ブリタニア1944 くらやみのそらのくものそこ


「ふぁ……」
 大あくび。
 朝は眠いよねぇ。
 トゥルーデが何か言いた気な顔でこっち見てるけどきにしな~い。
 んふふふふ。
 しぜんと頬が緩む。
 いつもの朝食風景なんだけど、今日は決定的に違う所がある。

 なんと、この後合法的に眠れるのでしたぁ。

 なんか嬉しくってトゥルーデに起こされる前に起きちゃったくらいだからなぁ。
 っとまぁ、単に夜間哨戒の当番なだけなんだけどね。

 サーニャを狙い撃ちにしたネウロイをエイラとミヤフジを含んだケッテが見事撃破してから数日後。
 また同じようなのが出てくるかもしれないって予測が出て、暫くは夜間哨戒のシフトをロッテで行う事になった。
 基本的にサーニャを中心にシフトを組むって話になって、エイラがずっと自分のターンを主張したんだけどミーナが却下。
 色々理由はつけて細かい事言ってたけど、みんなのお母さん役のミーナの事だから親睦深めろ、って言ってただろうと理解。
 何で想像かと言えば、ブリーフィングでその話をしている時ってぼーっと別の事考えてたんだよね。
 ま、大体あってたみたいで結果オーライ。
 んで雑務のある佐官コンビとエイラとミヤフジ以外でくじ引きしてわたしが一番を引き当てた。
 実際サーニャとは二人で飛ぶとかも無かったし、いい機会かもー。
 と言うわけで、わたしはゆっくり朝食ととって、夜間専従班詰め所……平たく言うとサーニャの部屋に向かった。

 夕べも夜間哨戒を行っていたサーニャはもう寝てるはず。
 小さくノックして扉を開け、かすれるような小声で挨拶。
「おはよーございます」
 カーテンの閉じられた昼なお暗い部屋へと侵入、勿論抜き足差し足忍び足……って、何でこんなまねしてんだぁ?わたし。
 で、折角ここまで気を使ったって言うのにベッドの上には誰も居ない。
「ちぇ~、またエイラのとこかぁ」
 ま~床かソファー以外で寝るのも久しぶりだしなぁ。
 ぽふっ。とりあえずうつ伏せにベッドに倒れこんでみる。
 何でうつ伏せかって言うとそりゃあ勿論、目的は匂い!
 シーツに残るサーニャの芳香を堪能させてもらおうじゃないかぁ1
 すぴすぴ。
 …………。
 ガッカリだ。
 お日様の匂いしかしないじゃん。
 3人で使う>洗濯する>その後毎回エイラ部屋に帰還・就寝……簡単にパターンが見えるな……。
 ムキー。なんか寂しいぞ。
 ウルスラやミーナやトゥルーデ以外とはこういう機会無いから楽しみにしてたのになぁ。
 っていうか、サーニャって大人しいし年下だし、代用妹としてかいぐりしたかったな~。
 ごろんと仰向けに大の字。
「はぁ、寝るか……」
 わたしは一人寝の昼に覚悟を決めて目を閉じた。


 …………。
「眠れないぞ」
 普段なら一日中寝れそうなんだけどな。
 エイラの部屋いくか? いやいやいや、お二人さんの邪魔しちゃ悪いよねぇ。
 トゥルーデのところじゃさっさと寝ろって追い返されるだろうし、態度は違えどミーナも同じようなもんだろうし。
 あ~、ルッキーニの隠れが使ってみるか?いやいや、繊細なカールスラントホラウであるわたしにはあの何処でもシエスタは真似出来ないよな。
「ん~」
 ここはやはり、トゥルーデあたりでうまく妄想してフィーバーする事によってこのベッドにわたしの匂い付けをっ!
 ……ナニ考えてんだかなぁ。さすがにそれは無いだろ~。
「はぁ」
 妹に、手紙の返事でも書くかな。
 自分の部屋から手紙の束を持ってくる。
 双子の妹ウルスラはある意味トゥルーデよりも堅物なカールスラント軍人。
 究極のマニュアル主義者だし規範にもうるさかったりする。
 単なる近況報告がなんだか膨大な研究資料みたいになることもしばしば……いや、毎回かぁ。
 ま~、空戦に関する考察とか、最新技術に対する検証とか色々役立ちそうな事もあるんだけど難しすぎ~。
 でも適当な返事返すと次の手紙が貰えなくなるんで、それは寂しいからこっちも真面目に読んで返事を書く。
「え~と、今回は……『レーダーの活用と発展及び電子戦についての考察』。うぇ……また難しそうなネタだな」

 わたしは昼を大きく過ぎるまで手紙を書いて過ごしていつのまにか寝てしまったみたい。
 気がつくとカーテンから差し込む日差しもすっかり無くなっていて、床に寝転んだわたしには一応毛布がかけられていた。
 同時にいい匂いとなんかいい感触。
 寝惚けながら本能に身を任せてその『いい感じ』のものにスリスリ。
「!」
 それが動いて身を硬くした。アレ?と思って目を開けるとそこには驚いたサーニャの顔があった。
「お~。おはよ~さ~にゃ」
 ん、床?
「サーニャも床で寝た?」
 コクン。
「だめだって~。床なんかで寝たらきれいな銀髪が汚れちゃうよ」
「あの、部屋に戻ってきたら、ハルトマン中尉が気持ちよさそうに寝てたから、わたしも試してみたの」
 いやそれはだめだサーニャ。わたしだって出来ればベッドで寝たいもの。
「ふわぁ……ベッドの方が寝心地よかったんじゃない?」
 そしたらサーニャはちょっと困った顔で言った。
「うん、そう思う。なんだか背中とかお尻とか痛いし……」
 そうだよね。
「じゃ、お風呂でも行ってリフレッシュして食事とってゴーかな」
「うん」

 場所はお風呂。
 わたしは何故か今、サーニャの髪を洗ってる。
 エイラの仕事を取るようで悪いが、残念なことに幸いなことにお風呂には二人きり。
「ハルトマン中尉、髪洗うの上手です」
「あ、もしかして意外だった? 妹がいるしさ~洗いっこくらいはしたよ」
「私のフリーガーハマー、ハルトマン中尉の……」
「ん、そうそう。自慢の妹の開発さっ」
「床に広げてあった書類束も、妹さんの……手紙?ですか?」  
「うんうん」
 図らずも代用妹として堪能しようと思っていた娘から本物妹の話題が出てきた。
 嬉しくなったわたしはお風呂を出るまでの間ちょっと妹自慢をしてみた。
 わたしもトゥルーデ程じゃないけどシスコン入ってるかもなぁ。

 それはそうと、サーニャ。
 出る間際にわたしのおっぱいを見てほっとした表情浮かべてただろ!
 撃墜王の注意力を舐めるなよっ!

 ま、ステータスだし需要もあるからいいんだけどネッ☆


 夜間哨戒強化期間になってから恒例になった食事時の目に良いもの持ち寄り大会。
 メインディッシュはロマーニャ風のレバー料理。
 ロマーニャ風といってもルッキーニが作ったりとかじゃなくて、あいつは「たべた~い」と言っただけ。
 リーネがこっちで手に入るレバーを用意して色々レシピを調べながら完成した成果が目の前の料理。
 ハーブ系を多めに使ってるんでレバー特有の癖も無くてとっても美味しかった。
 ルッキーニは「なんか違うけどおいしーからイイヤ。リーネ大好き~」っておっぱいに飛び込んでた。
 シャーリーはそんなやり取りを横目で気にしつつ、料理ネタじゃリーネに適わないと踏んで表向き平静を装ってる。無意識に出したウサ耳がぴこぴこしてるのが笑える。
 リーネに比べてうちの嫁と来たらジャガイモ蒸かすことしか出来ないからな~……ま、それはそれで美味しいし大好きだしわたしもあんまり変わんないけど。
 デザートには皆がリクエストしたんでまたまたリーネがもう一度取り寄せてくれたブルーベリー。
 リーネは良いお嫁さんになるよな~。ミヤフジは幸せ者だよな~。
 不人気の肝油はサカモト少佐とつき合わされてる扶桑後輩ミヤフジ、健気に自分から付き合うペリーヌと何故か美味しいというミーナが消費してる。
「味なんて関係ないから、身体にいいものを呑んだ方が良いんじゃないのか~?」
 トゥルーデのわき腹を肘でつつきながら言ってやると、
「ああ、だからこうしてハーブティーを飲んでいる」
 って、冷静に切り返された。流石のトゥルーデでもやっぱり肝油はダメか。
 ちなみにマリーゴールドは……、ティータイムにペリーヌが一人で消費してるみたい。あいつも意地になるからなぁ。

 そんな穏やかな食事も終わってフライトの時間。
 わたしはカールスラントのBf109G、サーニャはオラーシャのMiG60を穿いて滑走路に並ぶ。
 なんだかエイラが心配そうにハンガーまで来てたんでちょっとからかってみる。
「おーい、さーにゃー、ふるえがとまらないんでてをつないでくれー」
 と、手をぶるぶる振りながらサーニャの前に出してみる。
「え?」とリアクションに困って硬直するサーニャ。
 うん、かわいいな。と思いつつエイラの様子を確認。
「ゴラー! なにやってんだよハルトマン中尉! あんたが夜空にびびるはずナイダロー」
「えー、夜空の暗さに怯えるフロイラインってそそらない?」
「そそらないっ!」
 と、エイラはわたしの背中を押すと強引に滑走路を走り始めた。手を繋いでの離陸は許してくれないみたい。
「おおっ、がんばるね、エイラ」
「上でっ、サーニャにっ、変な事っ、スンナヨナっ!」
「参考までに聞きたいな~? 空の上で出来る『変な事』」
「バカー!」
 エイラは赤くなりながら叫ぶ。あれは日々色々と考えてるな~。でもまだ実行には移していないと見えた!
「あはっ」
 そんなちょっとヘタレなエイラを振り返って笑いかけつつ、そこからは自力で加速して、夜空へと舞った。
 続いて、バランスを崩してたたらをふむエイラを心配そうに振り返りながらエイラも離陸してきた。
「あの、ハルトマン中尉……。エイラをあんまりいじめないで」
 ん~、いじめてるように見えちゃった?
「大丈夫だって。軽いスキンシップだよ。エイラもきっと気にしてない」
 まぁ実際にサーニャに何かあったら本気で気にするだろうな。っていうか殺されるな。
「なら、いいんだけど……」
「エイラはさ、毎晩でもサーニャと飛びたいんだよ。でもわたしが出番取っちゃったから悔しがってるだけだって」
 そういうとサーニャはほんのりと頬を染めて少しだけ嬉しそうな表情で俯いた。
 このカップルってホント反応が予想通りになるよね~。
 エイラなんて普段つかみどころが無いのにサーニャ絡みになるとわかりやすすぎ。


 天候不順の続くドーバーの空は、暗い。
 地上では雨が降ったり止んだりを繰り返してる。
 雲底高度は200mよりも低くて、積雲が全体的に広がってる。
 わたしたちはサーニャの魔法を当てに、掴み所の無い闇の中へ踏み出した。
 雲の中を飛ぶとあっという間に全身がズボンまでびっしょりになる。
 無意識に全身にまとう魔力フィールドは暑さ寒さとか衝撃からは身を護ってくれるけど、服がぬれることに関しては無防備。
 明日もローテだから、かえったらシャワー浴びて今日こそサーニャベッドだな~。

 視界が10mもない密雲の中では、翼端灯とサーニャの残した後流だけが道しるべ。
 後流は、風の属性の持つわたしにいろんなことを伝えてくれる。
 オラーシャ製の荒削りなストライカーユニットを穿いて、抵抗の大きいフリーガーハマーを抱えてても綺麗な軌跡を描くサーニャの後流を一言で言えば『優しい』かな。
 うん、サーニャの残す軌跡は優しい感じがする。
 あとは『歌』だ。
 お世辞にも洗練とは程遠いオラーシャ製エンジンをここまでいいテンポで噴かすことができるのは、流石歌姫って感じだね。
 まぁ、年下組の中ではエイラに次いで上手ってところかな。

 お互い無言の盲目飛行が続く。
 さっきは冗談めかしたけど、これだけの深い暗闇の中を一人で飛べって言われたら、さすがの私だって怖い。
 でも、そんな重苦しい飛行は唐突に終わった。
 突き抜けた雲上は4分の1ほどが欠けた月と星の光に照らされていた。
 雲海には所々に積乱雲の塔が突き出して、幻想をこれでもかと演出。
 止めとばかりに隣には月下に咲く白百合の歌姫。
 あ~やば……見とれてる。
 トゥルーデ、ゴメンよ~。今、あなたの心の花婿はエイラのガチ嫁に心奪われてます。
「……エイラが釘を刺す理由も、わかるよな~」
「え?」
 サーニャが何の事?とこちらを見る。
 今見つめられたら理性を動員しないとまずい事になりそうなので視線を正面に戻してから口を開いた。
「スーパープリティ魔法少女エーリカちゃんの称号は今この瞬間返上。今日からはサーニャがスーパープリティ魔法少女を名乗ると言い」
 勿論照れ隠し。
 ああ、でもこの心の称号を手放すのは勿体無かったか!?
 まぁ、わたしもウィッチーズじゃ年長組だし、今度からは『スーパーセクシー魔法少女エーリカちゃん』を名乗ろうと心の中で呟きつつ増速。
 無駄に照れて赤くなってる頬の熱が、引いたのを確認してから他愛ない雑談を始めた。
 知らなかったサーニャの事をいっぱい知りたいと思ったから、まず私の事を話した。
 妹、ウルスラの事を中心に語る内、思ったよりも早く笑顔を引き出せた。
 これはエイラやミヤフジのお陰だなって思った。
 自然な流れでサーニャが自分の事を話し始めた時。

「!?」

 突然サーニャが息を呑んだ。


「どうしたサーニャ?」
「な、なに……コレ……真っ白で、何も感じられない……」
 見れば魔力アンテナが不規則な輝きに点滅してる。
 その表情は不安でいっぱいになって今にも押し潰されそう。
 顔色も元々色白の肌からすっかり血の気が引いてまさに蒼白といっていい状態。
「……ま、魔法が……何も……」
「え?」
 アレ?そういえば通信機の様子も……おかしい?
 二度叩いてからコール。
「501HQ、こちらカールスラントスリーハルトマン。応答願う! 繰り返す。501HQ、こちらカールスラントスリーハルトマン。応答願う!」
 むむ、これって、通じてない!?
「おいっ! 誰か出ろ~っ!」
 くっ、これもネウロイの仕業か。
「『同じのが再度出てくる可能性がある』か……相変わらず猫の餌係並の仕事振りだよねっ」
 明らかに前に現れた奴より進化してるじゃないかっ!
 呟きながら横を飛ぶサーニャを見る。
「あ、あ、あ……」
 駄目だ、まだパニックから立ち直れてない。
 瞳いっぱいに涙を溜めてる表情って、こんな時でなければそそるんだけどな~。
 そんな思いも束の間、殺気を感じとった私はサーニャの左手を引いて強引に左ロール、そしてダイブ。
 間一髪だった。
 一瞬前まで私たちのいた空間は赤い光条によって薙ぎ払われた。
 手を引いたまま雲頂を掠めるようにしながら左右に大きく蛇行。
 サーニャを見ると目が合った。
 まるで怯える子猫の様な不安いっぱいの眼差し。サーニャが初期に受けた何かの衝撃は相当深かったみたい。
「落ち着いた?」
 声をかけて少しでも立ち直れる様に期待する。
「ま、まだ……ああ、感じられないの……」
 いやいやする様に首を振りながら首を竦めてる。
「もう少し状況をわかるように説明しろよな……って、こっち!」
 繋いだ手を強引に引いて、ギュっと抱き寄せて雲海にバーティカルダイブ。
「エイラとちがって、抱かれ心地悪いかもだけど、仕様だからクレームはお断りっ!」
 サーニャよりも、声を出す事で自分を勇気付ける感じに叫ぶ。
 向かうのは再び憂鬱な雲海の底。
 ネウロイだって全く何も見えてなければまともに射撃できないだろうと期待しての行動。

 でも、なんとなく予感がしていた。
 長年の空中機動歩兵としての勘が告げていた。
 危機は去ってない、って。


 暗闇の迷宮の中、震えてるサーニャの瞳。
 その表情の向こうにまたネウロイのビームが煌く。
 それも複数。
 案の定だ!
 こっちからは何も見えない程の暗闇なのに、ネウロイは撃ってくる。
「サーニャ、この暗闇に通信無しじゃはぐれちゃう。手を繋いだまま回避機動……できるねっ?」
 わたしの勢いに押されるようにこくんと頷く。
 私は右、サーニャは左。お互いの手を繋いだまま、厚い雲海の暗闇の中で小刻みに蛇行、上昇、下降を繰り返す。
 ネウロイはそんな複雑な機動をする私たちの進行方向に対して、いつも後方側の色んな角度から攻撃を仕掛けてきた。
「やらしいな。一番シールドがはりにくい方向からっ!」
 こうなったらなるべく激しい回避機動で、相手に照準をつけさせないように飛ぶしかない。
 視界はゼロ。
 暗闇の中でのピッチ、ロール、ヨーを駆使した機動の連続で、わたしはあっという間に空間識を失った。
 だからって、『下』を確認する為に悠長に飛んだら確実に直撃を貰っちゃう。
 普段なら、サーニャは自分の能力でその辺が解るんだろうけど……多分何らかの……恐らくネウロイの影響でその能力を封じられてる。

 わたしは考えた。
 この息苦しい空から抜け出す為の、ネウロイのワンサイドゲームにピリオドを打つ為の一手。

 ダイブして地表まで逃げる? 
 却下! 何処が下だかわかんない時にやれるモンじゃない。
 だいたい、敵が確実に複数……多分最低でも6体……いる状態で、低すぎる雲底の下に突き抜けたら、あっというまに頭を抑えられる。

 雲の上に出る?
 無理、上下わかんない上に無理な上昇で速度を失ったらまた雲海の底に叩き落とされる。

 助けを待つ?
 待つにしたってこれじゃジリ貧。いつか直撃を貰う。

 違う!

 焦るなわたし!
 考えなきゃいけないのはそんな先の事じゃないだろ!
 1秒先に生き残るにはどうしたらいい?

 撃たれなければいい。

 そう、それだ。
 じゃあどうする?

 いくらわたしだって、こんな何も見えない場所で、精密な射撃なんかできるもんか!

 ネウロイにはできる?
 人間じゃないから?


 考えながら左ロール。
 わたしから少し遅れて動作する右手の先のサーニャ。
 正面から向き合う。
 ほんのりと明るく、表情を照らし出すサーニャの魔法アンテナ。
 明るく?
 光を狙って撃ってくる? 無理だ。こんな淡い光じゃ厚い雲にかき消されて目印になんてなるはず無い。
 まてよ……アンテナ? レーダー?

 電子戦!

「サーニャッ! 魔法切れっ!」

 わたしはロールの途中でサーニャに向かって身を乗り出して、大声で叫んだ。
「ハ、ハイッ!」
 普段戦闘中にだって見せないようなわたしの剣幕に驚いたサーニャは反射的に頷いてアンテナを消す。
 同時に、体勢が崩れて一瞬失速。
 そんな一瞬の隙に、禍々しい赤い光が飛び込んだ。
 ビームはサーニャのフリーガーハマーの後端部分をもぎ取って、わたしの左ストライカーを掠めるように駆け抜けた。

 スローモーションのような世界。
 衝撃でサーニャの手からフリーガーハマーが吹き飛んだ。
 いびつな形になった鉄塊がラケーテをばら撒きながら遠ざかり、雲間に消える。
 繋いだままの右手を引いて、まるで体当たりデモするかのように強引にサーニャの細い身体を抱く。
 太ももを絡めて密着。
 迷い無く左手のMG42を投げ捨てシールドの展開に集中。
「ヴィント!」
 固有魔法『風』を操って無理やり姿勢を制御。
 硬さを重視した小さめのシールドの中に、二人の身体を無理やり押し込む。
 準備が整うと同時に閃光と衝撃がきた。
 フリーガーハマーの炸薬は次々に爆発を起こし、わたしたち二人を吹き飛ばした。

 一瞬だけ意識を失っていたらしいわたしは、サーニャの胸で目を覚ました。
「ごめん……なさい。わたしのせいで、こんな……」
 至近距離にもかかわらず、鼻をつままれてもわからないような暗闇じゃ、サーニャの顔は見えなかった。
 
 やってみた。

「!?」
 うん、暗闇だってこんなことされたらわかるよね~。
 鼻をつままれたサーニャは変な声と言うか音を上げながら焦ってる。
 わたしはその手を頭に載せて優しく撫でながら言った。
「サーニャのせいじゃなくてネウロイのせい」
 すっかり引っ込み思案な以前の状態に戻ってる様なサーニャ。
 少しでも自分自身を攻める方向から抜けてもらわなくちゃ困る。
 ここからが正念場。
 わたしの、いや……わたしとウルスラの予想が正しければ、暗闇から抜け出す為の鍵はサーニャが握ってる。
 敵は今、さっきの爆発と同時にサーニャの反応が消えた事で8割がた勝利を確信してる筈。
 でも、念を入れるならもう一度わたしたちの存在を確認しなおす。
 ネウロイが人間と同じ思考をしてるとかしてないとかそんな事は関係ない。
 抜け目が無いヤツなら、動物でもきっとそうやって行動する。
 残された時間は多分少ないけど、それでもゼロじゃない。
「サーニャが魔法で感じてた世界が、突然すべて真っ白になった。そうだね」
 息を呑むのが聞こえる。どうやら正解みたい。
 わたしは続ける。
「ネウロイがサーニャの魔法、電波操作に対して妨害をかけたんだ」
 確信に近い予想。
「暗闇の中目隠しをされたサーニャは魔法で敵を探した。でも聞こえてくるのはネウロイの歌ばかり」
 ウルスラの手紙と、それを理解する為に引っ張り出した幾つかの戦闘記録や報告書、そして目の前の出来事にわたしの想像を加えて言葉を紡ぎ出す。
「逆にネウロイはサーニャの歌電波を追う事で、一方的にこちらを捕捉し続けた。フフン、ざっとこんな所かな~」
「ごめんなさいっ! 本当に、私がいなければ……」
 ま、予想通りの反応だね。
 だからわたしは用意しておいた台詞を投下した。

「うん、サーニャがいなけりゃネウロイに勝てない!」

「えっ?」
「逆転するよ。サーニャを傷つけられて手土産もなしに帰ったら、きっとエイラに何されるかわかんないし」
 勝つつもりでいる。そんなわたしの言葉に驚いてる驚いてる。
 で、サーニャの次の台詞も予想はついてる。
「でも私達、武器が……」
「でも私達、武器が……」
 見事なハーモニー。
 もう一度サーニャが何か言う前に私は言った。
「武器なんて私にはどうとでもなるから平気だよ。むしろ切り札は、サーニャの魔法さっ」
 そのまま続けて逆転へのタクティクスをサーニャに伝えた。
 全く表情は見えなかったけど、サーニャが目を白黒させて耳まで顔真っ赤ににしてるのは伝わってきた。
 そしてサーニャは半信半疑ながら頷いてくれた。

 行動、開始。
 雲頂スレスレまで上昇を開始する。
 こちらが生きている事を悟ったネウロイはまた取り囲むように移動しつつ、射撃を開始。
 繋いだ手の先、サーニャが魔法のアンテナを展開。
 不安そうに前を見つめながら深呼吸。
 そして、「…………」と何かを呟いた。

 オイオイ、小さすぎ~。

「声小さいぞ~真面目にやれよな」
 わたしは平板な声でツッコんだ。
「で、でも……やっぱり恥ずかしい、です」
「一応命かかってるんだからドーンと行こうよ。ガンバルンダサーニャ」
 最後の所はエイラっぽくスオムスなまりで発音して、言いながらも右手を引いて機動。
 なるべく月の輝きが届く場所を維持しながら飛び続ける。
 体が上下感覚を失っても、視覚で取り戻せるように。
 サーニャの方はちょっと呆れた視線をこっちに向けながらも、覚悟を決めたのか深呼吸。
 そして正面に向き直って口を開く。

「……ェィ……っ……」

「まだまだっ!」

「……ラ……きっ!」

「もっともっと!!」

「エイラッ! 大好きっ!!」

 普段のサーニャからは想像出来ない様な大声でさけんだ。
 ハイル!サーニャ! 心の中で万歳。
 魔法アンテナがふた回りくらい大きくなって、同時に耳に仕込んだインカムがはじけた。
「あちちっ」
 耳火傷しちゃったよ~。あとでトゥルーデにふーふーしてもらうかな。
 で、当のサーニャはそんな私の様子にも気付かず一心不乱に魔法を展開し続けていた。

「エイラ、好き。エイラ、愛してる。世界で一番エイラが好き。エイラ、大好き。エイラ、エイラ、エイラ……」

 ま~、ホントは口に出して言う事も無いんだけど、本人に気合をいれて貰う為&わたしが楽しむ為に言葉にしてもらってる。
 サーニャに何をしてもらってるかと言うと、相手のレーダー能力の妨害だったりする。
 ウルスラの研究考察の中にあった今後の展望みたいな項目で、こんなのが予想というか、予言と言うかされてたわけだ。

 じゃあどうやって行うか?
 ラジオのチューニングと同じで、相手が使っていると思われるバンドにあわせて、相手にとってノイズになるような信号を出せばいい、多分。 
 サーニャには、ネウロイの『歌声』が一番よく聞こえる辺りにあわせて貰った。
 あとは、問題は相手に衝撃を与えられるだけの電波の出力が出せるか?
 その辺は魔法の適正に合わせて気合とか根性とか、扶桑の連中向けの精神論だったりするんだけど。
 実際にそれで魔法は強化されるんで、以外と馬鹿に出来なかったりする。
 その辺の魔法と精神の関係はウィッチの数だけあるみたいなんで、これは絶対にこう!ってパターンは無いみたいなんだけど、傾向くらいはわかる。
 わたしの場合、風は自然体でいる方が充実しやすいみたいだし、ペリーヌのトネールは怒りを乗せてる方が強いみたい。
 ちなみにこっちもウルスラから前に貰った手紙にかかれてた事だったりする。
 じゃ、サーニャの場合はどうなんだろうと考えてみた。
 サーニャの魔法は伝えるとか、受け取るとか、感じるとか触れ合う為のものかな~、と。
 だから一番強く出来そうな思いを乗っければきっとうまくいくよね。

「……サーニャはエイラの事が……大好きっ!」

 頬を赤らめて、暗闇に向かって想いを捧げ祈る乙女。
 絵になりすぎだぁ。
 そして、ネウロイの攻撃は、止んだ。
 ハルトマンシスターズの研究と推理はドンピシャ! いいかんじだねっ。

 っと、まだ喜ぶには早い。
 サーニャと、ついでにわたしを苦しめてくれた電子戦ネウロイを潰さなきゃ、私達の戦いは終わらない。
 懐からピストル、W-PPKを取り出して、その感触を確かめた。
 あいつは、さっきのサーニャと同じ状態にあるはず。
 暗闇の中で一方的にこちらを叩いていたはずのあいつは、逆転された状況にきっとパニックを起こしてる。
 さっきの怯える子猫の様なサーニャを思い出す。
 ネウロイにも戦意とか士気とかいわれるものはある。多分、実際前線で戦ってないと解らない感覚、感触。
 逆にそんな意思を失った相手は、脅威じゃなくなって狩られるべき獲物になる。
 わたしの本能、嗅覚がそんな臆病者の臭いを嗅ぎ分ける。
 魔法じゃない、戦場の空気から流れを読み取る、経験に裏打ちされた勘。
 そして猟犬の嗅覚が、あいつの存在を嗅ぎ当てた。
 雲海の底で溺れそうになってもがいてる獲物の存在を、嗅ぎ当てた。
 隣のサーニャは目を閉じて電波の発信に集中していた。もうやり方を飲み込んでるみたい。
「サーニャ、そのまま電波続けてっ」
 言い残して雲上に飛び出す。
 サーニャは一瞬だけ何か言いたげだったけど、そのまま見送ってくれた。
 強い意志の宿る瞳は「信じてます」って、言ってくれてた。
 さっきのネウロイの攻撃でラジエターを損傷した左ストライカーは、さっきまでの機動と今の上昇で加熱が限界。
 外せば次は無い。
 数瞬遅れて、上空を旋回していた数機の中型攻撃ネウロイがこちらに気付いて機首を向け始める。
 でも、もう遅いよっ。
 雲海に闇に怯えた獲物が、もがく様に頭を出した。
 コアの力でサーニャのような力を発揮していたのか、初めからコアは丸見えだ。
 
 私はそのコア目掛け、稼いだ高度で得たエネルギーの全てをぶつけるつもりでダイブ!
 W-PPKに魔力を乗せてフォイエル!
 すれ違い様に目の前に大気を集めてシュトルム!

 ネウロイはコアを砕かれて崩壊する。

 同時に、限界を超えた左ストライカーが火を噴いた。
 残るネウロイはあと6体。
 私の行動はもう決まってた。
 もう一度シュトルムを放つ為、意識を集中する。
 動きの止まったわたしにネウロイが攻撃を開始。
 妨害モードを終了して割り込んだサーニャが、シールドでフォロー。
 通信機を失って直接会話できなくとも、互いの動きをカバーできる。

 わたし達、いいロッテになれてる。

 上昇中に天測で大体の位置と方位は確認済み。
 時間も頃合ヨシ!

 わたしは、ありったけの力を込めたシュトルムを、思いっきり雲海へと叩き付けた。
 
 確信があった。
 だから、暗闇の底まで突き抜けた雲海の穴から九つの星が昇っても驚きは無かったし、それどころか安心して眠くなってきたくらい。

 後は任せたよ~みんな。

 そして、背中から白百合の香りに包まれると、わたしは意識を手放した。

 オヤスミ~。



 ごじつだん。
 サーニャによるラブラブエイラECMは全ヨーロッパとリベリオン東海岸まで発信されてたみたい。
 2人の仲は世界公認だー。
 ま、サーニャ本人恥ずかしがって暫く部屋から出てこなかったけどね。……エイラの部屋だけど。

 エイラもリアルタイムで全部聞いていたらしく、戦闘に入る頃には既に腑抜けふらふら腰砕け状態。
 出撃時には一番意気込んでたのに一機も落とせなかったみたい。
 流石のエイラも色々堪えたのか暫く部屋から出てこなかった。……自分の部屋からねー。 

 で、
「わたしってさ、2人の愛のキューピットみたいだよね」
 って言ったら。
 みんなから一斉に悪魔呼ばわりされちゃったよ~……ギャフン><


シャーロット視点:0307

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