Tertiär Auserlesen


奇妙なことというのは本当に起こるもので、
冷蔵庫にしまったはずのバターが突然なくなったり、
使いたい時に限って耳掻きやらの小道具が出てこなかったり。
大抵の場合当事者はポカーンとする他ないわけで、
後から原因がわかって得心がいけばそれで終了、
わからなくてもそのうち忘れて何も思い出せなくなるものなのである。
だが困ったことに、私に起きた奇妙なことは、
どうやら私をこの先一生ポカーンとさせ続けるつもりらしい。

何てことだ。

────────

夜、大浴場で鼻歌を歌っていると、後ろから騒がしい声が聞こえてきた。
イェーガーとルッキーニだ。

「にゃっははははははははは!!お風呂──!!
 シャーリーとおっふろ──!!!!」
「おいおい、走ると転ぶぞー。」

機嫌が良かった私はとりあえず爽やかに無視して目を瞑る。
何てったって今日は、初めてミーナからの"お誘い"があったのである。

いやっほう!

足を組み直して天井を見上げると、頭の痛くなるような巨大な下乳が視界に飛び込んでくる。

「カールスラントの堅物が鼻歌かい?
 こりゃあ明日は雨かな。」
「そんな日もある。たまにはいいだろう。」

イェーガーはどういうわけか私の横にザブンと浸かると、
ルッキーニの動きを見ながらヒソヒソと話しかけてきた。

「最近ハルトマンのヤツがお前に色々してたみたいだけど、
 あれは結局どうなったんだい?」
「終わったよ。多分な。あいつにはもう話したし……」
「話した?何を?」
「何ってミーナと……あ!いや、何でもない。」

危うく口が滑るところだった。危ない危ない。

「何だよー。最後まで言ってくれよ。」
「断る。とにかく、あいつとは何もかも元通りだ。問題ない。」
「ちぇー、つまんないの。
 あたしはてっきり隊長とハルトマンがあんたを取り合ってるのかと思ってたよ。」
「なっ……!?」
「あれ?図星?」

信じがたい洞察力だ。勘弁してくれ。

「そ、そんなワケあるか!!大体お前は──」
「シャーリー!!まだー!?」
「おっと、ここまでだ。
 とりあえずお幸せにな。」
「だから違うと言ってるだろうが!!」

イェーガーはニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながらルッキーニの方へ歩いていった。
まったく、何なんだあの女は。
これだからリベリオンの連中は情緒がなくて困る。
その点ミーナは、実にカールスラント人らしいな。
扶桑人よりもおしとやかで、ロマーニャ人よりも才気に溢れ、
オラーシャ人よりも美しく、ブリタニア人よりも繊細だ。
リベリオンの田舎娘など足元にも及ばない……そう!!まさに世界一!!
ミーナこそ世界一の女性というに相応しい!!
ああ、なんてことだ。私は世界一の女性を自分のものにしてしまったのだ。
あまつさえこのあと、ミーナの部屋に呼ばれていて、
恐らくキ、キスもして、それから、その……あの……アレだ!!!!

「いやっほおお────う!!」

ザッパーン!!

「……シャーリー、何か怖いよう」
「明日は雪だなー。夏なのに……」

────────

風呂でははしゃぎ過ぎた。反省しよう。
とにかく落ち着かねばなるまい。いつも通りだ。問題ない。
まずドアをノックしよう。するとミーナが中から「入って」と言う。
私はいつも通り、するりと中に入る。そしてさりげなく鍵を掛ける。
ミーナはどんな格好で出迎えてくれるだろうか。
私はいつもの制服を羽織ってきてしまったが大丈夫だろうか。
最初に何と話しかければいい?しまった、考えておけば良かった。
優しい言葉がいいだろうか。砂糖よりも甘い、とろけるような……。
いやむしろ、ちょっと強引なくらいがいいかもしれない。
片手でぐいっと抱き寄せて、「ミーナ、今夜は君を────」

「トゥルーデ」
「うわあーお!?」

突然名前を呼ばれて飛び上がってしまった。
後ろを振り向くと、ミーナがいつもの制服でつかつかと歩いてくるところだった。

「来てくれたのね」

ふと気付くと、もうミーナの部屋の前だった。
危うく素通りするところだった。危ない危ない。いつも通り、いつも通り……

「何浮かれてるのよ。みんな噂してたわよ。」
「す、すまない。ただ、ミーナのことを考えると私は……」
「くす、いいのよ。さ、入って。」

ミーナは照れくさそうに自分の部屋へと招き入れた。
多少予定と違うがまあいい!!ミーナのすることは正しいのだ。
この程度、幾度となく繰り返したシュミレーションによって予測済みだ!!

────────

前言撤回、この展開は予測不能だった。

「よっ」
「揃ったわね。とりあえずトゥルーデも座ってくれる?」

「何でハルトマンがいるんだ。質の悪いドッキリか?」
「いたら何かおかしいかしら?」
「当たり前だ!!私はミーナと……その……」

落ち着け。落ち着こう。話はそれからだ。

「今日は相談がしたくてあなたを呼んだのよ、トゥルーデ」
「私もね。」
「はあ……」

わけがわからないが、とりあえずベッドのハルトマンの隣に腰掛ける。
部屋の唯一の椅子にはミーナが座った。

「一杯どお?」
「いらん。」
「いいからいいから」
「あのな……」

唐突にハルトマンがウイスキーを勧めてきたので仕方なく一口だけ口にする。

「さて、それじゃあ本題に入りましょうか。
 回りくどいのは面倒だから簡潔に話すわ。
 ねえトゥルーデ、私達は家族、とあなたは言ったわよね。」
「ああ、もちろんだ。」
「自分以外の家族が不幸せになったら、それはよくないことよね。」
「同意しよう。」
「家族は助け合い、お互いの為に努力すべきよね。」
「まったくその通りだとも、ミーナ。」
「じゃあ決まりね。
 今日から私達は三'人'で'恋'人'同'士'ということで。」

ウイスキー吹いた。

「は?」
「私とあなただけが恋人同士だとフラウが不幸せだから、
 今日からはフラウも一緒によろしくねv」

えっと、その、なんだって?

と思っても目の前のミーナはにっこり笑って問答無用モードだ。
しょうがないので左を向くと、ハルトマンがこっちを見て同じくにっこりした。

「そおいうことで!」

こいつと私が恋人同士?

「なんで?」
「だって、私だけ独り身なんて淋しいじゃん。
 二人だけ幸せになろうったってそうはいかないよ。」
「しかしだな……」
「それともトゥルーデは私のことはどうでもいいって思ってるの?」
「いや……そうじゃなくて……」

なるほど、これが思考停止というやつだな。
頭が全く働いてくれない。どうしろっていうんだ。

「私はトゥルーデが好きだよ。」

もっと止まった。

「それからミーナも好き。だから、一緒にいたい。それだけなの。」
「そういうことよ。」

視線をミーナに戻した。

「私も最初は戸惑ったけど、フラウを見捨てるなんて私にはできないわ。
 それなら、一緒にいるしかない。違うかしら?」
「…………。」
「私はあなたが好きよ。でもフラウも好きなの。
 あなたはどうなの?」

……………………。

…………。

…。











「わからん。」

────────

私は正直に言った。

「そんなこといきなり言われてもだな……。」
「うーん、やっぱ素面じゃあ無理があったよ、ミーナ。」
「もう一杯飲ませてみようかしら?」
「私を何だと思ってるんだ。」
「それなら……」

二人は何か意味ありげな目配せを交わすと、
何故かゆっくりとにじり寄ってきた。

「身体に訊くしかないわね。」
「だね。そいじゃ……」

何をするつもり────

「てりゃ!」
「うわあ!?」

まずミーナが突然ガバッと手を伸ばした。咄嗟に頭を伏せる。
しかしそれはフェイントだった。腰が浮いた僅かな隙にハルトマンが後ろに回り込んで私を羽交い締めにした。
半秒もかからなかった。見事な連携だ……って、それどころではない!!

「は、離せっ!!」
「やだ。」
「ミーナ、これは一体……!?」
「ふふっ、大丈夫よ。優しくしてあげるから……。」

ミーナはベッドに乗りかかると、動けない私の唇に突然キスをした。
それから肩をそっと抱いて、そのままハルトマンごと後ろに押し倒してしまった。

「んぅ……!?」
「あーっ、ずるい!!私もーっ!!」

ミーナのキスが激しくなってくる。
同時に、首筋をぺろぺろと舐められて飛び上がりそうになった。ハルトマンだ。

「やめ……んく、ん、ちゅ……」

ろくに抵抗もできないまま、完全に二人に挟まれてしまった。
頭の中はぐちゃぐちゃで、最早何を考えるべきなのかすらわからないというのに、
身体だけは意識と無関係に快楽だけを求めていた。

誰かこの状況を整理できるものならしてみろ。
私はそろそろ投げ出したい気持ちでいっぱいだ。

「あは、もうこんなに濡れてる。
 トゥルーデが一言"いいよ"って言えば毎日でもこうしてあげるよ……?」
「んぐ……!!っぷは!!」
「気持ちいいの?」
「やめ……ぅああっ!?どこ触って──」
「体が熱いわよ、トゥルーデ……ふふっ。いい子ね。」
「んふ…うあ、は……ああ……や、やあっ──!?」

服を脱がされ、体中を蹂躙され、もう何がなんだかわからない。
意識も思考回路も絶賛沸騰中、理性も今にも千切れ飛んでいきそうだ。

もう好きにしてくれ。

────────

「頭はスッキリしたかしら?」

私の意識が戻ったことに気付いたのか、ミーナが耳元で囁いた。

「何とかな。」

軋む身体を無理矢理動かそうとすると、
いつの間にか自分が両腕で二人を腕枕していたことに気付いた。
所謂"両手に花"というやつだ。

「それで、考えてくれたの?私と──」

ミーナはハルトマンの方を見遣って首を小さく傾げた。
頭を反対に向けると、ハルトマンがゆっくりと目を開け、甘えるように摺り寄ってくる。

「──私はあなたにイエスと答えて欲しいわ。
 これはフラウの意志じゃなくて、私の本心よ。」
「ノーと言ったらどうするつもりなんだ?」
「その時はせいぜい、フラウに慰めてもらうわよ。」

そう言うとミーナはむくりと少しだけ起き上がった。
肩肘をついたまま短くハルトマンの名前を呼ぶと、
ハルトマンもゆっくり起き上がってそのままミーナにキスをした。

まるで頭の中で炸薬が暴発したような衝撃だった。

それは、他人のキスを至近距離で見せつけられたとか、
愛する人を親友だと思っていたやつに奪われたとか、
そういうどうでもいい理由なんかではなかった。

なんと美しいんだろうか。

よく見知った二人がその唇を通して繋がっている。
ただそれだけなのに、それはどこまでも淫靡で、背徳的で、
驚くより先に私はその光景にただ見惚れていた。
ミーナはひたすらにより深い交わりを求め、ハルトマンがそれに熱心に応える。
ちゅ、と短い水音と共に再び2つの唇に分かれると、
零れ落ちる唾液が滴となって銀色の糸を紡ぎ出すのだった。

「わかったよ。」

半ば惚けている二人を溜め息で呼び戻して、私は言った。

「わかったさ。ああ、よくわかったよ。
 まったく、誰かの言う通りだ。今回ばかりは流石に呆れたな。
 私はミーナと同じくらい、ハルトマンのことも好きだったんだ。
 でなきゃこの感情はなんだっていうんだ。
 こんなに、……こんなに、愛おしい気持ちになったのは初めてだ。
 自分のあまりの鈍感さに目眩がするよ。まさに今この瞬間まで、
 そんな簡単なことにも気が付かなかったんだからな。」

そうだ。
私は二人を、全く同じくらい好きだったのだ。
私がハルトマンに感じていた妙な気持ちは決して罪悪感などではなく、
思考すら常識に捕らわれていた私の、本能からの叫びだったのだ。

なるほど、"堅物"とは、言い得て妙だったというわけだ。

「それじゃあ……」
「ああ、いいとも。答えは"イエス"だ。
 二人まとめて、私が幸福にしてやる。約束しよう。」

言い終わるか否かというところで。両側から死ぬほど強く抱き締められた。

「あ、あんまり締め付けるな。痛いだろうが。」

いや、まったく。

────────

後から聞いた話では、エーリカは先にミーナに同じ手を使って見事陥落させていたらしい。
目的の為には手段を選ばないのは実にあいつらしいが、
そんな話を聞かされては、まるで全てがあいつの手の上で踊らされていただけな気さえしてくるから困る。
無論、自分の気持ちが誰かに仕組まれた結果だというのは考え過ぎなのだろうが、
三人という現実を振り返る度にいいようのない作為を感じるのは、
きっとこれが文字通り、奇跡というやつだからなのだろう。
何しろ"二人の出逢いは奇跡"なんていうくらいなのだ。
三人が一緒だなんて、奇跡を通り越して最早傍目には狂気とさえ映るかもしれない。

私達の関係はどこまでも不安定で、ぎこちなくて、
一歩踏み外せばいとも簡単に壊れてしまうような、脆いものだ。
だが、私はそれを乗り越えるだけの絆が私達にはあると確信している。
誰が何と言おうと、この選択こそ正しかったのだと、胸を張って言える。

「何ぼーっとしてるんだよ、トゥルーデ。」
「今車回してきたから、いつでも出発できるわよ。」

後ろで二人の声がする。
部隊は解散し、仲間達ともしばしの別れを告げてさよならを言ってしまったが、
それでも一番大切な二人は、今私の名前を呼んでいる。
それだけで充分だ。

「「トゥルーデ!」」

「ああ。今行く。」

最後に基地の大きな門に別れを告げて、私は歩き出した。
先のことなど何もわからないが、怖いものなどもう何もない。

この三人が一緒ならば。


「では、帰るとしよう。私達の故郷へな。」


endif;



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