Gier Sündigen


結局のところ人間というやつは一度問題にぶち当たってしまうと、
そのことをいつまでも引き摺ってしまうものらしい。
根本的解決がなされない限り、記憶の呪縛からは逃れることはできない。
全くもって不条理な生き物だ。

あの一件以来、ハルトマンのアプローチはより積極的になっていった。
必要以上に密着したり、名前で呼ばせようと試みたり、
何のつもりか料理にまで手を伸ばして、鍋を一つダメにしたり。
正直、あのずぼらで楽観主義者のあいつにここまでさせていることに、
私は一種の罪悪感さえ抱き始めている。
そしてその度に、ミーナへの想いを振り切れないでいる自分に
呆れ返るばかりなのだった。

────────

そんなある日の夜。
私はミーナに呼ばれて司令室に顔を出していた。

「あなたにもそろそろ、こっちの仕事を覚えて欲しいと思って。
 それに最近、坂本少佐の調子が悪いみたいなの。」

そう言って書類の山から引き抜いた分厚いフォルダを私に手渡すと、
ミーナはその書類にサインやら印鑑やらを施す作業を始めた。
あの坂本少佐が不調か……などと考えながら、自分もソファに腰掛けて言われた通り中身の整理を始める。
静かな司令室に、ペンや紙の無機質な音だけが響く。
仕事はどれも全く実りのない、どこまでも単純で事務的な作業ではあったが、
そこにミーナがいること、目に見える形でミーナを支えているということが、
それらをまるでこの世の最高の娯楽のように変えるのだった。

「……ねえ」

不意にミーナが話しかけてきた。

「何だ?」
「あの子……フラウだけど。最近やけにあなたにべったりじゃない?
 何かあったのかしら?」
「ああ……。」

何てことだ。遂に恐れていた事態が起きてしまった。
ハルトマンの気持ちをミーナに知られることは、百害あって一利無しだ。
あいつには悪いがここは一つ、心を鬼にするしかない。

「知らないな。新しい勲章を貰って舞い上がってるんじゃないのか?」

うん、我ながらうまい逃げだ。
今日はあいつの柏葉・剣付騎士鉄十字章の授勲式だったから、言い訳としては上等だ。

「でも、あの子そんなことで喜ぶような性格だったかしら……。」
「さ、さあ……どうだったかな。」

前言撤回、全然ダメだった。
ハルトマンは勲章を床に放置するほど名誉に無関心じゃないか。

「……それに、原因はあなたにあるような気がするのよね、トゥルーデ。」

うぐ。まずい。

「どういう意味だ?」
「はっきりとは言えないけど、そうね……あなたがいない時のフラウって、
 どうも本調子じゃないっていうか、元気ないのよ。」

ああ、一体どう言い逃れすればいいというのだ。
もしくはこれが世に言う鎌かけというやつなのか?

「あ、あまり変わったようには見えなかったがな。
 いつもの気まぐれじゃあないのか?」
「だったらいつも通り、一日も経てば戻ると思わない?」
「それもそうだが……。」
「あなたはどう思ってるの?べったりされて。」
「どう……って……言われても」
「いえ、回りくどいのはやめてはっきり言いましょう。
 あの子、トゥルーデのこと好きなんじゃないの?」
「え、あ……」

……誰か助けてくれ。

────────

「どうなの?」
「どうって……それは……」

ミーナはいつしか作業をやめて私をじっと見ていた。
その眼差しには、冗談の色など欠片もない。

これは試されているのだろうか?
私の気持ちがどこに向いているのか、ハルトマンを通して知ろうとしているのだろうか?
いずれにせよ、誤解を招く事態だけは回避しなければならない。
しかしそれは同時に、私の想いをミーナに知られることになりかねない。
そんな度胸があったら苦労しないのだが……。

「……ハルトマンは、戦友だ。そして家族でもある。
 それ以上でもそれ以下でもない。」
「家族、ね。その通りだわ。
 じゃあ、私はどうなの?」

ミーナが何を考えているのかわからない。
これは何だ。何を求められているんだ。
いい加減腹を括れという運命かなんかなのか。
勘弁してくれ。

「ミーナは──……」
「私は、……何?」
「……ミーナも同じ、大切な家族で、戦友だ。
 他にどう例えようもないさ。」

「嘘吐き。」

即答された。

「何でそう思うんだ?」
「それはこっちの科白よ。私に言ったこと、もう忘れたの?」
「な、何の話だ?」
「あなた、言ったわよね。私のこと、……愛してるって。」
「それは……」
「嘘だったっていうの?」

えーと、何だ。
思考が全く回ってくれないんだがどうすればいいんだ。

「私、ずっと待ってたのよ?あなたがそう言ってくれるのを。だからあの時私、すごく嬉しくて……キスを交わして、やっと想いが伝わったって、そう思ったのに……!!
 なのにあなたときたら、次の日にはもう何も無かったみたいに元通り!!私が遠回しに誘っても全然気付きもしない!!
 あまつさえ、フラウと二人であんなことやそんなことを……っ!!」
「ミーナ、落ち着いてくれ。」
「あなたは私を何だと思ってるの!?
 あの時のキスは嘘だったっていうの!?
 答えて!!答えなさいよ!!」
「ミーナ!!」

違う、違うんだミーナ。
私はお前にそんなことを言って欲しくてこんな態度をとったんじゃないんだ。
私はただ……恐れていたんだ。
嫌われたくなかったから、確信の持てないお前の気持ちに踏み込めなかっただけなんだ。
だから聞いてくれ。聞かせてやるとも。
お前が望んでいるというなら何度でも言ってやる。

「私はミーナが好きだ。愛してる。誰よりも大切に想っているさ。」
「嘘だわ!!」
「嘘じゃない!!ただ、怖かったんだ。お前に嫌われかもしれないのに、好きだなんて言えないだろ。」
「じゃあどうしてあの時……」
「あの時は……その……ミ、ミーナがあんなことするから憔悴していたんだ。すまない。」
「謝らないで。」

ミーナは俯いたまま動かなくなった。
その表情は読み取ることはできなかったが、再び顔を上げた時には頬に一条、涙の痕が見えた気がした。

「信じていいのね……?」
「ああ。もちろんだ。」

ミーナは立ち上がって私の側に来ると、袖をぎゅっと引っ張って胸に身体を預けてくる。

「私も、愛してるわ……。」

ずっと聞きたかった言葉が私の中に流れ込んできた。

「トゥルーデが好き。もうずっと前から、こうしたかったの……。」
「私もだ、ミーナ。」

互いの名前を呼ぶ度に、想いがとめどなく溢れ出てくる。
それが零れ落ちないように、確かめ合うように、どちらからともなく唇が重ねられる。
最初は優しく、それから貪るように、私達はただ貪欲に求め合った。
唾液を飲み込む度に身体は熱くなり、その熱が脳をとろけさせ、
そのまま私達は────ソファに崩れ込んだ。

────────

やっとの思いでミーナを部屋まで運び込んだ私は、その穏やかな寝顔を眺めながら、
漸く湧き上がってきた実感に頭が沸騰しそうになっていた。
わ、私は遂に、ミーナと……っ!!いや、落ち着け、落ち着くんだ。

「んぅ……」

布団をかけ直してやると、むにゃむにゃと口元が動く。
私はそれを見届けてから、部屋を出てドアをそっと閉めた。
窓の外ではもう月が天頂を通り過ぎ、何もかもが眠りに就いている。
これ以上起きていては明日に響くだろう。

自分のベッドに飛び込むと、程良く冷めた布団が身体に纏った熱を奪っていく。
仰向けになって目を瞑れば、さっきまでの行為が瞼の裏に……う、いかんいかん。

「トゥルーデ」
「おわあっ!?」

突然の声に驚いて起き上がると、ドアのところにハルトマンが立っていた。

「ずるいよ……トゥルーデは」

バタン!!とドアを閉めると、私の方につかつかと歩み寄ってくる。
まさか……!?

「全部……見てたのか。」
「聞いてた、が正解」

何てことだ。

「ねえ、何で私じゃダメなの?」
「……人の気持ちに理由などあるか。お前には悪いが、これは譲れないことなんだ。」
「……トゥルーデのばか。」

ハルトマンは問答無用で私のベッドに乗り込んできた。
脱ぎ捨てた靴が壁にぶつかってゴン!!と鈍い音を立てる。

「何をする気だ。」
「わかってるくせに。」
「やめろハルトマン。そんなことは……」
「トゥルーデが悪いんだから。」

私が押し返す前に、両腕を掴まれて後ろに押し倒された。
一瞬の出来事だった。ハルトマンは獲物を捉えた時の眼で私を一睨みすると、
そのまま私の首筋をべろりと舐めた。

「ふあっ!?」

体が跳ね上がって声が勝手に出た。

「ミーナのこと散々攻めて、トゥルーデはまだ一度もイってないんでしょ?
 可哀想なトゥルーデ……私が代わりにいっぱいシてあげるからね。」

ハルトマンは恥じらいの欠片も見せずにそう言い放つ。
やめろ。やめてくれ。こんなのは間違ってる。
こんな、私にとってもお前にとっても良くないことは。
ああ、だというのに、どうしてこの身体は馬鹿正直に反応してるんだ。
どうして腕に力が入らないんだ。この快感は何だというんだ。

「んああ!!は、や、やめ……」
「うふ、トゥルーデもそんな可愛い声出せるんだね。
 もっと苛めてあげるよ。」

ハルトマンは信じられない動きで私の服を剥ぎ取った。
抵抗する力を持たなかった私は、なすがままにされた。
決して屈服しまいと思考を繰り返すほど、余計に敏感に反応するようにさえ感じた。

「はあ……最高だよトゥルーデ……早くイったところを見せて……」

いつしか思考は快楽の底に沈んでしまった。
身体のコントロールは最早指一つままならなかった。
そして、最後まで離すまいと必死で掴んでいた意識さえ、
私の手から零れてどこかへ飛んでいってしまった────


continue;



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