学園ウィッチーズ 第8話「501号館の紛擾」


 ミーナは、できうる限りの魔力を魔導エンジンに込め、墜落するゲルトルートを追いかける。
 残りのストライカーの魔導エンジンも停止したゲルトルートは、きりもみ状態で、学園のそばにある林へと落下していく。
 回る視界に翻弄されながらも、なんとか集中して、シールドを張ろうとするが、意思とは裏腹に、彼女は魔力が流れ出していく感覚に襲われた。
 あっけないものだな。
 自分の置かれた状況を無視したように、ゲルトルートの歯の隙間から、ふっと自嘲的な笑いが漏れる。
「トゥルーデ!」
 ミーナの声がゲルトルートの鼓膜を震わせたと同時に、ゲルトルートは背後に回り込んだミーナに受け止められ、彼女とともに、林の木をなぎ倒して不時着した。

 森の香りを感じながら、ゲルトルートは静かに目を開ける。
 その途端、金髪の頭が彼女の頬に押し付けられた。
「トゥルーデ! 良かったぁ…」
 横たわっていたゲルトルートに抱きついたエーリカが体を離し、満面の笑顔を向ける。
 エーリカの肩の向こうには、ビューリング、ウルスラ、ルッキーニがほっとしたような顔でゲルトルートを見つめていた。
 そして、ゲルトルートは、ミーナの膝枕に気づき、見上げるが、視線が合う前に体を起こした。
「おい。無茶をするな」と、ビューリングが止めようとするが、ゲルトルートはぎっと睨み返し、きょろきょろと辺りを見回す。
「私のストライカーはどこだ?」
「シャーリーさんが回収したわ。整備不良の可能性もあるから、スタッフを召集してチェックするそうよ」と、ミーナは埃を払って立ち上がる。
「整備不良……。そうか、その可能性もあるな…」
 ゲルトルートは一人言のようにつぶやいた。
 ミーナはそんな彼女の様子に案じるような視線を向ける。
 少しばかり冷えてしまった雰囲気にルッキーニが声を上げた。「ねえ、みんな心配してるからそろそろ帰ろ!」
 エーリカも同調し、ルッキーニを伴ってジープへ足を向ける。
 ビューリングは、ウルスラに目配せをしてから、ミーナの肩をぽんと叩いて歩き出す。
 ゲルトルートも、後を追いかけようとするが、不意にウルスラに手を握られて、立ち止まった。
 手を握られ、見上げられる状況にほんの一瞬だけ過去を重ねて、ゲルトルートはウルスラの手を小さく払ってしまう。
「なんだ、急に」
「靴」
 ウルスラは、ゲルトルートの態度に動じるでもなく、彼女の靴を差し出して、履かせる。
「靴ぐらい自分で…」
「小さい頃からの癖」
「私はエーリカではないぞ」
 ウルスラは悟られないように、反応をし、靴を履かせ終わると立ち上がって、ゲルトルートを見上げた。
「嫌悪は、魔力を鈍らせる」
「なにを…」
 ウルスラは、体をずらし、ジープに乗り込んだ面々をちらりと見て、もう一度ゲルトルートを仰いだ。
「あなたはもう少し周りを見渡すべき」
 
 格納庫。
 召集された数名の整備スタッフたちが黙々とストライカーの点検にあたっている。
 シャーリーは、ジープのエンジン音を聞き分け、グラウンドのほうへ顔を向けた。
 森に置いてきた面々がジープから降り、格納庫へ向け、まっすぐやって来るのを見届けると、整備主任と思しき、彼女より年上の女性スタッフの肩を叩く。
「悪いけど、さっきの報告の内容、しばらく伏せといて」
「え? しかし…」
「何か言われたときの責任は私が取るからさ。な? お願い!」と、シャーリーは両手を合わせる。
「もって数日ですよ…」
 シャーリーの熱意に圧されたスタッフは帽子を深くかぶりなおして作業に戻る。
 シャーリーは格納庫の出口まで駆け出して行って、ゲルトルートの前に立ちはだかった。
「体のほうは大丈夫か?」
「ああ、問題ない。ストライカーを見たいんだが」
「実はさっき開けたばっかでまだ原因解明できてないみたいなんだ」
「見るぐらい、構わないだろう?」
「なぁ、バルクホルン。あんたの熱意は買うけどさ。一応事故った身なんだから、今日はもう休もうぜ」
「そうそう」と、背後からルッキーニがゲルトルートに抱きついた。
 エーリカも、頭の後ろで腕を組んで、笑う。「頭も木の葉だらけになってるしね~」
 ゲルトルートは二人にからかわれ、わずかに表情が崩れる。
 そんな彼女を見つめたミーナに、シャーリーはちらりと視線を寄越し、見つめ返されると、力なく微笑んだ。

 501号館、食堂。
「もう18時か…」
 坂本が、懐中時計を閉じ、顔を上げ、怪訝な顔をする。
 あごをテーブルに押し付けて、気の抜けただらしない顔をする芳佳とエイラ。
「……お前たち、それでも扶桑撫子か!」
「そんなこと言われても、訓練尽くしの一日でお腹がすきすぎて…」
「ていうか、私はフソウナデシコじゃないし…」
 三人のとぼけたやり取りに、行儀よく座っていたリーネ、ペリーヌ、サーニャは呆れ気味に笑った。
 食堂に向け、複数の足音が響き、一同は食堂の出入り口に顔を向ける。
 先頭のミーナが、皆の視線に驚き、申し訳なさそうな表情になる。
「みんな、待たせてしまってごめんなさい」
「珍しい組み合わせだな」と、坂本は、ミーナに続いて入ってくる面々を見、不思議そうな顔をする。
 思わず口ごもるミーナに気づき、シャーリーはすかさずフォローする。
「学園のほうでつるんで遊んでたら遅くなってな」
 エーリカはシャーリーの意図に気づいたのか、そうそうと言い、ルッキーニも、一瞬戸惑いながらもそれにあわせる。
 ゲルトルートはただ黙りこくって、気遣いゆえの、仲間の嘘に耳を痛めた。

 風呂に入り終えたゲルトルートは、カーテンを開け、月明かりを浴びる。
 ふと、部屋のひとすみに視線を向け、徐々に明らかになる輪郭をじっと見据える。
 彼女の使い魔であるジャーマンポインターがふっと現れ、彼女を見つめ返した。
 ゲルトルートは手を差し伸べるが、ジャーマンポインターはくるりと踵を返して、壁の影の中に溶け消えていく。

 ――嫌悪は、魔力を鈍らせる

 頭に浮かんだウルスラの言葉に、苦し紛れに反論するかのように、つぶやいた。
「ただのストライカーの故障だ…」

 シャーリーは、部屋のドアをノックする。
 はーい、という元気な声が響き、エーリカがひょっこりと顔を出した。
「おお、珍しいな。なに?」
「……入っていいか?」
「いいよ。ちょっと散らかってるけど」
 部屋に入ったシャーリーはちょっとどころじゃない、と思いながら、エーリカの部屋の有様を見渡すが、ドアを閉め、エーリカに並んでベッドに座る。
 エーリカは、シャーリーの横顔を見つめ、言葉を待っていた。
 シャーリーは視線を感じて、頭をかく。
「さっきは、話あわせてくれて助かったよ」
「なんだ、そんなことか」
「それもあるし……、バルクホルンの事、ちょっと聞きたくて」
 わずかばかりに、エーリカの目が見張られるが、また元の笑顔に戻る。
「なんだ、惚れちゃったか~?」
「バッカ。なに言ってんだよ! もともと元気ない感じだけど、最近さらに元気ないだろ、あいつ……。だから、何かでかい悩み事ができたのかなって…」
 エーリカは部屋の天井を見上げ、しばらく考え込んだ後、ベッドに倒れこんだ。
「トゥルーデに妹いるの知ってる?」
「いいや」
「戦争中に怪我して、今も意識不明なんだ」

 ゲルトルートの部屋の前に立ったミーナは、踏み出せないといった様子で、佇んでいた。
「先輩」
「あら、シャーリーさん。どうしたの?」
 シャーリーはゲルトルートの部屋のドアに視線を向け、やりにくそうな顔をする。
「あー、えっと……。ここじゃちょっと…」
 いつにないシャーリーの態度にミーナの表情が引き締まり、すぐ隣の自分の部屋へ誘導する。
 シャーリーは、後ろ手にドアを閉めて、話し始めた。
「バルクホルンのストライカーだけど、異常はなかったんだ。落ちたせいで外装は傷ついちゃったけど、中身はまったく問題なし」
 ミーナの驚いた顔が差し向けられ、シャーリーは、彼女の気持ちを痛いほど感じながらも、言葉を続けた。
「要するに、今回の事故は、エネルギーの供給の問題。つまりはバルクホルンの魔力が…」
「……もう、誰かに話したの?」
 シャーリーは静かに首を振った。
「スタッフにも、できる限りは黙っとくよう言ったよ。報告はしなきゃいけないから、来週までもたないかもしんないけど……。
でも、先輩には先に伝えておきたくてさ。あいつとは、そう深く話した事無いから、何か抱えてたとしても、ちょっとやそっとじゃ踏み込むことは無理なんだ。
でも、ハルトマンが、あんたならって。私も、同意見なんだ。あいつには、あんたが必要なんだよ……きっと」
「昔は、そう信じてこれた。私にとっても彼女は必要で……。けど今は、少し自信がなくなってきたわ」
 と、ミーナは、力なく笑った。シャーリーは、ミーナの前に立ち、両肩をつかむ。ミーナの赤い瞳がシャーリーを見返す。
「……私は信じてるよ」
 ミーナは瞳を伏せ、静かに顔を上げると、また、いつもの健やかな笑顔をシャーリーに見せた。
「ありがとう、シャーリーさん」

 自室に戻ったシャーリーは、オイル臭くなった着衣を脱ぎ捨て、ベッドにどかっと倒れこむ。
 風呂に行こうにも体は眠りを――眠ることによる一時的な逃避を求めていた。
 ちょっとした口止めを強いたり、嘘をついたり、先輩を励ましてみたりと、慣れない事ばかりの一日に、心がひりついている感触。
 シャーリーは片腕を目の上において、いつもは心地よいはずの月明かりをさえぎる。
 ふと、その腕が握られて、外され、顔を傾けると、ルッキーニがベッドの脇に片肘を突いて、どこかおずおずした様子で眺めていた。
 シャーリーは、笑顔を返す余裕も無く、今の私はバルクホルンばりの無表情だろうなあ、とぼんやり思いながら、ルッキーニを見つめ返す。
 ルッキーニは小さくつばを飲み込んで、そっとシャーリーの頭を撫でた。
「シャーリー、元気出せぇ……」
 シャーリーは、起き上がって、両手を広げた。
「……おいで」
 ルッキーニの表情から怯みが消え、シャーリーの胸に飛び込む。シャーリーは、ルッキーニの背中と頭を撫でながら、ぼんやりつぶやいた。
「きっとすべていい方向に進むさ」 


 第8話 終わり



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