学園ウィッチーズ 第3話「友達への道のり」


 風呂場での一件以来、エイラとサーニャは、毎日一緒に登下校して、食事も、常に隣り合って食べるようになりすっかり仲の良い友達同士になっていた。
 そうはいっても、あの日からまだ数日ほどしか経っていないのだが。

「じゃあ、またあとでナ」
 高等部校舎に足を向けながら手を振るエイラに、サーニャは小さくうなづく。
 校舎に入ったエイラは自分のロッカーの鍵を開ける。
 とたん、隙間から押し込まれたと思われる何通かの封筒がエイラのつま先に落ちてくる。
 数日前にもらったような、かわいらしい色の封筒。
 果たし状ではないことは確かだろう。
 エイラはため息をつきながらも、かがんで、拾い始める。
 すると、隣から手が伸びてきて、手紙を拾い上げ、エイラに渡す。
「リーネか、おはよう」
「おはよう、エイラさん」
 リーネはぽかぽか陽気のような笑顔を振りまく。
 エイラは、よっ、と言いながら、立ち上がり、封筒を確認する。エイラ宛ではあるようだが、差出人はいずれも書いていない。
「もてもてですね」と、リーネが覗き込むようにして言う。
「そ、そんなんじゃねーよ。最近ここ来たばっかだし。物珍しさで……出してきてるだけ……ダロ。まあ、嬉しいけどさ…」
 エイラは、言葉どおり、嬉しさを感じないわけでもないが、どこか引っかかっていて、難しい顔をしながら、整えた封筒をロッカーに押し込む。
「まったく、朝から何を話しているのかと思えば、恋愛御法度とは申しませんけど、ほどほどにしたほうがよろしくてよ」
 エイラの隣にいつの間にか立っていたペリーヌが髪をかき上げる。
「うあっ! いつからいたんだよ、ツンツンメガネ!」
「まあ、失礼な! なんていう呼び方をしますの、エイラさん!」
 エイラとペリーヌは犬同士のケンカのように互いに歯をむき出さんばかりの勢いで向かい合う。
 リーネは止めようとするも、気圧されて間には入れそうになく、力なく笑った。
 瞬間、リーネは背後に気配を感じ、振り返ると、彼女のすぐ横を、長い銀髪をさらりとたなびかせ、くわえタバコした女が通り過ぎエイラとペリーヌの前に立ち、くわえていたタバコを指に挟んで、煙を吐いた。
「おい。ケンカはよせ」
 怒鳴るでもなく、淡々とした口調ではあったが、二人の少女は、女の鋭い視線に射抜かれて、静かになる。
 女は二人が静かになったのを確かめると、またたばこを大きく吸い上げ、去っていく。
「ビューリングさぁん、校内は禁煙ですぅ……」
 エルマがそう言いながら、銀髪の女――ビューリングを追いかける。
「なんていう不良教師だヨ……」
 エイラとペリーヌは、その様子を並んで見ながらも、視線が合った途端、ふんっと互いに背中を向けてしまう。

「それで、ペリーヌさんとこじれちゃったの?」
 屋上にて、寝転がったエイラの隣で体育座りをしたサーニャが顔を向ける。
「そこまでおおげさなもんじゃないって。誰だってうまくかみ合わない人間の一人や二人…」
「でも、ツンツンメガネは酷い……かも」
 エイラはぎくりとした顔をして、押し黙ってしまう。
 確かに、思ったとおりに、気の赴くままに、呼んでしまった。決して反省していわけでもないが、ペリーヌの噛み付きっぷりに後に引けなくなったのも、事実であった。
 エイラは、眉間にしわを寄せて考え込んでしまう。
 サーニャは、体をひねり、両肘を突いて、手にあごを乗せ、エイラを見やる。
「……私、エイラの空色の瞳に映る雲を見るのが好き」
「……な、何言ってんダ。はずかしい…」
「501号館の寮のみんなも好き」
 みんなも。
 サーニャの言葉を聞いて、エイラの心の奥にほんの少しもやつきが生まれる。
 エイラは、その感情にあえて気がつかないふりをして、そしてサーニャが何を言わんとしているかを感じ取って、彼女の他人に対する優しさに感心し、体を起こす。
「そう、だよな……。一緒に暮らす仲間なんだから、ギスギスは嫌だよナ」
 エイラが差し向けた笑顔に、サーニャも微笑み返した。
 
 その後、エイラはペリーヌとの接触を図るが、バツの悪さとタイミングの悪さが相まってか、なかなか機会をつかめずにいた。しかも、ペリーヌと目が合うたびに、彼女がついっと顔を背けるものだから、エイラも気が削がれ始める。
 放課後になる頃には、昼間のやる気が3分の2ほど消滅していた。
 残ったやる気を振り絞って、エイラはペリーヌに近づきかけるが、教室のドアが開き、エルマが顔を覗かせ、エイラを呼び出す。

 準備室の安ソファに座らされたエイラの前に紅茶が置かれた。
「あのさ……。生徒なんだからお茶は出さなくても…」
「あ……」
 エルマは一人で盆を握り締め、やってしまったという顔をする。エイラは笑い出しそうになったが、目の前のか弱い、頼りない、でも大切な同郷の先輩であるエルマを傷つけまいと、我慢し、話題を振る。
「で、何の用?」
 エルマはエイラの向かいのソファにぽすんと座り、握った両のこぶしを膝の上に乗せて、顔を上げた。
「実は、これといって用はないんだけど…」
「へ?」
 エイラは思わず怪訝な顔を向けてしまう。
 ペリーヌに話しかける機会を奪われたようなものだからだ。
 思わずソファから腰を浮かしかけたが、
「あ、あのね。ほら、こっちに来てから、そろそろひと月経つし、どーしているかなぁって……。あなたは大切な後輩でもあるし…最近来なくなったし…」
 と言うエルマを前に、また、ソファに体を沈める。
 彼女は、彼女なりにエイラを気にかけていてくれたのだから。
 ふいにサーニャの顔を思い出し、エイラは瞳を細める。
「心配かけて、ごめん。実はさ、友達ができたんだ。サーニャって言う。それに寮に入ったし、なかなかこっちまで寄る余裕がナ…」
 不器用ながらも、まっすぐに、そして目を輝かせて出来事を伝えるエイラに、エルマの表情がぱっと明るくなった。
「良かった! こんな風に呼び出して、余計なお世話だったわね。ごめんなさい…」
 エルマは赤面しながら、頬をかく。
 エイラは首を振った。
「いや、いいんだ。そういう気遣いって、すごく大事だと思うから」


 準備室を出たエイラはどことなく軽快に廊下を進む。
 この学園に来る前だって、決して、人当たりの悪い生き方をしてきたというわけでもなかったが、この学園に来て、そして、サーニャの言葉で、エイラは自分が徐々に磨かれていくような、そんな感覚を覚え始めていた。
 ペリーヌには、寮に帰ってから謝ろう。
 そう思いかけていたエイラの数メートル前でペリーヌが花瓶を持って教室に入っていくところに出くわす。
 エイラは、こっそりと教室を覗き、中を確かめる。
 ペリーヌは水を注ぎいれたらしい花瓶を置くと、用意していたと思われる薔薇を入れ、微笑む。
 いつもの自信満々そうなアホネンのような高笑いではなく、年相応の無邪気さを秘めた、そんな微笑み。
 エイラはドアからわずかに離れて、わざと足音を立てた上で、ドアに手をかけ、開ける。
「……よっ」
 エイラは、さも今来たかのように演出しつつ、軽い挨拶をする。
「あら、まだいらしたの…」ペリーヌはわずかに驚きながら、背を向け、花瓶を元の位置に戻す。
「もう帰るよ。腹減ったし。サーニャ待ってるし」
「すっかり仲がよろしくなったのね」
「まあな」
 ペリーヌは、エイラが立ち去るのを待っているかのように、背を向けたままだ。エイラはそれに感づいて、言葉を接ぐ。
「あのさ。今朝、変な呼び方して悪かった。ごめんナ」
 ペリーヌはわずかに肩をぴくりと動かした。エイラは、しばらく待ったが、去るのが得策という考えに至り、ぱたぱたとドアに向って歩き出す。ペリーヌはあわてて振り向いた。
「わ、わたくしのほうも、少し、気が立ちすぎていましたわ……。ご…ご…ごめんなさい」
 エイラは、もう一度、ペリーヌに顔を向け、ふっと笑った。
「また、後でナ」
 去っていくエイラを見送り、ペリーヌは自分の頬がわずかに熱くなっていることに気づく。
「な、なんなのよ。わたくしは坂本先輩ひとすじですのに……」
 ペリーヌは、自分の頬を軽く叩いた。

第3話 終わり



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