無題
ぱちりと目を開けると月明かりがカーテンの端からのぞいていた。
どうしよう・・・全然眠くない・・・
リーネは小さく溜め息をついて体を起こした。
いつもならもう夢の中にいるはずなのに、考え事をしていたら眠気が飛んでしまったみたいだ。
考え事と言うか、頭の中が芳佳だらけになっていただけなのだが。
ホットミルクを作ったら眠れるかなぁ・・・
ベッドから下りてスリッパを引っ掛け、隣で寝ているであろう芳佳に気を配り、静かに部屋を出る。
消灯時間の過ぎた廊下は当然真っ暗だった。
風が窓を揺らすと、リーネの体は強張った。
芳佳に付いてきてもらいたいが、疲れて眠っているのに起こしてしまうのはかわいそうだ。
意を決して足を踏み出し、変なことは考えないようにと早足で食堂を目指した。
怖くない、怖くない・・・
しばらく歩くと、なにやら音というか声が漏れ聞こえてきた。
うっすらと聞こえる苦しそうな声にリーネは冷や汗を流す。
やっぱり芳佳ちゃんに付いてきてもらえばよかった・・・
こういう時は少しでも誰かの近くにいたくなるもので、体は自然と個室のほうに寄っていった。
しかし食堂へ進めば進むほど声は大きくなっていく。
こんな時バルクホルンさんは怖がらないのかな・・・
そう思ってゲルトルートの部屋を通りすぎようとしたが、足がはたと止まる。
この声は、ゲルトルートの部屋から聞こえている。
しかも聞き慣れないせいで分からなかったが、どうやらこの声もゲルトルートのもののようだ。
嫌な夢でも見ているのだろうと心配しながらも、だいぶ落ち着きを取り戻したリーネは再び食堂へと歩を進めようとした。
『はぁッ・・・・は・・だめだ・・』
ぴたりと体が硬直する。
こんなにはっきりと寝言を言う人は見たことがなかった。
そして何より、ゲルトルートの声は普段聞くことのない艶っぽさが感じられた。
もしかして誰かと部屋で――?
自分の想像のせいでリーネは人知れず赤面した。
そんなはずないと首を振っても、依然ドアの奥からは甘い声が聞こえてくる。
『んっ・・・ひぁ、あっ・・・・』
想像が確信へと変わった時にはもう、ドアにもたれて聞き耳をたてていた。
バルクホルンさん、こんな声するんだ・・・
胸の鼓動がうるさいくらいに激しい。
中での行為がどうなっているのか推測はつかない。
ホットミルクのことなど忘れ、好奇心の赴くまま盗み聞きをしているうちに、ゲルトルートが小さく叫んだ。
『も・・シャーリ・・・ッ・・・ふああぁッ!』
それきり、甘い声はしなくなった。
シャーリーって・・・シャーリーさんだよね・・・
シャーリーとゲルトルートが親しいのは気付いてはいたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
どうして二人が?とか、やはり年上の人は違うとか、考えが巡るうちに部屋の中から足音が聞こえてきた。
動くのが遅れたリーネがドアから離れた時には、目の前にタオルで身を包んだシャーリーが立っていた。
「盗み聞きかいリーネ?」
「ごっ、ごめんなさい!」
声が裏返ったリーネを、シャーリーは自分の唇に人差し指を立てて制する。
慌てて口をつぐむと、優しい声が静かに聞いてきた。
「・・・・・・あたしらの関係、わかった?」
確信が事実になる一言だった。
何をしていたのか、その問いだけで理解ができた。
サーニャのように頷くと、シャーリーはやれやれといった顔で踵を返し
「おやすみ。」
とだけ言い残してドアを閉めた。
しばらく呆然と立ち尽くしていたリーネだったが、ふと我に返り自分の部屋に戻ることにした。
眠れなかった理由も何もかも忘れ、ベッドで今の出来事を思い返したり、ゲルトルートとシャーリーのことを考えていたらとうとう朝になってしまい、後でミーナや坂本に叱られるはめになった。
もちろん寝不足になった大きな原因は誰にも言えないのだが。