学園ウィッチーズ 第4話「黄昏時のすれ違い」


 エイラは、一人、グラウンドに立って、夕陽を浴び、伸びた自分の影を見つめる。
 放課後から一時間は経ったため、人の姿はまばらであった。
 ふと、静かだったグラウンドに、エンジンの音が響き、ドルンと大きな音を立てて、大型のバイクが横切りかけ、止まる。
「おっす、エイラ」シャーリーがかけていたゴーグルを上げる。
「なんだ、シャーリーか……。というか、そのバイク、校内で乗り回していいのカ?」
「いいんだよ、シャーリーだからぁ」
 と、シャーリーの陰から、サイドカーに乗っていたルッキーニがひょっこり顔を出す。
「答えになってねーヨ。"雪女"ハッキネンに見つかっても知らないゾ」
「ま、そん時は同郷のウィッチであるエイラに免じて許してもらうことにするよ」
「無茶言え、説教は嫌だぞ!」
「ははは、冗談だよ。許可はちゃんとオヘア先生経由で取ってるって。……あいつが忘れていなきゃな」
「確実に忘れていそうダ…」
「そんときゃそんときってことで、じゃあ、また後でな」
 頭を抱えるエイラに、シャーリーはウィンクすると、アクセルをふかし、外に向け、バイクを走らせていく。
 サイドカーから大きく手を振るルッキーニに小さく手を振り返しながら、エイラは、また、伸びた自分の影を見つめた。
 
 理科室に据えられた大きな机の上で体をこごめて寝入っていたエーリカは目を覚まし、窓の外にいるエイラを見つけ、目をこする。
「おやおや、今日も待ちぼうけかな……、って白衣?」
 エーリカは自分に白衣がかけられていたことに気づく。
 次の瞬間、化学室のドアが開いた。
 ドアの向こうにもエーリカが立っていた。正確には、エーリカそっくりのメガネをかけた少女。
「もしかして、ウーシュがかけてくれたの?」
 ウーシュと呼ばれた、エーリカに似たメガネの少女は、エーリカの笑顔についっと顔を背ける。が、そっけない態度とは裏腹に頬はかすかに染まっていた。
「……鍵閉めたいから、早く起きて。教室から出て」
 エーリカはひょいと机から降り、ウーシュを覗き込むようにして、顔を近づける。子犬のようなまっすぐなまなざし。
「せっかく二人きりになれそうなのに、もう追い出すの?」
 どことなく不敵な笑みを向けるエーリカに、ウーシュは一歩後ずさって、すかさず彼女の後ろに回ると、ぐいと背中を押し、教室から追い出す。
「……こ、ここでは、私は先生。あなたは生徒。姉妹であることは忘れて。あと、ウーシュっていう呼び方も、もうやめて。みんなと同じく、ウルスラって呼んで」
 言葉の終盤部分を耳に入れ、エーリカは目を見張るが、反論の前にドアが閉まってしまう。
 エーリカは、怒るでもなく、泣きそうになるでもなく、少しばかり苦い顔をして、踵を返すと、わずかに暗くなり始めた廊下の向こうへ消えていく。

 生徒会室にて、ミーナとゲルトルートは向かい合わせに座って、黙々と互いの仕事を行っている。
 ゲルトルートが副会長、そしてミーナが生徒会長たまに会計、そしてエーリカが書記ではあるのだが、実質的な仕事はほとんど二人で回している。
 ミーナは、自分の分の仕事を終え、椅子にもたれ、伸びをする。
 ゲルトルートは、書類に目を通し、ペンを走らせる作業を黙々と続けていた。まるで、機械のように。
 ふと、手を止めて、
「終わったのなら、先に帰るといい」
 と、無表情な顔を向ける。ミーナは、一瞬、寂しげな笑みを見せ、机に両肘を突き、手の甲にあごを乗せ、言い返す。
「今は、帰りたくないの」
 二人は、わずかの間、見つめあう。静かな空気が、徐々に熱くなるような感覚。
 ゲルトルートは、何か言いたげに、口を開きかけるが、ぎゅっと真一文字に引き締め直すと、静かに顔を伏せ、作業を再開した。

 エイラは徐々に紫がかっていく空を、グラウンドの真ん中で佇んで、眺めていた。
 空の向こうで星が揺れ、輝き始める。
 ふと、後ろでグラウンドを規則正しく蹴る音が聞こえ、振り向くと、サーニャが肩で息をしながら、駆けてきた。
「遅れて、ごめんなさい……」
「どってことないよ。帰ろう」
 エイラは、サーニャを笑顔で迎え、ついさっきから待っていたかのような軽快さで言いのけると、歩き出す。
 サーニャはエイラに追いついて、隣に並ぶ。
「学級委員、大変そうだナ」
「うん」
「手伝ってもいいんだぞ」
「それは……ごめんなさい」
 エイラは、その言葉に激しく動揺して、立ち止まってしまう。
 サーニャは慌てて、話を続ける。
「気持ちは、嬉しいの。でも、自分の仕事だから、エイラに甘えたくないの。慣れてきたら、もっと早く終わるから…だから…」
 エイラは、真意を汲み取ったのか、ほっとしたような顔つきになる。
「そうだな。サーニャの言うとおりだ。サーニャが自分で引き受けた仕事なんだから、自分できっちりやらなきゃダメだよナ」
 エイラはそう言いながら、サーニャの肩をぽんと叩く。
 サーニャは、やわらかい笑顔を差し向けて、エイラの手をとり、目をしばたたく。
「エイラ、手、冷たい……。もしかして、今日はずっと外で…」
「そ、そんなんじゃ…」
 エイラの言葉を待たず、サーニャはエイラのわずかに冷えた手を口元に引き寄せ、はあっと息を当て、両手でさする。
「春だけど、夜は寒いから。今度から無理しないで中で待ってて」
「だから、どってことないって……。わ、私はスオムス生まれなんだぞ…」
 後ずさるエイラ。サーニャの手の温度がエイラの手にしみこみ始め、エイラの胸が高鳴り始める。
 緊張が、エイラを硬直させる。
 口は開くが、言葉が出ない。
 途端、エイラのお腹が空腹を伝えるようにかわいらしく鳴いた。
 一瞬の間をおいて、サーニャがくすくすと笑い、エイラもあわせるように笑う。
 二人の影が寄せ合ったまま、校門の向こうへ溶けていく。

 ミーナは、生徒会室の窓から、二人の様子を眺めていた。
 彼女の背後に、ゲルトルートが立ち、振り返りかけたミーナに彼女のかばんを渡す。
「……なにを見ている?」
「いいえ。思い出していたの、昔を」
 ゲルトルートは、ミーナの言葉の意図をつかみ切れないといった面持ちで、彼女を見つめ、踵を返し、ドアへ向かった。
「すっかり遅くなった。早く帰ろう」
 ミーナは、受け取ったかばんをぎゅっと握り締め、彼女のあとについて歩いた。

 第4話 終わり



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