すべてを捧げて 番外編「解散間近」
ガリアからネウロイの巣が消え去って、数日、第501統合戦闘航空団の解散があと数時間と迫っていた。
ミーナの部屋にて、ゲルトルートは、目を覚まし、慎重に体を起こす。
ベッドのそばの時計は4時をさしていた。
彼女のすぐ隣で、ミーナは深い眠りについている。
ゲルトルートは、しばらくミーナの寝顔に見入った後、彼女を起こさないよう、ブランケットをかけ直してあげてから、立ち上がり、床に散らばった服を着こんで、部屋を後にする。
大浴場――
ゲルトルートは、服を脱ぎ、髪を解きかけた時に、別の棚の籠に、リベリオン陸軍の軍服が入っていることに気づく。
「おっす」
一足先に湯に浸かっていたシャーリーが、ゲルトルートに顔だけ向けて、手を上げる。
ゲルトルートは、ああ、と短く返して、シャワーのほうへ向かい、髪を洗い始めた。
シャーリーはゲルトルートが洗髪に専念している間に、湯の中を進み、彼女の真後ろから、眺め始めた。最初のうちは、にやついていたが、しばらくして、思案顔に切り替わる。
髪を洗い終えたゲルトルートは見つめられていることに気づき、ぎょっとするも、気を取り直し、シャーリーに並んで、湯に入った。
ゲルトルートはじっと目をつぶり、微動だにしない。
シャーリーは、そんな彼女にちらりと視線を移し、口を開いた。
「髪、おろしてんのもいい感じなのに、下ろさないの?」
「戦いの邪魔だからな」
「じゃあ、ハルトマンみたいに短くすりゃいいじゃん」
「それは…」
「オトメゴコロってやつ?」
ゲルトルートはぱっと目を開く。
シャーリーは、珍しいものを見つけた子供のような顔をして、言葉を続けた。
「こんな時間に来るなんて、もしかして、中佐とお楽しみのあととか?」
「な、何を?!」
あまりの動揺ぶりにシャーリーまで目をぱちくりする。
「うっそ、まじかよ。っかぁ~、あんたもやるときゃやるんだねえ大尉ぃ」
ゲルトルートはしまったと言わんばかりの顔で、自分の額を手の平でこすり、観念したかのように、湯に深く浸かった。髪が湯に漂う。
「……あまり、他言するなよ。お前はそういうところはわきまえていると思うが」
「お。嬉しいこといってくれるね、信頼してくれてるなんて」
「それなりに一緒にいたのだから、当たり前だ」
「そう、だな……」
ゲルトルートの真摯な言葉に、シャーリーは、思わず胸に迫るものを感じ、声のトーンが落ちた。
あと数時間で、皆が起床し、朝食を食べ、そして、解散――
翌日には大西洋を飛んでいるのかもしれない。
シャーリーは、考え込む。
そんなシャーリーの態度に、ゲルトルートは、気遣うように言葉を切り出す。
「……イェーガー、ひとまずリベリオンに帰るのか?」
「いや、ロマーニャ行ってルッキーニおろしてから帰る……のかな?」
「なんだ、歯切れが悪い」
「まだ実感わかなくてさ。本音を言うと、まだあいつのそばにいてやりたいっていうか」
「まさか、リベリオンの陸軍を抜ける気か」
「いや、さすがにそれは……。でも一瞬考えたかも…」
指で頬をかくシャーリーに、ゲルトルートは呆れたように息を吐いた。
「まるで子離れできない親だな」
「うっさいよ、シスコン」
「な、なんだと?!」
「ははは、悪い悪い。そういえば、言いそびれてたけど、妹さん、目ぇ覚まして良かったな。とはいっても、原隊復帰するなら、ブリタニアにはあまり行けそうもない、か…」
「ひとまず、明日以降は、ミーナとエーリカと数日ブリタニアに寄る予定だ」
「そっか、しばし戦士の休息ってやつだ」
「最初で最後の"戦士の休息"になればいいがな。それに、クリスの体が本調子になるまでに、すべての巣を殲滅できれば一番いい」
「ほぅ、現実主義者に大尉がそんな大きな目標を掲げるなんて珍しいですなぁ。これも愛の力がなせる技ですかね」
シャーリーがいつもの調子に戻って、ゲルトルートの肩に腕を回し、引き寄せる。
ゲルトルートは、言い返せず、のぼせたのか、照れているのか、ことさらに頬を染めた。
シャーリーは、しばらくゲルトルートに肌を密着させた後、離れて、湯から上がり、縁に座る。
「私も……、一日も早く戦いが終わるよう頑張るから、あんたも無茶せず、頑張ってくれよ、大尉」
ゲルトルートは、シャーリーの言葉を真剣な面持ちで聞き取ると、
「ああ。死ぬなよ、シャーリー。また会って、食卓で"電撃戦"をしよう」
と、言って拳を突き出す。シャーリーは珍しく名前で呼ばれたことに驚きつつも、同じように拳をつきだし、こつんとぶつけた。
「約束だよ」
ゲルトルートを残し、一足先に脱衣所にやって来たシャーリーは、入浴準備をしていたミーナに気がつく。
「おはようございます」
「おはよう、シャーリーさん」
いつもの微笑みを返すミーナ。シャーリーは、服に手を伸ばしかけ、意を決したかのように、ミーナに向かい合った。
体にタオルだけを巻いた状態で。
「こんな格好であれですけど……。明日、みんなの前でかしこまるのもなんか恥ずかしいし、辛気臭くなっちゃうから、今言います。今まで、ありがとうございました」
ミーナは、いつになく軍人然としたシャーリーに最初こそ驚きつつも、目を細めた。
「……至らないところもあったかもしれないけど、今まで、お疲れ様。原隊での活躍、期待してるわ」
ミーナはぴんと背筋を伸ばして、手を差し出す。
シャーリーも背筋を伸ばし、ミーナの手を握り返した。
「さよならは言いませんよ?」
「ええ」
二人は、互いに、力強い面持ちで、決心を新たにうなづきあった。