学園ウィッチーズ 第6話「扶桑の魔女たち」


 エイラがサーニャへの想いを自覚し始めた日の翌朝。
 土曜日ということもあってか、部屋の外には平日のにぎやかさはなかった。エイラは、自室の天井をぼんやりながめ、昨夜の事を思い出す。
 珍しく、サーニャが饒舌に話しかけてきてくれた――はずなのだが、何を話したかは、さっぱり思い出せそうもない。ただただサーニャの表情を目に留め、相槌を打つのが精一杯で。
 ほんの前までの関係がまるで夢であったかのように、エイラは、サーニャをなかば神聖視すらし始めていた。まるで、自分の、彼女への想い自体を否定するかのように。
「私なんかじゃ…」
 エイラは、眠りなおすために、ブランケットを頭の上まで引っ張りあげる。しかしながら、体のほうは正直に、空腹を告げた。
 気の抜けた、腹の音が部屋に響く。
 エイラは、ブランケットをベッドから蹴り落とした。

「おはよう、エイラ」
 食堂に一番乗りしていたサーニャが、カップから口を外して、微笑みかける。
 エイラは、ひきつりそうになる顔を必死に抑えて、なんとか笑顔を差し向けた。
「おはよ、サーニャ」
 エイラは、皿にスープを盛って、サーニャの隣に、いつもより数センチ離れて座り、スープに口をつけ始める。
 味付けミスなのか、緊張のせいなのか、味をまったく感じない。
 エイラは思わず渋い顔をする。
「エイラ、具合悪いの?」
 サーニャが覗き込む。エイラは酷く動揺し、がちゃりとスプーンを皿にぶつける。
「い、いや……、味が…」
 スープに映るサーニャの顔。サーニャは、エイラのスプーンを取って、一口飲んだが、首をかしげた。
「別に、普通だよ? はい」
 スプーンを返すサーニャの指先と、エイラの指先が触れ、エイラは立ち上がってしまう。
 サーニャは、目を見開いて、エイラを見上げた。
 エイラは、しまったと思いながらも、
「し……、宿題が…あるんだ。部屋に、戻らなきゃ…」
「……でも、まだこんなに早い時間だし」
「先に終わらせたいんだ…ごめんナ…」
 サーニャの表情がわずかに曇ったのを、エイラは見逃すはずも無かったが、とりなす言葉が見つかりそうも無く、奥歯を噛み締め、食器を片付けると、足早に食堂を出て行った。
ちょうど食堂にやって来たペリーヌとリーネが勢いよく出て行ったエイラと、食堂で肩を落とすサーニャに視線を交互に運び、顔を見合わせた。
 サーニャは、食事を終えた後、エイラの部屋に行くのも気が引けたため、外の空気を吸うために、日光を避け、木陰沿いに歩きながら、寮の敷地内を歩く。
 中庭に近づいた頃、元気な声が聞こえてきて、その方向へ進むと、同じ寮の坂本と芳佳が、別の寮の扶桑の生徒たちと木刀を素振りしていた。
「おい、宮藤、キレがなくなってきてるぞ!」
「は、はい!」
 二人に見とれているサーニャの背後で影が揺れ、サーニャが振り向きかけた瞬間、胸がもまれる。
 どことなく遠い目をした、不思議な雰囲気の少女。
 サーニャの短い悲鳴に、その場の一同が注目した。
 その中の、ストレートヘアーの少女が、すばやくサーニャの背後の人物に近づき、ゲンコツを食らわす。
「疾風! あんた訓練さぼって何やってるの!」
「指先の鍛錬だ。五色もやってほしいか?」と、疾風と呼ばれた少女が、ストレートヘアーの少女――五色に指をわきわきさせながらにじり寄る。
 サーニャは、ただただぽかんとして、疾風と五色のどつき漫才のようなものに圧倒される。
「あなた、501号館の子かしら?」
 サーニャがもう一度振り向くと、今度は、坂本と同じぐらいの年恰好の少女が、貴婦人然としたふんわりとした雰囲気を漂わせつつも、山盛りのおにぎりを積んだ盆を持って立っていた。
「名前は……、サーニャさん、だったかしら?」
「は、はい。あの……はじめまして」
「はじめまして。504号館寮長の、竹井醇子です」
 
 エイラは、自室の机に突っ伏していた。
 宿題に手をつけている雰囲気は無い。
 そもそもあの場から退避するための方便であったのだから。
 さきほどのサーニャの曇り顔がエイラをざわめかせる。
 エイラは、自分憎さに机に一発頭突きする。
 鈍い音がして、エイラは思わず悶えた。
 と、その時、ドアがノックされる。エイラは額を押さえながら、ドアを開けると、ペリーヌとリーネが立っていた。
 二人は、エイラを見るなり、どことなく見え透いた作り笑顔を見せ、両脇から彼女をがっしり押さえ込むと、廊下を引きずっていく。
「おい、離せよ~…」
 ペリーヌとリーネは寮のテラスにエイラを運ぶと、据えられた椅子に座らせる。
 すかさず、リーネが、テーブルの上に並べた各々のカップに紅茶を注ぎ始めた。
「ナンナンダヨ…」
「あのね、ペリーヌさんがエイラさんを心配し…」
 ペリーヌがリーネの口を塞ぎ、椅子に座りなおし、髪をかき上げる。
「た、たまにはクラスメイトとお茶を囲んで語らいを楽しむべきでしょう」
「今そんな気分じゃ…」
 ペリーヌは、ふと視線を変え、中庭にいる扶桑の面々やサーニャを眺めた。
 リーネも、ペリーヌの視線の先の光景を眺め、押し黙る。

「うむ。醇子のおにぎりは相変わらず綺麗に三角握れているな」
 坂本が喜色満面でおにぎりにかぶりつく。
 醇子は褒め言葉ととっていいのかわからないといった困り顔をしながらも、湯飲みに茶を注ぎ、各々に渡していく。
 芳佳がサーニャに湯飲みを手渡す。
「はい、サーニャちゃん」
「あいがとう、宮藤さん」
「芳佳でいいよ」
 どことなく少年ぽく、嫌味なく笑顔を向ける芳佳に、サーニャはエイラを重ねている自分に気づく。
 昨夜の、うわの空状態だったエイラと、朝のエイラの変心を思い出し、ふっと心の奥に影がよぎるも、扶桑の面々に囲まれ、サーニャは戸惑いつつも、朝の出来事が徐々に自分の中で緩和していることに気がついた。
 急に黙ったペリーヌとリーネに気がつき、エイラは彼女たち同様中庭を見つめサーニャの姿に気づく。
 満面とまではいかないでも、扶桑の面々に微笑みを返すサーニャに胸をなでおろしつつ、
笑顔の消えた、すぐそばのペリーヌとリーネを交互に見て、つぶやいた。
「お前たちは、あっちに混ざらないのか? ツン……ペリーヌは、坂本先輩が好きなんだろう?」
「な、なにをいきなり?!」
「いや、バレバレだから……。で、リーネも宮藤好きだろう?」
「……うん。でもね……、芳佳ちゃんには芳佳ちゃんの交友があるから。ずっと自分のそばにだけいて欲しい、って思った時期もあったことは否定しないよ。けど、縛ってまでそばにいてもらって……それって本当に私が好きになった芳佳ちゃんなのかなあって…」
「め、珍しく同意見ね」と、ペリーヌが指でメガネを持ち上げながら、「要は、過度の独占欲は見苦しいのよ。おわかり、エイラさん?」「お前たちも、結構考えてるんだナ…」エイラが紅茶のカップをぐいと傾ける。
「あ、当たり前ですわ。それより、今朝サーニャさんと何かあったの?」
 エイラは、口いっぱいに含んだ紅茶をごっくりと飲み込む。
 リーネとペリーヌの視線がエイラに刺さる。なんでもねーよといういつもの返しは効きそうにないと判断し、エイラは口を開いた。
「私なんかが、サーニャのそばにいていいのかなって…その…引っかかり始めて…」
 ペリーヌが額に手を当てて、ごくごく長く息を吐いた。リーネも、いつものほんわか笑顔に呆れが透ける。
「な、なんだよ?」
「いつも言おう言おうと思って、黙ってあげてたけど……。エイラさん、あなた、お馬鹿が過ぎますわ」
「な、なんで?」
「あのね……。サーニャちゃん、エイラさんが来てから、すごく変わったんだよ?」とリーネがフォローを入れる。
 エイラがまばたきもせず口を開いているものだから、ペリーヌは思わずテーブルを叩く。
「つまり、サーニャさんはあなたがいてとっても喜んでいるはずなのよ!」
「そんなわけ…」
「「あるの!」」
 つい、リーネもペリーヌに同調して声を荒げる。

 リーネとペリーヌの大声に耳をじんじんさせながら、自室に戻ったエイラは、サーニャの部屋へ向かうか向かわないかで部屋の中を歩き回る。
 サーニャが自分を必要としているなんて。まさか。いや、そう言って、ついさっきまでリーネとペリーヌに説教に近い口調でまくし立てられたばかりだ。

「まずは、謝ろう」
 エイラは、自分に言い聞かせるように言って、ドアを開けた。
 ドアを開けたすぐそこにはサーニャが立っていた。
 エイラは固まる。
 サーニャは、エイラの許可を得ずに、そのまま部屋に入り、ベッドに座った。
 エイラは、破裂しそうなほど心臓を高鳴らせ、なんとか、後ろ手でドアを閉める。

 ――サーニャちゃん、エイラさんが来てから、すごく変わったんだよ?
 ――サーニャさんはあなたがいてとっても喜んでいるはずなのよ!

 エイラの頭の中でリーネとペリーヌの言葉がいったりきたりを繰り返す。
 本当に、サーニャは、自分を必要としてくれているのだろうか?
 そうだとして、私なんかが……。私なんかで……。
 エイラは自問自答するが、そっと自分の胸に手を当てて、息を吐いて、サーニャの隣に座った。
 エイラが座ったのを合図にしたかのように、サーニャがベッドに倒れこむ。
「ここでお昼寝させて」
 サーニャのどことなくうるんだ瞳を見、エイラは余計な考えをすべて取っ払い、ささやいた。
「……今日ダケダカンナ」
 エイラは、そっとサーニャの銀髪をなで、心の中でつぶやく。
 答えは、これから導けばいいや――


第6話 終わり



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