無題
だんだん明るくなりはじめた空。
お日様が顔を出して、薄紫が金色に変わっていく。
「ふわぁ…」
わたしは大きな欠伸をしながら基地に戻った。
昨夜はちょっと風が強くて、神経をはりつめていたからいつもより疲れちゃった。
ストライカーを脱いで、目を擦りながら静かな廊下を歩く。
…あれ?こんな朝早いのに、誰かいる…
「サーニャか?」
廊下を歩いていたのは、バルクホルン大尉だった。
「おはようございます…」
「おはよう。夜間哨戒、ご苦労だったな」
ぼんやりしたままのわたしの挨拶に、バルクホルン大尉は微笑んで返してくれた。
この基地に召集されたばかりの頃は少し怖かったけど、最近優しくなったなぁ、バルクホルン大尉…
「こんなに朝早く、どうしたんですか?」
わたしが尋ねると、バルクホルン大尉は何故かちょっと赤くなった。
「い、いや…たまたま目が覚めてしまって、ちょっと体を動かそうと思ってだな…」
「そうなん……ふあぁ…」
いけない、お話の途中なのに欠伸しちゃった。
「あぁ、ほら…早く部屋に帰って寝ろ。昨日は風が強かったから、疲れただろう」
バルクホルン大尉はわたしの背中をそっと支えて、部屋までついてきてくれた。
「大丈夫か?」
「はい…」
わたしのふらふらした足取りを心配してくれたのか、バルクホルン大尉はベッドまで手を引いてくれた。
初めて手、握った…
あんなに重い銃を軽々と操る人なのに…とっても柔らかくて、あたたかい手…
「じゃあ、おやすみ……?」
思わず、離そうとする手をきゅっと掴んでしまった。
「どうした、サーニャ」
不思議そうな顔をするバルクホルン大尉。
「あの……」
「ん?」
「…少しでいいから……一緒に寝てくれませんか…?」
この温もりを、もっと感じたい…
そう思ったら、いつの間にかこんな事をお願いしていた。
「別にかまわないが…私でいいのか?」
こくん、と頷いたら、また優しく微笑んでくれた。
すごく…綺麗な人……
バルクホルン大尉が軍服の上着を脱いでる間に、わたしも服を脱いだ。
わたしの服をさっと取って、てきぱきと、でも丁寧に畳んでくれた。
なんだか…エイラみたい…
「ほら、早く横になれ。眠いだろう」
「はい…」
バルクホルン大尉はベッドの毛布をめくって、わたしに促した。
もぞもぞ中に潜ると、バルクホルン大尉もあとから入ってくる。
胸元に顔を寄せたら、いい匂いがした。
やっぱりバルクホルン大尉、あったかい…
「ふふ…甘える相手が違うんじゃないのか、サーニャ。後で私がどやされてしまう」
苦笑しながら、バルクホルン大尉は髪を撫でてくれた。
お姉さんみたい。そういえば妹さんがいる…って言っていたっけ。
「…?」
ふと視線を上げたら、バルクホルン大尉の首筋に目がいって…
虫刺されみたいな、赤い痕がいくつかあった。
「これ…どうしたんですか…?」
「ん?何が……っ…!!」
痕を指差したら、最初はきょとんとしていたバルクホルン大尉のほっぺたが、みるみる赤く染まった。
「ま、まさかあいつ…こんな所に…!」
「あいつ…?」
「なっ、なんでもない!こっちの話だ!」
…?どうしてそんなに慌ててるんだろう…
そんな事を考えながら、瞼がもう半分開かなくなってきた。
「ん……」
うっすら見える視界には、まだ真っ赤な顔をしているバルクホルン大尉。
もぞもぞと手を伸ばして腰のあたりに抱きつくと、なんだかびくんって震えが伝わってきた。
「んむ…?」
なんだろう、今の…
気になって少し手を動かす。
今度は小さく、震えたのがわかった。
「んぅ…?」
眠気にぼんやりしながら、ゆっくり手を動かして背中を触る。
「ふあっ…」
耳元で聞こえたこの声、バルクホルン大尉の声…?
「ッ、ぁ…くぅ…」
半分眠りかけている頭に、バルクホルン大尉の別人みたいな声が降ってくる。
なんだか…可愛い…
「あ、こら…サーニャ、んっ…!」
シャツの裾に手を入れて、すべすべした肌を直接撫でたら、バルクホルン大尉はぴくんって仰け反った。
わたしも、なんでこんな事してるのかわからないけれど…
靄がかかったみたいな、眠気の向こうから聞こえてくる声が心地よくて…
もっと聞きたいな、って思ったら、手が勝手に動いていた。
「ん…むにゃ…」
「あっ、や…ダメだッ…」
柔らかい胸に顔を擦り付けたら、バルクホルン大尉の声が高くなった。
「あった…かいの…」
「!ちょっ…」
あんまり動かない腕で、バルクホルン大尉のシャツを捲って、その柔らかい谷間にぽふんと顔を埋めた。
あったかくて…安心する、甘い香り…
もっと感じたくて、下着をくいってずらして直接触れた。
「ふあっ!サー…ニャ、あんっ…」
わぁ…ふわふわで、すごく気持ちいい…
甘やかな声を子守唄に、わたしはゆっくり目を閉じた。
――――――
「!!??さ、さささサーニャ!!?」
「…んん…?」
突然大きな声がして、目を開けた。
ぼんやり顔を向けたら、部屋の入り口にびっくりした顔のエイラがいた。
わたしの目の前には、ぐっすり眠っているバルクホルン大尉。
「あれ、トゥルーデこんなとこにいたの?」
エイラの後ろから、ハルトマン中尉がひょこっと顔を出した。
「ベッド抜け出したと思ったら、サーニャと浮気か~」
「う…うっ、浮気!!??」
くすくす笑うハルトマン中尉に、なんだか焦った様子のエイラ。
「こりゃ、お仕置き決定だなー♪サーニャ、トゥルーデが起きたら教えてね」
「ちょっ…さ、サーニャが浮気なんかするはずないダロ!」
ハルトマン中尉は手をひらひら振って帰っちゃった…
あ…そうだ。
エイラにも教えてあげよう。
「エイラ…」
「な…なんダ、サーニャ?」
「バルクホルン大尉…すごく綺麗で、可愛かったんだよ」
そう言ったら、エイラはパタンと倒れてしまった。
…どうしたんだろう…?
「ふ…わあぁ…」
んん、まだ眠い…
わたしはまたベッドに潜った。
甘い甘い香りに包まれて。