カールスラント1941 バルバロッサの幕間


我々の奮戦空しく、カールスラントの、いや欧州の西部戦線はネウロイに押され続けていた。
既にネウロイの勢力はガリアに達し、祖国カールスラントはリベリオンに亡命政府を樹立していた。
我々は日々ネウロイに立ち向かい、疲労は極限に達してはいた。
だがストライクウィッチ達は翼を休める事は出来なかったし、少なくとも私にはそのつもりも無かった。

そんな中、我々JG52に新たな命令が下った。
内容は最前線での爆撃部隊の護衛だった。
指揮官はルーデル大尉、言わずと知れた撃破王だ。
部隊の損耗率は高いが、受けた損害に対してその数十倍の戦果を挙げるという、にわかには信じ難い結果を出し続けている。
私は自然と気が引き締まった。
同じカールスラント軍人として、英雄たる撃破王の護衛を出来るとは非常に名誉な事だ。

「撃墜王のバルクホルン中尉か、我々の護衛をよろしく頼む。お前のようなエースを盾として戦場に赴ける事を光栄に思う」
 お互い顔は知っていたが、実際に面と向かって話すのは今回が初めてだった。
 そして、この英雄との邂逅に私は緊張していた。
 威厳と自信に満ちた切れ長の瞳は正に歴戦の勇士の持つ闘志に溢れ、オストマルクで刻まれたと言われる顔の傷跡もその美しさを損ねるものではなく、むしろ撃破王という二つ名に一層の彩を与えていた。
「こっ、こちらこそ光栄です、ルーデル大尉。命に代えてもこの任務を遂行させていただきます」
 少々声が上ずってしまった。
「フッ、そう硬くなるな中尉。私はただウィッチの義務を果たしているだけに過ぎん女だ。お前もただ義務を果たせばいい。それだけだ」
 大尉が義務を果たしているだけと言うならば他のウィッチは全て最低限の事すらこなせぬ無能か……。
 いや、これは全てのウィッチが大尉を目指せとの励ましのお言葉だ。この言葉は肝に命ぜねばなるまい。
 小さく呼吸を整えて気を引き締め、姿勢を正し、改めて正面から大尉を見据えた。
 と、その時になって初めて気付いた。
 大尉の右斜め後ろに立つ氷のバラのような美貌を持つ女性、副官のアーデルハイト中尉の他は、皆ガチガチに緊張した年若いウィッチ達だった。
 大尉率いる飛行隊は我が軍の最精鋭ではなかったのか?そんな私の視線に気付いたルーデル大尉は口を開いた。
「うちの部隊にいた腕利きは今バラバラになって各々部隊を率いているよ。なに、今は少々頼りないが、実戦を何度か経験すれば精鋭無比なシュツーカ乗りが出来上がる」
 爆撃機乗りとはそんなに簡単なものなのだろうか?疑問に思いながらも私は上官のその言葉を肯定した。
「ヤー、大尉のお言葉の通りであります」


 顔合わせのブリーフィングの後、私は一人大尉に呼び出された。
 滑走路の端に二人きりと言う状況に再び私は緊張していた。
 空には新人達のシュツーカが訓練の為に飛び回っていた。
「話は二点ある」
 私に背を向け、滑走路の向こうの空に眼を向けたまま大尉は言った。
「先程の話だが、お前はどう思っている? 本心を聞きたい」
「先程、と申しますと大尉殿の飛行隊新人の話でありますか?」
「その通りだ。どう思う? 個人的な意見で構わんよ、ゲルトルート」
 振り返りながら、大尉は言った。
 ファーストネームで名前を呼ばれた事に一瞬どぎまぎする。
 しかし、私の心の冷静な部分が、率直な意見を求められていると言う事に気付き、私はそのように応えた。
「私は不安を感じます。新兵にとって初戦を潜り抜ける事こそが、最も困難であると考えております」
「そうか」
 大尉は暫し瞑目し、言葉を繋いだ。
「先程は奴らを安心させる為にああは言ったが、私の読みでは半数も帰れまいと考えている」
「半数、ですか」
 半数が未帰還の予想。その数字は、想像していたよりも重い。
「だが、護衛部隊を束ねるものが同じ意見で安心したよ」
「命に代えても、大尉を、いえシュツーカ隊お守りします」
 私は気を引き締め、決意を語った。 
「この戦いは、まだまだ続く。だから、一人でも多くの経験を積んだウィッチを後に残して行きたい」
「はい」
「そういう事なので、今回の出撃で撃墜された味方は仮令敵地にあろうとも全て回収し、連れ帰るぞ」
 そう言って大尉は私にウィンクした。
「はい……へ?」
 私は恥ずかしい事に、かなり間抜けな声をあげてしまった。
「思いは同じなのだ、やれるだろう」
 大尉は鷹揚に語る。
「はい。しかし、敵前降下して落伍者を回収とは私には無茶に思えます。木乃伊取りが木乃伊になり兼ねません。勿論個人的には一人たりとも味方を見殺しにするつもりはありませんが……」
「フフ。お前は可愛いな。何事にも真面目だ」
「わ、私をからかったのですか!?」
 崩していた表情を少しだけ引き締め、口元にだけ微笑をたたえたまま大尉は言った。
「なぁに、戦闘脚部隊に荷物持ちをさせるつもりは無いさ。行きは爆弾を抱えてヨタヨタと飛び、帰りは帰りで負傷兵を抱えてフラフラと飛ぶ我々を全力で護ればいい」
 不敵さ、強さ、優しさ、様々なものを織り込んだ表情がそこにあった。
 私は不覚にも大尉にときめきを覚えてしまった。


「さて、二点目だが」
 と、大尉が間合いを詰めた。距離は互いのカールスラントの制服に押し込められた胸と胸が触れ合う程。
 私よりも頭半分くらい高い大尉の顔が間近に迫る。
 ち、近いです大尉。
 鼓動が高鳴る。
 と、その手が私のあごに当てられる。
 至近距離からの視線に射抜かれ、知らず知らずに俯き気味になっていた私の顔が、その力強くもしなやかな手によって持ち上げられた。
「顔が赤いぞ、トゥルーデ」
 あ、愛称で呼ばれてしまった。
 しかも、先程までの戦士然とした力強い声でなく、囁く様な、包み込むような、母性を感じさせる声。
 何か喋らないと……で、でも今声を出したら全部上擦って恥をかきそうだし……どどどどうするゲルトルート=バルクホルン!
「大丈夫か?」
 だだだ大丈夫です大尉! と、口に出来ずあごに添えられたその手に対して失礼にならない程度にがくがくと首を上下。
「そうか」
 どうやら意思は伝わったらしい。
 すると大尉は更に顔を近付けて囁く。
「ひとつ頼みがあるんだよ、トゥルーデ」
 再び愛称。何たる破壊力。
 余り見ていたら、その瞳に吸い込まれそうで、目線を逸らして応える。
「ナ、なんなりとっ」
 ああああああ、『ナ』が思いっきりひっくり返ってしまった! 何をしているトゥルーデ……いや、ゲルトルート・バルクホルン!
 カールスラント軍人として、恥ずかしくない受け答えをだな……。

 そこに、空襲を告げるサイレンが鳴り響いた。

 不覚にも纏っていた甘いピンクの空気は一瞬にして吹き飛び、私は反射的に管制塔を振り返った。
「無粋なネウロイだな」
 大尉は半歩下がり、戦士の顔と声で呟く。
「二点目は急ぎではない。また機会を見て話すとしよう」
 そして、さっきまで私に触れていた手で力強く背中を叩いた。
「さぁ行けバルクホルン中尉。行ってネウロイ共に撃墜王の戦いぶりを見せてやれ。そして我らシュツーカ隊のひよっこ共に安心を与えてやってくれ。貴様らはあの力強い翼に護られて飛ぶのだと」
「ヤーヴォール! フラオカピターン!」
 私は大尉に向き直って敬礼し、格納庫へ向かって駆け出した。
 二点目の話、頼みとは一体なんだったのか?
 そんな疑問もストライカーを穿く頃にはすっかり消え、私はウィッチとしての義務を果たす為、空へと舞い上がった。


続き:0272

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