Unschuld
してやられた、と思った。
前々から何となく危ない気はしていたけど、まさか本当にやられるとは思っていなかった。
だって彼女は────誰よりも信頼している戦友の一人なのだから。
────────
「フラウ。」
お風呂上がりらしく、体から湯気を上げつつ呑気に鼻歌を歌いながら自分の部屋に入ろうとする彼女を、私は呼び止めた。
「ミーナ、呼んだ?」
一歩戻って振り返る彼女につかつかと近寄って真っ直ぐ目を見る。
「ねえ、あなたトゥルーデに手、出したでしょう。」
「何で?」
「それはこっちの科白よ。」
とぼけた調子で返してきたが、洗面用具を抱えた手が一瞬ぴくっと反応したのを私は見逃さなかった。
「様子がおかしいから問い詰めたらすぐに白状したわ。どうしてこんなことしたの?」
「別に……してみたくなったから」
「してみたくなったからって、あなたねえ……」
「そんなことより。」
あっさり白状したフラウは、全く悪びれない様子で私を見た。
「一杯どお?」
「…………。」
────────
フラウの部屋の中は比較的まともな状態だった。当たり前だ。
この前トゥルーデが掃除したばかりなのだから、散らかっていたら流石に問題がある。
促されるままベッドの隅に腰掛けると、フラウは持っていたタオルを床に投げてその上に洗面道具を置いた。
「使ったタオルはちゃんと洗濯しなきゃダメよ。」
「そんなことより、話したいことがあるんじゃないの?」
全く気にしない様子でテーブルに腰を下ろす。テーブルに座るなとあれほど言っているのに……。
いや、今はそれは置いておこう。
「単刀直入に言うわ。トゥルーデは私のものだから、勝手なことしないでくれる?」
「いいじゃん、けち」
即答された。
思わず切れそうになってギリギリのところで自制する。落ち着くのよ、私。
「あのね、いくら戦友のあなたでも、超えてはいけない一線ってのがあるでしょう。」
「でも、トゥルーデ別に嫌そうじゃなかったけど。」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
無理だった。体が勝手に叫んだ。
「とにかく、次やったら許さないから。」
「許さないって、どうやって?」
「……わざとやってるの?」
「うん。」
「私を怒らせて、楽しい?」
「楽しいとかじゃなくて」
私に出しうる最大限の冷たい目線を完全に無視して、フラウは立ち上がって私の肩に手をかけた。
そして、何事か、と考えた時には既にそのままベッドに押し倒されていた。
「ミーナにももっと構って欲しいかな。」
「え?」
言うが早いか、何の躊躇いもなしに唇が重ねられた。
「んっ……!?」
────────
あまりの衝撃に、一瞬何が起きたのかわからなかった。
フラウが?
キス?
私に?
「ん……ちゅ、ちゅ……」
猛烈な勢いで迷走し始める思考とは裏腹に全く動かない両手を易々と抑えつけられ、
口の中を舌で欲しいままにされる。
強引に流し込まれた彼女の唾液を、私はゴクリと飲み込んだ。
「んくっ…ん……、ちょっと……んむっ、ぁ、やめ……フラウ……んんんっ!?」
「んむ……ちゅ。うふ、大丈夫だよ。楽にしてあげるからね。」
一瞬、両手が自由になった。かと思うと、制服の裾からフラウの手が入り込んでくる。
背筋がぞっとしたのは恐怖からだろうか。それとも……
「や、やめなさい。これ以上は────」
「そんなこと言って、期待してる癖に」
「どうしてこんなことをするの!?」
「ミーナのためだよ。」
「え?」
「それとトゥルーデのため。でもって私のため。」
この子は何を言っているの?
その疑問が頭を駆け巡って、一瞬抵抗を緩めてしまった。
途端に隙を突かれて体勢が更に悪化していく。
「そんなことより、もっとミーナの可愛い声聞かせてよ。」
「~~~!!っあ!!」
わからなかった。
トゥルーデを裏切りたくなくて、必死で抵抗したいはずなのに、
私の身体はフラウの行為をあっさり受け入れていた。
強引な愛撫にも自分でも驚くほど正直に反応する。
押し返す為にある両手が、逆に肩を抱き寄せている。
繰り返すキスはただひたすらに────甘い。
「うふ、ミーナは素直だね。あの堅物はもっと抵抗したよ。」
「や…………ぁ……」
「素直なミーナにはご褒美をあげる。」
フラウが私の中に入り込んでくる。
抗い難い快感は沸騰した理性を遠くに投げ捨て、
私はただ無我夢中で求めるしかできなかった。
ああ、トゥルーデ、ごめんなさい。
私は最低な女だわ────
────────
「これで計4回、撃墜だね。」
フラウがそう囁く頃には、私はもう指一本動かせなくなっていた。
呼吸をするのが精一杯で、ろくに声も出せない。
くらくらする意識の中で、フラウの声だけがやけに耳に響いた。
「そろそろ話してもいいかな。ねえ、ミーナ。提案があるんだけど。」
「……?」
こっちはそれどころではないのに、平気で続ける。
熱に浮かれたままの緩い頭でその提案とやらを聞いた。
それはどこまでも自分勝手で、荒唐無稽で、非常識な提案だった。
そして確かにこの、無理矢理脱がして押し倒して、
あまつさえ指を突っ込んだままでしかできない話ではある。
「……そんな提案に、イエスと答えろっていうの?」
「言ってくれるまで続けるつもりだよ。」
ぐい、と動かされ、口からだらしない声が無意識に飛び出る。
「別に悪い話じゃあないはずだよ。」
「いいとか悪いとかじゃなくて……っあ!!」
「私たちは家族でしょ?」
この提案を受け入れれば、私もトゥルーデも今のままではいられなくなる。
しかし、そうでもしなければフラウは……。
「私は────」
────────
静かな朝だった。意識がはっきりしてくるにつれて、
フラウが、そして自分がしてしまったことの大きさがずっしりとのしかかってくる。
私はトゥルーデを裏切ってしまった。
あんな一方的に愛情を求めておきながら、
自分は一時の快楽に身を委ねてあんなことを……。
「ミーナ、いるか?」
突然ノックの音がして、トゥルーデの声が聞こえてきた。
正直今は顔を合わせたくないけど、無視するわけにもいかない。
「入って。」
ガチャ、とドアが開けられ、既に制服を着たトゥルーデが入ってくる。
「昨日遅くまで部屋に戻ってなかったようだが、大丈夫か?」
「ええ、ちょっと野暮用で……」
「また残務か?言ってくれればまた手伝ったのに。」
「ううん、いいの。」
ベッドの縁にゆっくり腰掛けたこの人は何だか温かくて、
その言葉の一つ一つが棘となって身体中に突き刺さるように感じた。
「わざわざそれを言いに?」
「あ、ああ、いやそれもあるが……」
「?」
「その、お前に一番におはようを言いたくてな。
どうも起こしてしまったようだ。すまない。」
唐突に涙が溢れ出てきそうになって、私は平静を装うのに全力を尽くさなくてはならなくなった。
どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。
温かいスープのような、ほっとする気持ちが湧き上がってくる。
そしてそんな彼女と自分を比べてしまって……悲しくさえなる。
私なんかが、あなたの支えになれるのかしら?
「……ありがとう。」
「え?」
自然と口から言葉が零れ出た。
「朝一番に逢えるなんて嬉しいわ。
ねえ、これからは毎朝起こしてくれるかしら?」
「…………!!」
愛しい人の顔がぱあっと華やぐ。
それから勢いよくぎゅっと抱き締められ、燻っていた眠気が一瞬で消えてなくなった。
「ああ、いいとも。愛してるよ、ミーナ。」
フラウとのことは、今はトゥルーデには言わないことにした。
その時が来たらきちんと全部話せばいい。
思い切り抱き締め返すと、太陽のような温かさが私を包み込んだ。
「私も愛してるわ、トゥルーデ。それと……"おはよう"。」
「ああ、"おはよう"。」
continue;