オラーシャ1943 百合とチューリップ
眼下の町はすでにネウロイに侵され、私が空にいる間に父様たちもウラルの向こうへ行ってしまった。
私に飛ぶ事を教えてくれた隊長も、もう3ヶ月前にこの世を去った。
今の私にできる事は。ただネウロイを墜とす事だけ。
でも、そんな私ももう終わろうとしていた。
飛行隊の皆は私を残してこの空からいなくなっていた。
知覚してるだけで、私の周りには8機のネウロイ。
私の障壁は絶え間ない攻撃に曝されて刻一刻と削られていった……。
弾薬ももう残り少ない。
このまま、死ぬのかな。
そう思ったとき。
「白薔薇ぁ、3時方向に機種を向けてから降下しろー」
雑音しか流さなくなってた通信機から、カールスラント語で聞き覚えの無い声が響いた。
白百合~リーリヤとは呼ばれるけど、白薔薇~ヴァイセローズなんて呼ばれた事無い。
でも、なんとなくそれが私のことを示してるんだと気付いて、無心でダイブ。
どうやらその方向が包囲網の抜け道だったみたいで、私は一瞬だけ危機を抜け出す事ができた。
追いすがるネウロイを確認しようと背後を向き直ろうとした時、風を感じた。
背後では2機のネウロイが煙を吹いて錐揉みに陥りながら、あらぬ方向へと落ちていた。
カールスラントの制服に身を包んだ風のウィッチは、私の横に並ぶと人懐っこい笑顔をこちらに向けた。
そして私のストライカーユニットに描かれている白百合を見てから口を開いた。
「お花、好きなんだ? ってよく見ると薔薇じゃなかった~?」
場違いな質問だったけど、わたしはこくんと頷いた。
「ホラ、みてみて~」
と、少し先行して自身のストライカーユニットをちょいちょいと指差すと、そこには黒いテュリパンが描かれていた。
「お揃い」
多分私と同い年くらいの犬耳のウィッチはそういいながらニコッと笑った。
そんな会話をする間にも、体勢を立て直したネウロイは背後に迫りつつあった。
わたしが気にするそぶりを見せると、少し表情を引き締めて言った。
「私はカールスラント空軍JG52所属のハルトマン。無事に味方の所まで帰ろう」
無理だ、と思った。
もう私には魔力も武器も無い。
「なーんだその表情は~? さっきの戦い方もそうだったけど、おまえ生き残る積もり無いだろ」
そうだ、と思った。
さっきも死ぬつもりだった。一体でも多くのネウロイを道連れにして。
私は彼女から視線をそらし、俯いた。
と、その一瞬の隙にハルトマンさんは私の背後に廻り込むと私の黒猫の耳を甘噛みした。
「!」
「カワイイ顔してるんだから、そんなに沈んだ表情しちゃダメ~」
突然のそんなスキンシップに赤面し、一瞬の躊躇の後抗議しようとすると、ハルトマンさんが先に口を開いた。
「白薔薇少尉はこれより私の指揮下にはいんなさい。以後命令を聞くように」
キリっとした表情でちょっと無茶な事を言う。軍が違うのに。
でも私は頷いていた。
自分でも驚いたんだけど、短いやり取りのたったこれだけの事で私はずいぶんと元気付けられていた。
「で、これは自慢なんだけど私って列機を失った事が無いんだよね。だから、さっさと帰ってお花の話でもしよう。育てるのが苦手ですぐに枯らしちゃうんで、コツを聞きたいんだ」
「は、はい」
「あ、やっと喋ったね。それじゃ~行こうか。きっと皆待ってるよ」
そして私たちは、翼を翻して戦空に臨んだ。
生き残るために。