赤と黒時々桃所により雷


 随分と空が高くなった気がするなぁ。
 涼しい風が吹く縁側で、わたしは過ぎ行く秋を見上げていた。すぐ横には、おやつにと作った
お手製白玉団子。甘み付けに黒蜜と餡子の2種類を用意した、ちょっと贅沢な昼下がり。
 団子を頬張りながら目に映す空を、すこし前までわたしは、大好きな仲間たちと舞っていたのだ。
もっとも、それは扶桑の空ではなく、ドーバーの上空だったのだけど…。

「リーネちゃん…、元気かなぁ」

 名前を口にすれば感傷的になるって分かっていながら、つい言葉にしてしまう。
 しっかりしないとね…、気合を入れなおすためにもまずはおやつだと、楊枝を刺そうとした時だった。
不意に庭先に人の気配を感じて顔を上げた。

「あ、…えっと、こんにちは」

 わたしと同じ年頃かな?一人の少女が立っていた。わたしと同じような形のセーラーを着ている。
ただ、印象的なのは、それが白ではなく、黒を基調としていたことだ。襟そして裾のラインが鮮やか
な紅色だった。すらりと伸びた脚も、手も、そして顔も、ルッキーニちゃんより幾分濃い目の褐色で、
短めに内に緩やかに巻いた髪は、サーニャちゃんの銀の髪を藤の花で染めたような淡い青紫だ。
そして何よりも心を奪われたのは、光に翳した赤ワインのようなクリアな紅い瞳。
 彼女は、わたしの言葉に小さく頷き微笑した。凛とした目元が柔らかくなり、それがまたわたしを
惹きつけて止まない。

「あの、良かったら一緒にいかがですか?」

 返事の代わりに、ゆっくりと縁側に寄って来て、お団子を挟んで座った彼女は、何を言うでも
なく、ただニッコリ微笑んでわたしを見詰めてくるのだ。頬が熱い。きっとわたし真っ赤な顔をして
るんだろうなぁ…。

「わ、わたし宮藤芳佳っていいます。あの、あなたは…?」

 呼びかけるにしても名前を知っておかないと。外国の方だよね?ブリタニア語で通じるかな…。
 しかし、その少女は、困ったような顔をして首を振るばかりだった。

「ひょっとして、…口が…?」

 どこか寂しそうにコクリと頷く少女。不意に出たとはいえ、何を訊いてるんだろ、わたしってば…。
軽く自己嫌悪に陥って俯いてしまう。

「え?」

 突然目の前に現れた白玉団子に驚いて顔を上げた。彼女が団子の刺さった楊枝を差し出していた。
にこっと笑って、口にするようにと促している。

「あ、えと、…ありがとう」

 照れたように笑って、わたしはそれをパクッと口に入れた。嬉しそうにしている少女にお返しがしたく
て、今度は、わたしが楊枝を手にした。団子に黒蜜をつけて口元へと差し出すと、美味しそうに食べて
くれた。何でだろ、とても満たされていく、…そんな感じ。

 だからだろうか。わたしは、端に置いた彼女の手に触れたくて、思わず手を伸ばしていた。少女は、
すぅっと手を引くと、人差し指を立て、左右にクイックイッと揺らした。おいたはダ・メ、という事だろうか。

「えへへ」

 誤魔化し笑いで頭を掻くと、クスクスっと笑われちゃった…。そんな彼女に見惚れてしまう。笑うの
止めた少女の真摯な瞳に釘付けになったまま、時間だけが過ぎていく…。

「芳佳ちゃぁ~~ん」

 そんな幻のような空間から、わたしを引き戻したのは、玄関先から聞こえたみっちゃんの声だった。
 少女がすっと立ち上がる。空の彼方を見詰める横顔に、もうお別れなんだと気付かされた。

「行っちゃうんだね…」

 不安げに見上げた私に、優しげに微笑んだかと思うと、彼女はいきなり屈み込んでわたしの頬に
その唇を落とした。

「…え、え、ええ!」

 驚いたわたしに、ウインクをして彼女は、ふわりと浮き上がる。

「話してはいけない、触れてもいけない。そう言われて来たけど…。ごめんね、やっぱり我慢できな
かったの♪」

 そして彼女は、今のわたしでは届かない遥かなる空へと舞い上がっていった…。少女が消えた後
も、わたしはぼんやりと空を眺めていた。

「芳佳ちゃん、ここに居たんだ?もう、返事してくれてもいいのに」
「…あ、みっちゃん。…ごめん」
「芳佳ちゃん、何か変だよ?大丈夫?」
「うん、心配かけてごめんね。…大丈夫、だと思う」

 気遣わしげに覗き込んでくるみっちゃんに、ボーっとしながらも何とか返事をする。

「声がしてたけど…、誰かいたの?」
「うん。…不意に現れて、突然帰っちゃった…」
「どんな人?」
「…外国の少女かな…」

 赤と黒が印象的な少女。今は遠いヨーロッパの空で出会ったあの子。結局わたしは、彼女に
触れることができないままだった…。

「触れてみたかったなぁ…」
「え?」
「…おっぱい…」

 みっちゃんの激しい突っ込みが、スパーン!っとわたしの後頭部に炸裂した瞬間だった。
☆おしまい


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