学園ウィッチーズ 第7話「昼下がりの魔女たち」


 まるで終わりが見えてこないほどの強い雨――
 赤毛の幼い少女は、二つ並んだ墓石の前で、膝をつき、雨に打たれている。
 そんな彼女に傘を差し出す、髪を黒いリボンで2つに結った少女。
 赤毛の少女の顔は雨で濡れており、泣いているのかは判別がつかないが、表情から、その悲しみはすぐに見て取れた。
 立ち上がり、しがみつく赤毛の少女を、もう一人の少女は空いた手で抱きしめて、つぶやいた。

 ドアのノック音に、ゲルトルートは、自室のベッドで静かに目を開く。
 夢の真っ最中に起こされたせいか、だるそうに体を起こし、ドアに視線を向ける。
 静かに開いたドアから、ミーナが顔を覗かせた。
「……具合が悪いの?」
「なぜだ?」
「もう、お昼よ。土曜日だから、問題は無いけど…」
 ゲルトルートははっとした顔つきで時計に目を向ける。13時を少し回ったところだ。
 珍しく慌てるゲルトルートにミーナはくすりとひと笑いし、部屋に入ると、クローゼットから彼女の服を出し始める。
「おい……。子供じゃないんだぞ」
「あら、たまにはいいじゃない」
 ミーナは服を出し終えると、ゲルトルートに手渡し、背を向けた。
 ゲルトルートはわずかばかりに照れくさそうにしつつも、すぐに無表情に戻って、服を着始めた。
 ミーナは、ベッドの脇にあるチェストの上の写真立てを眺める。
 幼い頃のゲルトルートとミーナ。エーリカとミーナとゲルトルート。
 ミーナは、倒れた写真立てに気づいて、手を伸ばしかける。
「よせ」
 服を着終えたゲルトルートがミーナの手に触れ、そっと制止した。無表情の中に、澱んだ悲しみが透ける。
 ゲルトルートは静かに手を外すと、先に部屋を後にした。
 ミーナは、そっと写真立てを起こし、写真の中で笑顔を浮かべるゲルトルートと目が合う。
 最後にこんな笑顔を見せてくれたのはいつだろう。
 写真の中のゲルトルートの隣には、彼女によく似た幼いショートカットの少女が写っていた。
 ミーナは、静かに写真立てをもとの状態に戻すと、ゲルトルートの後を追うように部屋を出る。

 エイラはベッドに寝転がって、目の前にいるサーニャの寝顔を眺めている。
 サーニャは子猫のように丸まって眠りこけていた。
 サーニャは、お昼寝させてと言いつつも、生まれてはじめての遊園地に行ったその日の夜に、興奮を抑えきれずに親を少しばかり困らせる子供のように、目を輝かせ、エイラに質問を浴びせかけた。
 好きな食べ物、言葉、季節、天気――基本的にどれも他愛も無い質問であったが、エイラは時々考え込んでは、真摯に答え、サーニャはそのたびに小さくうなづいた。
 エイラも同じように質問し返すと、サーニャは、ごくごく小さな声で、エイラにだけ耳打ちするかのように、そっと答えを返す。
 そのたびに、エイラの胸が高鳴った。
 もっともっとサーニャを知りたいと、エイラは思い、サーニャも同じ考えであることを願う。
 エイラは、満足げに体を起こし、空気を入れるため、ベッドのそばの窓を少しばかり開き、階下に視線を落とす。
 足早に歩くゲルトルートを、ミーナが少し後ろにつく形で歩いていた。
 エイラは、肘を突いて、眺めた。
「あの二人も仲いい、のかな?」

 学園内の格納庫。
 シャーリーは、額の汗を拭い、オイルに塗れて汚れたウエスをストライカーのハンガーに引っ掛け、天井を仰ぐ。
 その視線の先の、格納庫を横切る鉄骨の上には、ルッキーニが、つまらなそうな、それでいて不機嫌そうな様子で足をぶらぶらさせていた。彼女のかたわらには、籐のバスケットが置いてある。
「お~い。いい加減機嫌直せってぇ」
「別に怒ってないもん」と言いながらも、ルッキーニはつんと顔を背ける。
「あっそ。じゃ、飯でも食ってくっかな~」
 シャーリーは少しわざとらしい口調で言ってのけると、出口へ向かい、ルッキーニの視界から消えていった。

 寮の敷地を抜けたゲルトルートとその少し後ろについて歩くミーナは、学園へと続く並木通りを進んでいた。
 ミーナは、しばらくゲルトルートの背を見つめた後、立ち止まり、口を開いた。
「……ガーランド中将に、手紙を出したそうね」
 ゲルトルートは足を止め、少しばかり、非難の混じった視線でミーナに振り向いた。
「通信記録を見るなんて……、ここは軍では無いだろう」
「誤解しないで。この間電話をもらったときに、中将がそう言ってきたの。手紙の内容は……聞いていないわ」
 今度は、ミーナが、意志の強い瞳で、ゲルトルートを見返す。
 たちまち、ゲルトルートは逃げるように、背を向け、先に進み始めた。
「そうか、それならいいんだ…」

 シャーリーがいなくなって数分、ルッキーニは落ち着かない様子で鉄骨の上を四つん這いで行ったり来たりした後、耐え切れないといった様子で、籐のバスケットを引っつかんで、ひらりと地上に降り、格納庫の出口へ駆けた。
 誰一人いないグラウンドが、視界に広がり、ルッキーニは肩を落とす。
「そんなたくさん、一人で食う気か?」
 ルッキーニが声をしたほうを向くと、シャーリーが格納庫のかげから出てきて、腕を組んで、壁によしかかった。
 嫌味の無い、余裕のある面持ちでルッキーニを眺めている。
 ルッキーニは、さきほどまでの自分の幼稚すぎた態度が途端に恥ずかしくなり、うつむいてしまう。
 シャーリーが、組んでた腕を解いて、ルッキーニに近づき、膝を折ると、下から見上げた。
 ルッキーニは、降参だと言わんばかりに、体の緊張を解いて、大きく息を吐くと、そっと手を差し出した。
「い、一緒に、食べよ……」
 シャーリーが歯を見せ、にかっと笑う。

 エーリカは、静かな校舎をぱたぱたと駆け、化学室へ向かった。
 しかしながら、化学室には、さきほどまで実験をしていた様子はあるものの、誰一人いない。
 カールスラント語で書かれたレポートの上にそっと指を滑らせ、小さく微笑むが、タバコのにおいに気がついて、顔を上げると、エーリカは化学室を出て行った。

 ウルスラは、青空を眺めながら、ホットドックを小さな口で噛み締め、つぶやいた。
「まずい……」
「そうだな。オヘア――キャサリンのやつ、自信満々で作ってくれたんだが…」
 と、ウルスラの隣のビューリングが表情を変えず、相槌を打つ。
 しばらく、二人はもぐもぐと口だけを動かして、同僚が作ってくれた食事を消費することに専念する。
 一足先に食べ終わったビューリングは、口元を紙ナプキンで拭う。
「……姉とは、仲良くやってるか」
「ケンカはしてない」
「話をしなければ、ケンカのしようもないだろう。双子のウィッチは話さなくてもケンカ出来るのか」と、ビューリングは珍しく冗談を言う。ウルスラは、黙って、ホットドックを噛み締める。

 格納庫でサンドイッチにかぶりついていたシャーリーとルッキーニの前に、ゲルトルートとミーナが現れる。
「お邪魔だったかしら」と、ミーナが微笑む。
 彼女の隣のゲルトルートは気が進まないといった様子で隣のミーナに一瞬だけ視線を送った。
 シャーリーはサンドイッチを飲み下し、立ち上がる。
「訓練かい?」
「ええ。今週は二人とも忙しくて飛べなかったから」

 格納庫から伸びた滑走路に、ストライカーを装備したミーナとゲルトルートが並ぶ。
 二人は、魔力を開放し、体から使い魔の耳と尻尾を伸ばす。
 同時に、魔導エンジンが勢いよく始動し、二人の周りを魔力フィールドが覆った。
 滑走し、二人の魔女はあっという間に昼の大空に向け、高く飛んでいく。

 生徒の飛行姿を眺める、ウルスラとビューリングの背後でドアが開く音がし、二人は振り返る。
 エーリカが、肩で息をして、二人の姿を確認した。
「見ーっけ…」

 ミーナとゲルトルートは並んで飛行する。
 ゲルトルートはミーナの横顔をしばらく見つめたのち、眉間にしわを寄せ、眉を吊り上げた。
「ミーナ」
「なあに?」
「もう、私にかまわないでくれ」
「……無理な相談ね」
 きっぱりと言い切るミーナに、ゲルトルートは、小さく唇を噛んで、加速をしようとする。
 その瞬間、一方のストライカーの魔導エンジンが完全に停止し、ゲルトルートは、バランスを崩し、地上へ向けて落ちていく。
 
 異常を感じた屋上のビューリングとウルスラが立ち上がり、エーリカは、今昇ってきたばかりの屋上への階段を駆け下り始めた。


 第7話 終わり



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