無題


「エイラ…なんで私のズボン持っていっちゃったの…?」
「そ、それは…ゴメンっていってるじゃないかぁ~」
「…」
「そろそろ許してくれヨー」
「……ってくれたら…げる」
「え?」
「…エイラの服貸してくれたら許してあげる」
「わ、私の服って…サーニャには大きいダロ?」
「…いいの」

───

「エイラ、似合う?」
見慣れた衣服を着た、見慣れた顔の女の子が、私の目の前でぴょんと跳びはねた。
それだけで頭のどこかがやられてしまったようだ。頭がくらくらしてつい、頭を抑える私。
なんと言えばいいのか、わからずにただ口をパクパクさせる。

「~♪、♪」
嬉しそうにくるりとターンを決めて、今は鼻歌を歌っている。ご機嫌な証拠だ。
でも、どんなに機嫌がいいときだってこんな行動はとらないだろう。少なくとも私の知っているサーニャなら。
ルッキーニを動、とたとえるなら、サーニャはその真逆、静という言葉が誰よりも似合う。
喜びも悲しみも怒りも、とても静かに表現する。その感情の機微はとても曖昧で、私だっていまだに
それを完璧に捉える事は出来ないほど。

だったはず、なのだけど。

いま、私の服──つまりは、スオムスの軍服だ──を着て楽しそうに私の周りを動き回っているこの女の子は
明らかに普段のそれとは違っていた。
どう見てもに身の丈にあっていない、ぶかぶかの服。袖なんて当然余ってしまって指の先さえ出ていない。

(なにが、楽しいんだろ)

私の服を着たって何があるわけでもない。むしろサーニャにとって見たら不便なほうなのではないだろうか。
…そりゃ、元はと言えば私が今朝、ルッキーニに奪われた自分の重ねばき用のスボンの代わりにサーニャの
ものを持ち出してしまったのが原因で、いま私がこうして身ぐるみはがされて自分のベッドの上で呆けているのも、
その事を許す代わりに私の服を貸せとサーニャが言ってきたからなのだけれど。
もしかして私の困っている姿を見て楽しんでいるんだろうか?いいや、それにしてもサーニャはご機嫌が過ぎる。
どうしても理解できなくて、たずねてみたい気持ちをぐっとこらえる。だってあんなにも楽しそうなのだ。そこで
私が余計な口出しをしたらそれこそ興ざめと言うものだろう。

(まあ、いっカァ)

良く分からないけど、サーニャが笑ってくれているなら。
それで納得出来てしまう自分も相当おかしいのだろうけど、今の私にとってみたらそれが一番の優先事項だ。
ズボンの件は許してもらえたようだし、サーニャは楽しそうだし、言うことなんて無い。
…私が、少し肌寒いことを覗いては。

それにしても。
改めて、私の服を着ているサーニャを見やる。
意外と似合うなあ、なんて思ったのをバルクホルン大尉に知られてしまったらこっぴどく叱られてまうんだろう。
『貴様それでも軍人の端くれか!いいか、軍服と言うのはだな、軍属に所属する者の誇りで…』とかなんとか。
まあ、今日のバルクホルン大尉はハルトマン中尉のことでいっぱいいっぱいだろうからわざわざこんなところまで
くることはないだろうけど。
るん、るん。楽しそうにステップを踏むサーニャ。時折こちらを振り返っては、嬉しそうに微笑む。よくわからない
けど私も微笑み返す。

…と。不意に、窓から冷たい風が吹き込んで身震いをした。「くしゅん」と締まりのない音が口から漏れて、両手で自分の肩を抱く。
うう、寒い。そろそろ返してくれないかなあ、服。
そんな事を思いながら後ろの毛布に手を伸ばそうと体をひねったそのとき、見えないところから温もりに
抱きしめられた。びくりと先ほどとは別の意味で体を震わせると、そこには、やっぱり。
「さ、さーにゃ?」
当然の事ながら、サーニャがいた。
「…寒いの?エイラ」
「う、うん、マア…」
サーニャさん、あなたが服を奪ったからです、とは言わない。とりあえず言わない。

じゃあ、私が、温めてあげる。
言いながら胸に飛び込んでくるいたずら黒猫の衝撃でベッドに倒れこみながら諦めと呆れと気恥ずかしさに、
ため息をひとつ。

似合ってるよ。このままスオムスに来ればいいのに。

頭をよぎったその台詞はあまりにも気恥ずかしすぎるので、次に吸った息とともに飲み込むことにする。
「きょ、今日だけダカンナー」
今日何度言ったかか分からないこの台詞を口にして、とりあえず夕食の時間まではこの温かさに身を任せることにした。


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