳ちゃん。彼女に触発されたエイラが勇気を
出してくれて、…今のわたしたちがあるわけだけど…。きっかけを作ってくれた芳佳ちゃんに何
かお礼がしたくて、そして廻って来た元帥クジ。そうこれは、扶桑の言葉でいう「仕返し」?…は何か
違う。えっと「お礼参り」?…はかなり違う。とにかく感謝の気持ちを表したかったの。扶桑の言葉
は難しい…。的確な表現が出来なかったことに他意はないの。本当だよ?エイラ、あなたは信じて
くれる?
その気持ちを視線に乗せてエイラを見詰めたら、彼女は頬を染めながら、親指をぴっと立てた。
…微妙に通じてない気がする…。視線だけで会話ができるようになるのは、もう少し先かしら…。
「それで、階級は何ですの?」
「サーニャ頼むぞ!」
「トゥルーデ、変な圧力かけては駄目よ。ねぇ、サーニャ元帥♪」
こ、怖い…、特にミーナ中佐。思わず後ずさりしちゃった…。
「ゲームなんだし、恨みっこなしダロ!気にすんナ、サーニャ」
「大丈夫だから、サーニャちゃん。気楽に気楽に」
エイラと芳佳ちゃんからの援護射撃。嬉しいけれど、芳佳ちゃんは気楽ではなくなってしまう
かもなんだよ?
「えっと、キスするのは…、中佐と大尉です」
「「えっ!えぇぇぇえええ~!!」」
叫び声を上げて立ち上がった2人に、みんなが注目する。当の本人たちも互いを認識し合い
一瞬言葉を失っていた。
「あ…、えと…」
「う、嘘…」
「あ~こりゃ何とも捻りの無いペアになったねぇ~」
「つまんなぁ~い」
中佐のクジを手にした芳佳ちゃん、大尉のクジを手にしたリーネさん。2人とは対称的に、外野は
やや興ざめしたような雰囲気だ。わたしとしては、普段の様子から憎からず想い合っている2人だか
らこそ、クジを盗み見てまで指定したのだけど…。
「リーネちゃん、…キスだって…///」
「う、うん…///」
「わたし、リーネちゃんとなら、その…、いいかも…」
「わたしも芳佳ちゃんとなら…」
そこまで言ってリーネさんは俯いてしまった。心なしか震えてる?
「…けど、…だけどね」
「リーネちゃん?」
「ゲームだからとか、人前でとか、…グス、…そんなのは嫌…」
裾をギュッと握って、はらはらと涙を流し出したリーネさんを見て、こんな命令を出したことを激しく
後悔した。リーネさんは、2人きりの特別な事を大事にしたい人なんだって分かってしまったから…。
わたしだって…そうだから…。
みんなも押し黙って事の成り行きを見ている。
どうしようエイラ、わたしとんでもないこと…してしまった…。縋り付くように見上げたエイラの顔が
次第に滲んで見えてきた。動揺してるのが丸分かりなのに、それでも大丈夫ダって手を包み込んで
くれるエイラ。あなたのその不器用なとこが、今はとても嬉しくて愛しいの。
「だったら、尚更だよリーネちゃん。わたしは、リーネちゃんとキスしたいよ」
「…芳…佳ちゃん…?」
リーネさんが呆気に取られたように芳佳ちゃんを見詰める。リーネさんばかりでなく、みんなも同じ
様子だった。わたしも芳佳ちゃんが何を言ってるのか理解出来ずに、ぼんやり見ていた。
「ゲームだからじゃないよ。況してや軽い気持ちで言ってるわけでもないよ?」
「芳佳ちゃん…」
リーネさんの手を取り、自らの胸元へと押し当てながら、芳佳ちゃんは続ける。
「わたし、リーネちゃんと心重ね合わせたい。それをリーネちゃんと、みんなの前で誓いたいの」
シャーリーさんとルッキーニちゃんは、その身を寄せ合い、ハルトマン中尉がバルクホルン大尉の
肩に頭を預けて2人を見詰めていた。もちろんわたしも、エイラの腕の中で…。
これが、エイラの言う宮藤ワールドなんだね。ルッキーニちゃんは宮藤時空って言ってたかな…。
直向な芳佳ちゃんが周囲を巻き込む不思議な空間。
「わたしの心、リーネちゃんに預けるから、リーネちゃんの唇に触れさせて?誓わせて欲しいの」
「芳佳ちゃん…。わたしも!芳佳ちゃんに心預けるね。だから芳佳ちゃんの唇に、…誓いたい」
視線を絡ませ合い、2人の隔たりが消えていく。
「「誓いを…」」
重なり合った2人に安堵して、エイラの瞳を探した。彼女は情熱をその瞳に揺らして、既にわたし
を捉えていた。エイラがどうしたいのかは、もちろん分かってるの。でも、ごめんね。言葉にして欲しい
時もあるんだよ?わたしは、不思議そうに小首を傾げてみる。…意地悪だったかな。
「あ、あのな、サーニャ」
「うん?」
「サーニャの唇、あ、暖めても…いいカ?」
もう、エイラって本当に…。そんな愛しい不器用さんへ、少しスパイスを効かせた答えをひとつ。
「ずっと暖めてないと、許さないんだから…」
☆おしまい